戦(いくさ)の準備 その6 戦闘訓練
比較的体格のよい女性を5名選抜して、その子たちには日本から持ち込んだ長さ4メートルの鉄パイプを使う訓練を始めていた。
これは地面の上に大量の段ボールを敷いて、それを鉄パイプで上からブン殴るというものだった。
この鉄パイプは訓練用なので先端にナタなどは取り付けていないが、実戦ではナタや鍛造スコップなどを先端に溶接した長槍で戦うことになる。
まずは秀明が訓練用の鉄パイプを持ち、彼女たちにお手本を示してやることになった。
はっきり言って秀明にも長槍術の正解というものは分からない。
だが、いろんな資料を漁っていくうちに戦国期にやっていた戦い方がある程度分かったのでそれを実践してみた。
まず、左足を前に肩幅より少し広いスタンスで立つ。
左手を前に長槍を斜に構えて、槍の先端は敵を真っ直ぐ捉える形で突き出す。
敵が接近してきたら突くのではなく、一気に真っ直ぐ振りかぶり、槍の先端が地面に当たる勢いで真っ直ぐ縦に振り下ろす。
槍は大きくしなりながら地面にヒットする。
地面に当たった槍は反動で持ち上がってくるので、その力を利用してまた真っ直ぐ縦に振りかぶり、真っ直ぐ振り下ろすのだ。
つまり「突く」のではなく、「真上から真っ直ぐ叩く」が長槍の使い方なのだ。
これは先日、比呂が日本側で試したように、非力な女性たちでも全身を鉄の甲冑で覆った兵士を真上からの一撃で昏倒させたり、場合によっては撲殺するくらいの威力がある。
実戦の場では長槍を持った兵士が横一列に並び、皆で息を合わせて一斉に振りかぶり、一斉に叩き落とすのだ。
上下動しかしないのは隣の兵士がすぐ横にいるのでお互いが邪魔にならないようにするためである。
やるうちにバラバラな動きになるのは仕方ないが、重要なのは止めずに殴り続けることであった。
これらのことを自動翻訳機を介しながら村人たちに伝えながら、実際に長槍を振りかぶって4メートル先の地面に積み上げた段ボールをバシバシ叩いていく。
次に女の子に長槍を持たせて同様に叩く訓練をさせていく。
今回、選抜した5名はほぼ問題なくこれらの攻撃が出来そうだったので、彼女たちには朝と夕方に最低100回ずつこの打ち込み練習をするように伝えておいた。
実際の戦闘ではどのようになるかはまだ分からないが、今のところ想定しているのは有刺鉄線や空掘り、塹壕などで足が止まっている敵兵をこの方法で離れたところから叩くことだった。
盾としての役割は雅彦の73が行うことになっており、その車の側面に展開しておいて、接近してきそうな敵や、隙間を縫って襲ってくる敵を彼女たちが迎撃するという手筈だ。
次に2人の女の子を指名して、彼女たちには「盾役」をしてもらうことにした。
この盾は以前から鉄工所で発注していた、縦2メートル、横幅1メートル、厚みは約10mm のアルミの波板で、それを一輪車の前方に取り付けた物だ。
この「ねこぐるま」というのは土砂などを運搬する一輪の手押し車のことだ。
普段は折り畳んでねこぐるまのカゴの上にアルミの盾を載せて移動するが、持ち場に着いたらその板を展開し、ねこぐるまの正面に立てることで敵の矢などの攻撃を防ぐ役割をする。
またカゴの中には火炎瓶などを入れておいて、盾の後ろから火炎瓶を投げるなどの攻撃も可能になる。
また、このアルミの板は二つに折り畳むことが出来るので、木などの防護柵に貼り付けてやれば盾として単体での運用も可能になる。
ただ、懸念点もあって、アルミはそもそもかなり柔らかい素材であるので将来的にはジュラルミンやステンレススチールなど他の素材に替える必要があるかもしれない。
ただ、今回は比較的非力な女性たちが運用すること前提だったので敢えて軽さを優先したわけだ。
盾役の彼女たちにはこの「ねこぐるま」と盾の運用に慣れてもらう必要があったため、ねこぐるまのカゴに実際に折り畳んだ盾を入れてそこら辺を歩き回ってもらったり、凸凹な地形を進んでもらう練習をしてもらった。
8人指名した弓隊は、マルレーネたちが訓練してくれた結果、矢をばら撒く程度には熟練してきたので、これまた朝と夕の二回、広場で射撃練習をするよう伝えておいた。
今回の本番はマルレーネたち狩人部隊を迂回路になりそうな森の中でいかに敵を迎撃するかを彼女たちに教えることだった。
彼女達は普段はバラバラで行動し、大きな獲物が獲れた時だけ協力して解体したり保存準備を山の中で行ったり村に獲物を持ち帰ったりするのだが、基本的に彼女たちは協力して狩りはしない。
今回、山中や森で敵を迎撃するのは単独での行動では効率が悪いため、マルレーネを部隊のトップにして彼女の指揮の元で全体を効率よく動かすことが決められた。
また2人1組のチームを組ませた。
狩人部隊は8人いるので、合計4つチームが出来るわけだが、それらは秀明の命名で、マルレーネがいるチームは「セイバー隊」、その他は「アーチャー隊」「ランサー隊」「キャスター隊」と名付けられた。
ランサーとかアーチャーとは言っているが皆、使ってるのは弓なので使う武器を表しているわけではない。
ただの遊び心による命名だ。
彼女たちのチームにはポータブル無線機をひとつずつ持たせて、マルレーネの指示が全てのチームに飛ぶようにした。
こうすることでチーム同士の連携が可能となり、例えばキャスター隊が囮になり敵を引きつけておいて、他のチームで左右後方から襲撃するとか、ランサー隊だけが敵の後方に迂回して襲撃するなど戦術にバリエーションを持たせた。
こういうのは現代戦では不可欠な要素だが、中世レベルで無線機の運用はそれだけで十分チート能力といえた。
だが、迂回路を守り抜くのは今回の迎撃戦である意味キモとなる超大事なことなので、我々が持っている知識や装備などは余すところなく彼女たちに与えようと思っているのだ。
次に秀明が彼女達に渡した装備は「暗視ゴーグル」であった。
数はまだ一つしかないのでひとまずはマルレーネに渡したのだが、彼女は夜目が利くので必要ないと言う。
秀明「どれくらい見えているの?」
マルレーネ「夜でも20エル(約10メートル)先くらいならハッキリ見える」
こちらの世界は月は無いが満天の星空がかなり明るいため、確かに日本よりは夜でも明るく感じるのだが、それでも10メートル先までハッキリ見えるのはすごいことだ。
マルレーネ「だが、逆に昼間は眩しいのは苦手なんで苦労している」
改めて秀明は彼女の眼を見た。
彼女の眼は紅い瞳をしていて、なんらかの障害があるのかもしれないと思った。
確かに今もなるべく細目になるようにしていた。
秀明「ん?それならコレを使ってみて」
秀明は自分の帽子の上に引っ掛けていた調光サングラスをマルレーネに渡した。
使い方が分からないという雰囲気だったので、秀明は彼女にグラサンをかけてあげた。
しばらく眼をシパシパするマルレーネに、
秀明「これは紫外線の強さで自動的にレンズの色が変わるサングラスです。
夜になったら勝手に透明になりますよ」
と説明した。
今は昼間だし天気も良いのでレンズは真っ黒になり、「おー、凄い」と言いながらしばらくあちこちを見ていたが、「これなら昼間でも遠くの的を狙うことが出来そうです」と言った。
彼女は少し感情を表に現すのが苦手そうに見えるのだが、このときはプレゼントをもらった子供のように喜んでいる様子だった。
秀明は8人の狩人を村の教会の中にある応接室(?)に連れて行き、彼女たちを椅子に座らせ、自分はホワイトボードの前に立った。
このホワイトボードは以前持ち込んでいた物で、この応接室を実質的に会議室や教室に変えていた。
秀明は書き込みしながら次のように説明する。
秀明「皆にはそれぞれチームを組んでもらったが、これからその役割を決める。
まずマルレーネのセイバー隊は引き気味に配置していて全体の指揮を行う。
味方の弱い部分が出てきたり、敵の弱点が露わになった場合は動く。
それ以外はなるべく見晴らしの良い場所に居てくれ」
マルレーネ「Ja!(はい)」
秀明「次にランサー隊の二人」
ガタっと席を立つ二人の女性たち。
秀明「君らはマルレーネから最も優秀な狩人の腕を持っていると聞く。
だから、敵を攻撃する時の主攻は君たち二人だ。
時期がきたら思いっきり戦ってくれ」
「ヤー!」と勢いよく返事をする二人であった。
確かに二人ともマルレーネよりは明らかに歳上っぽいのだが、いかにも精悍そうな佇まいをしていて、頼りになりそうな雰囲気があった。
お互いに顔を見合わせながらニッコリと獅子のように笑う二人であった。
まあ、美人といえば美人なのだが、なんといえばいいのだろう、日本人が想像しやすい者でいうとワンダーウーマンやアマゾネスといった感じであろうか。
筋肉がビシッと締まっていてワイルドな風貌をしているし、長くウェーブが掛かっている金髪は獅子のたてがみを思い出させるのだ。
彼女達二人がいるのに狩人のリーダーが一回り若くて小柄なマルレーネというのはどういうことなんだろう?と改めて思う。
マルレーネは以前にも「私ほどではないけど他の女の子たちもすごい腕を持っている」と言っていたが、それだけマルレーネは恐るべき腕を持っているのか、何か別の理由があるのだろうかと思うのだ。
秀明「次にアーチャー隊の二人」
ガタっと同時に席を立ったのは見た目がほぼ同じの双子の姉妹であった。
身長は165センチ付近でやや高いが、非常にスリムな体型をした二人であった。
腰の辺りまであるストレートの金髪と整った顔立ちはエルフを連想させたのだ。
マルレーネ「私たちは基本的に狩りをするときは単独で動いているが、この二人は常に同じ獲物を狙っている」
ふむ、ということはコンビネーションは元々最強ということなのだろうか。
秀明「アーチャーの二人は双子ならではのコンビネーションが最大の武器だ。
君たちは主に夜の戦いで先陣を切ってもらう」
そう言いながら秀明は彼女たちに暗視ゴーグル(ナイトビジョン)を渡した。
秀明「後ほどその機械の使い方はレクチャーする。
ひとまず今は夜になっても昼間の様に明るく見える装置だということだけ覚えておいてくれ」
コクンとうなずくアーチャー隊の二人であった。
最後に残った二人は当然、キャスター隊ということになる。
秀明「では最後にキャスター隊の二人」
ガタッと席を立った二人は村人の割には比較的地味な印象だが、このメンツの中で比較的地味というだけで、彼女たちが学校にいたらそれはそれは目立つ存在になっているだろう。
二人とも年齢はマルレーネよりさらに若く見えた。
マルレーネ「この二人は私より歳が若くて狩人になったのもここ2年ほどで経験が浅い。
弓の使い方もまだイマイチだが、脚の速さとスタミナは私たちの中でも頭ひとつ抜けている」
秀明「君たちはその目の良さと健脚を活かして主に偵察と、敵の背後に回り込む遊撃の役割を演じてもらう」
黙って頷く二人であった。
秀明「それぞれのチームの役割は概ね先程説明した通りだ。
これから二人一組の通称『ツーマンセル戦術』について説明する。
アーチャーの二人以外はこれまで二人一組の行動をとって来なかったが、これから行う戦闘では狩猟とは違い、一人での単独行動は戦術的にはお勧め出来ない。
これから理由を説明する」
こうして秀明による近代戦での戦術の講義は続くのであった。
(続く)
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