戦(いくさ)の準備 その5
ドラゴニアの強行偵察隊撃退から4日が経った。
今日は雅彦が日本側に残り、彼のランクル73の修理や車の後部に付ける鉄柵の作成などをすることと、通販などで注文していた商品の受け取りをすることになった。
比呂は親父が先日買ってきた軽トラを使い、村の前の広場の東の端にある橋から約一キロ先の関所跡に続く林道に仕掛ける罠の準備に向かった。
同行するのはアレクシア、ヴィルマ、イングリット、それと先日まで関所跡での塹壕や鉄条網を敷設するのを手伝ってくれた三名の女性たちだった。
本日する作業は、道を塞ぐのではなく、林道のすぐ横に流れている小川を有刺鉄線で塞ぐ作業だ。
関所跡の付近の小川も有刺鉄線で塞いだが、それと同じように有刺鉄線を螺旋状に小川を横に横切るように数カ所で塞ぐのだ。
この小川は大きさでいうと高さが50センチくらいの岩がゴロゴロしているのだが、この時期の水量は非常に少ないため、実はランクル70系でも比較的容易に小川の中を登ったり下ったり出来るのだ。
クルマで通過出来るということは、馬や人も通過出来てしまうので、まずは小川を塞ぐことにしたのだ。
ちなみにだが、秀明のランクル70はこういう岩場を走るのはかなり難しいのだが、雅彦のランクル73はこういう大きな岩がゴロゴロ転がっているような地形を這うように走り回ることに特化した改造を施している。
秀明のクルマだと技を駆使しなければ通過出来ない岩場も、雅彦のクルマならアクセルを一切操作せず、ただアイドリングだけで楽々通過出来るほどなのだ。
今日の作業からは秀明が昨日、村に届けた作業着で行うことにした。
こちらは労働者御用達の職人の店などで販売されている物だが、最近の作業服は女性向けに作られている物も非常に多く、非常に魅力的に見える服も多くあった。
とりあえず数を揃えねばならなかったため、皆が着ている服のデザインはバラバラだが、そのうちデザインなどは共通化してやりたいと思う。
今回は軽トラの荷台に有刺鉄線や鉄製の杭などを大量に載せてきていて、全員で分担しながらそれらを設置する作業を行った。
この林道は村に近い辺りはまだWi-Fiの電波が届くので自動翻訳機が使えるのだが、少し先まで行くともう電波が届かなくなるので、お互いのコミュニケーションは身振りや簡単な単語で行われた。
この中のメンバーで圧倒的にコミュニケーション能力が高いのは、やはり猛勉強を毎日している村長の娘のアレクシアだった。
「ヒロサン、どこ、杭、置く?」と言った感じで単語を並べた程度だったが、現場で比呂に分からない単語はすぐ聞いて覚えていたので、日本語はみるみる上達していた。
またアレクシアはその場にいる村人たちにも日本語の単語を次々と教えていったので、ヴィルマたちも少しずつだが、日本語を覚えていった。
作業は朝から行われていて、今日だけで合計五ヶ所 鉄条網で塞ぐことが出来た。
作業がひと段落したので、日当たりの良い場所を選び、皆で休憩をとっていたら、村の方からゴーっという音がして、雅彦が自分の73に乗って現れた。
いち早く彼の接近に気が付いたヴィルマは立ち上がって、後ろに束ねた髪などが綺麗にまとまっているかを大慌てで確認し始めた。
彼女は今日はいつもの革製の鎧は身に付けていなくて、秀明が先日、日本から持ち込んできていた紺色の作業用のツナギを着ていた。
そのツナギはどこかのレーシングチームのロゴが書かれていて、パッと見 外人タレントのレーサーの様に見えた。
彼女にはロゴの意味は分からなかったが「なんか知らないけど格好良い」という理由でそれを選んでいたわけだ。
一方、もう一人の「フィアンセ」であるイングリットは先日雅彦からもらった白のキャップに真っ赤な作業用のつなぎを着ていた。
彼女は雅彦を見つけるといち早く彼の方に向かって走り寄り、覚えたての日本語で「コンニチハ!」と言った。
雅彦もそんな彼女に合わせて、窓から手を出しながら「こんにちは!」と言いながら彼女とハイタッチをするのだった。
雅彦が来たのは日本側の鉱山の事務所に届いた商品をこちらに持ってくるためで、林道での防衛戦で必要な資材を満載して持ってきていたのだ。
比呂「おう、アニキ、それ届いたんやな!」
比呂は73の荷台に載っていた白色のポリタンクを見つけて言った。
雅彦「…それより先に言うことないか?『屋根がなーい』とか、『柵が付いてるー』とか」
雅彦の言葉の通り、彼の73はかなり見た目が変わっていた。
一番目を引くのはFRP製の屋根が取り外されていたこと。
屋根を取り外しても70系の場合は太いセンターピラーが残るのだが、こうなるとピックアップトラックの様にしか見えなくなる。
秀明の70と雅彦の73は元々クルマの全長が30センチ違うだけで、この73にも幌を張ってやれば秀明の70幌にそっくりになる。
なんで屋根を外したのかというと、荷台に人を乗せての戦闘となると、荷台に屋根があると不便だからだ。
今は運転席の上にも屋根はないが、敵の矢を防ぐ意味もあるので将来的には運転席と助手席の屋根だけは付ける予定だ。
もし、敵の矢が頭上から降り注いでくるようなシチュエーションが来たならば、クルマの上に厚手のコンパネを何枚か敷いておけば矢くらいは防げるだろう。
それとまた一つ大きな改良点は、車の後部に大きな鉄製の柵が取り付けられていたことだ。
これは以前、比呂が途中まで作っていたのだが、前回の襲撃イベントで中断していた物を雅彦が完成させていたのだった。
かなり頑丈に作ったため、おそらく300kg以上ある代物となってしまっていたが、これなら確かに後ろ向きに突撃して多少の物にブツけてもクルマは壊れないだろう。
その代わり人の手で持ち上げるのはほぼ不可能な重さになってしまっていたが、この柵があればクルマの後ろのほうに敵を向けてやれば、柵で敵からの攻撃を防ぎつつ荷台の上から槍や弓矢、インパルス消防銃などで攻撃が出来る。
雅彦の73は先日、厚さ4mmのアルミの板で覆い、ある程度防御力も上げているので弓矢や投げ槍などでの攻撃で運転席にいるドライバーなどに危害を加えるのはかなり困難になったハズだ。
これならある程度は「盾」としての効果が期待出来るという訳だ。
比呂「この柵、結局シャーシに直接、留めてるんな」
雅彦「おう、これだけ重いとシャーシ(車の骨組み)に直接留めないとカンタンに剥がれ落ちるぞ」
ちなみにだが、最近の乗用車はラダーフレームがないモノコックボディが主流だが、そういうクルマでこういうことをするのはかなり大規模な改造が必要になってくる。
だが、古いランクルなどは昔ながらのラダーフレームなのでこういう「大工仕事」に向いているわけだ。
雅彦「屋根を外して100キロ軽くなったけど、300キロの柵を付けて、結局200キロの増加だわ。
だけどこれで前後の重量バランスはやっと1対1くらいになったかな?」
先日の戦闘で分かったことが一つある。
クルマで走っている騎馬兵を直接攻撃する際には、追っかけながら敵兵をクルマの正面で弾き飛ばす以外にも、クルマを急停止させたりバックさせることで急に向きを変えることが出来ない馬や人をクルマの後部で弾き飛ばしたり引き潰すことがかなり有効だったのだ。
実際、先日の戦闘で敵の騎兵にクルマをぶつけたのは前側だけでなく後ろ側もかなり多かったのだ。
だからこそ今回は雅彦の73に鉄製の頑丈な柵を車体後部に取り付けることを急いだわけだ。
一方、オヤジの70は逆方向の改造を進めていて、柵は取り付けない、ボディ全体の補強もしない、運転席と助手席のドアは取り外す、など雅彦の73とは逆の「軽量化」を進めていた。
防弾効果のあるドアを敢えて外したのは、緊急時にクルマに乗り込みやすくするということもあるが、それ以外にも運転しながら剣や槍、銃などで攻撃し易くなるなどのメリットがあるからだ。
運転席と助手席には元々4点式のシートベルトが取り付けられていて、ドアが無くても多少のことではクルマから放り出されることはない。
このように同じランドクルーザー70系のクルマでも、雅彦の73と秀明の70とでは使用目的や戦術目標は大きく違うのだ。
簡単に言うと「接近戦の73と遠距離戦の70」
走りでいうと「岩場を這う者の73と軽量低重心の70」という違いがあるのだ。
この二台は運用方法が決定的に違うので、それぞれを目的に合わせて使いわけることになる。
まぁ、ここらへんのことは普段、クルマを持っていない人や四駆を持っていてもランクル以外の車の人には理解し難いものかもしれないが、一応「そういう考えもあるのだ」ということは知っておいてもらいたい。
なんせこの物語の主要キャラクターの一つとして「ランクル」というのか欠かすことが出来ない存在だからである。
閑話休題
比呂と雅彦は先程持ってきた白のポリタンクを関所跡の左側の崖の上に設置した水タンクの横に先日と同じ手法で引き上げてやった。
水タンクの中は今のところ空だったので、農業用の排水ポンプを使って下の小川から水を汲み上げてやり、水タンクを満タンにして、その白のポリタンクの中の液体を全て混ぜ合わせてかき混ぜ、すぐ蓋を閉めた。
雅彦は更に荷台から高圧洗浄機を取り出し、ウインチワイヤーの先端に括り付けて崖の上に持ち上げてやった。
これを使用する時は崖の下の車から電源を供給する事になる。
これで「ある物」を混ぜた水を崖の下にある三重に掘った空掘(塹壕)と鉄条網で構築した防御線全体に十分過ぎるほど散布出来るようになったわけだ。
幸い、ここは西からの風が吹く地形らしく、崖の上から水を撒くと敵のいる方向に拡散していくので、場合によっては百メートル離れた敵にも届きそうだ。
崖の下では荷台に大量に載せていた有刺鉄線の入った段ボール箱を下に下ろしていく雅彦がいた。
雅彦「よっしゃこれで今日の仕事はほぼ終わりだな!また飯時にはこっちに戻ってくるからまた後でな!」
そう言うと手を振りながら日本に戻って行った。
日本側の鉱山の事務所には散発的に通販などで注文した荷物が次々届いているので長時間空けておくわけにはいかなかったからだ。
比呂たちはもうひとつ雅彦が持ち込んでいた、モーションセンサーを関所跡に設置する作業を行った。
これは比呂がネットで探し回って買ったもので、センサーに動くものを感知すると大音響のブザーが鳴る仕組みの物であった。
これは乾電池で動くので電気が来ていない場所でも使えるし、割に安いのであちこちに設置しておけば、敵が接近したらこのブザーが鳴りまくることになるわけだ。
欠点としては味方がセンサーの感知範囲に入ってもブザーが鳴るのでいちいち止めねばならないことなのだが、これさえあれば無人の場所でもある程度は監視する事が可能になる。
特に関所跡はまだネットの電波が届かない。
監視カメラの画像を飛ばすことが出来ないのでこの手のセキュリティは重要なのだ。
一方、今日は村にいる秀明は、マルレーネたち狩人と一緒に村の女の子たちに弓矢の使い方を教え込んでいた。
マルレーネたちは普段着ている革製の服を着ていたが、村の女の子たちは昨日秀明が持ち込んでいた作業着など動きやすい服装に着替えていた。
マルレーネたちも靴だけは替えていて、秀明から勧められたトレッキングシューズを履いていた。
軽さと動き易さとグリップの良さ、それと足にフィットする感覚に感動していた彼女たち。
村の女の子たち全てにトレッキングシューズや戦闘靴などは行き届いていないので、彼女たちはスニーカーや安全靴など好きなものをそれぞれ履いていた。
そんな中、村の中央の広場に木や段ボールを束ねた即席の的を三つほど用意し、それを目掛けて弓の練習をしてもらった。
まず、マルレーネが先日秀明からもらった和弓で実演して見せた。
昨日初めて使った和弓ではあったが、あっという間に使い方をマスターしていて、まるで昔から使い込んでいた弓矢を使っているようなスムーズな連射を魅せてくれていた。
秀明「本当に凄いな…」
他の狩人の女の子たちはマルレーネのように和弓は使わず、彼女たちが元々持っていたロングボウを使ってバシバシ的に撃ち込んでいたが、村の女の子たちには和弓を持たせて弓を使う訓練をさせていた。
驚いたことに少しは経験があるのだろうか、彼女たちは最初こそ苦戦していたのだが、みるみるうちに上達し、的に当て始める子が出てくるのであった。
(続く)
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