エマの提案
Emmaと呼ばれている女性はこちらの世界の村、Spisska Nova(スピスカ=ノヴァ)という人口70人ほどの小さな村の村長をしている。
以前は人口200人ほどいたのだが隣国のドラゴニアの侵攻に遭い、壮年期の男性などの大半を失った。
現在は以前村長をしていた男の妻であるエマが村長の役目を引き継いでいる。
現在は農耕、狩り、採集などで細々と食い繋いでいるが、以前は村の背後にあるテトラ山から豊富に産出される金を売ることによって、比較的裕福な生活を送っていたのだが、現在では村と他の街との交易が完全にストップしているため、金の採掘や収集は現在のところほぼストップしている。
村の働き手の大半を失ったことで、村の経済は壊滅的なダメージを受け、多くの村民たちは村が所有する土地や残されていた備蓄用の穀物により辛うじて生き延びていたという感じであった。
そのため、ドラゴニア襲撃以前より、村長の権限は大きくなった。
以前は村人たちは個人の財産などある程度持つことが出来ていたし、村の防衛なども村人それぞれが主体的に行うことで治安を維持していた。
だが、そのような仕組みが崩壊したことで、村の治安維持や食べ物の調達や分配などを村長が全て任される状態になっていた。
この2年あまり、エマは慣れない村長という役目を懸命にこなしていた。
だからこれまでエマは誰よりも率先して仕事に取り組み、誰よりも多くの仕事をこなす日々を送ってきていた。
残された村人たちも、そんなエマを中心にまとまり、なんとかここまで村を維持してきていたのだ。
しかし、外界との交流や交易が止められている状態ではまともな人間としての生活を送ることは次第と困難になってくる。
例えば、ロウソクなどは動物の脂肪や村の近所で採れる木の実をすりつぶしで固めた物などで代用出来たが、服そのものや糸や針などの調達は困難を極め、守衛などが着る服は次第に村で採れる動物の皮などに換えられてきていた。
また、鉄器そのものの生産はこの村でも一応は可能だったが、製鉄技術そのものはこの村にはなく、せいぜい鉄器の修理が出来るという程度のものしかなかった。
そこで雅彦たち日本人が村の隣にある小高い丘に頻繁に出現するようになり、食品などを異世界である日本から輸入されるようになると、エマたち女性の多くは真っ先に「服や靴が欲しい」という要求を日本人たちに伝えたのだった。
その話をエマから直接聞いたのは秀明であったが、エマは自分たちが今着ている「ディアンドル」と呼ばれている民族衣装を欲しがったのだが、ご存知のように今の日本でドイツの民族衣装などそこらへんで売ってある訳がない。
そこで秀明は、日本で今、簡単に入手出来る服や靴でとりあえず大丈夫か聞いたところ、エマたちはそれでも良いといったので、今回のように色んなタイプの服を大量調達しやすい古着を買いあさって、こちらの世界に持ってきたというわけだった。
秀明は、息子たちが異世界側で土木工事や武器の調達で悪戦苦闘していた間に、大手のリサイクルショップの社長と東京で面会し、特に女性ものの服や靴を大量調達する契約を交わしてきていたのだ。
近所を巡って買い漁ることもあったが、それでは圧倒的に数が足りないため、そうしていた訳だ。
今回、教会のホールで村の女の子たちがファッションショーみたいなことに使っているのは秀明が先日自分で購入してきた物ばかりなのだが、20トン単位で秀明の鉱山の倉庫に届けられる予定になっている。
運び込まれた商品はひとまず日本側で保管した後、暇を見つけてこちら側に大量にある空き家に入れされてもらおうと思っている。
これで「食」に続いて「衣」も供給体制がひとまずは整ったので、ここから先は「安全」に専念することが出来る。
今、秀明の前に立っているエマは、日本から持ち込んだ服を着ていたのだが、よりによって胸元が大きく開いてある赤のニットのセーターに、ぴっちりしたパンツの組み合わせという、童貞が見たら鼻血を出しそうな姿をしていた。
村の女の子たちはビックリするほど美形揃いで、胸も大きくスタイルが抜群な子ばかりなのだが、エマはその中ではやや、ぽっちゃりとした体型をしていた。
だからこそ、体のラインがこれでもかと強調されるニットのセーターとかは暴力的なまでに破壊力があるのだった。
秀明などは「いやー、自分はもう50過ぎてるからまだこの攻撃に耐えれるけど、息子の雅彦や比呂とかは大丈夫か?」とマジで心配するのだった。
先程、和弓を使っていた狩人をしているマルレーネなどは、身長は155センチ程度でやや小柄なのだが、胸はそこそこなんだが腰はくびれてるわ、脚はすらっと長いわで「どんなモデルなんよ?」と思わず吠えたくなるようなスタイルの持ち主だし、その彼女は黒のタートルネックのセーターのワンピース着ているとか、攻撃力は核弾頭並みだよな、とつくづく思う秀明だった。
まあ、奴らの人生なんで誰を選んでくれても構わないんだが、今はとりあえずこの危機的状況を打開することに専念してもらいたいもんだと思うのであった。
で、先程までは温和な表情をしていたエマであったが、「提案したいことがある」と言い始めた辺りで一気に凛々しい表情になった。
秀明「どんな内容ですか?」
エマ「秀明さんが乗っているクルマという乗り物があるじゃないですか?アレは私たちも乗れないのですか?」
秀明「今、教会の外に持ってきているクルマはちょっと操作が難しいので慣れるのは大変だと思いますが、初心者でも比較的運転がし易い物を探してくればわりと簡単に運転出来ると思いますよ」
少し考えた後でエマはこう切り出した。
エマ「ヒデアキサン、数が少なくてもいいので私たちにクルマを何台か調達してもらえませんか?
恐ろしく高額であることは分かるので出来る範囲で構わないのですが…」
教会の外に乗ってきていたのは、先日車の修理工場で代車として使われていたスバルのサンバートラックの四駆で、まあどこでもよく見る軽トラであった。
秀明はそれを30万円で即決して持ち帰ってきていたものなのだが、これなどは新しいので30万程度の値が付いてるが、その気になって探せばクルマで良ければ二束三文でいくらでも入手出来る。
ただ、エマが欲しいと言っているクルマはただ走れたら良いだけではなく、あくまでも「武器」としてのクルマだと思われるので、それならば選択肢は二つしかない。
一つはもともと頑丈で戦闘力が高いクルマ。
ランクルなどはこれに入る。
もう一つは改造したらそこそこ使えるようになること。
ただ、絶対条件は「四駆」であることだ。
今のところこの世界に持ち込んだクルマで二駆はニッサンUDの4トントラックだけだが、これは主に冷蔵庫の役割で、「走る」ことは想定してない。
未舗装路だけならまだしも、路面が荒れていたり、低ミュー路が非常に多いこちらの世界では二駆のクルマは村から一歩でも外に出ただけでいきなり身動きが取れなくなる事も容易に想像出来る。
我々がこちらの世界に来てからは、まだ本格的に雨が降った日はなかったが、おそらくこちらの世界にも雨季はあるだろう。
そうなれば、村の中ですら一面の泥世界になる可能性すらあり、「二駆」は最初から選択肢から除外されることになる。
ただ、四駆ならなんでもいいって問題でもない。
乗用車タイプの四駆でよくある、スリップを検知して四駆に切り替わるようなタイプのクルマは、凸凹が激しい路面では最初から身動きが取れなくなることを経験則で知っているからだ。
また、乗用車タイプは腹下の高さやアングルが不足している為、ちょっとした段差や凸凹でボディが路面と干渉してしまい身動きがとれなくなる。
…これらの事を考慮したら、対象となるクルマとして思い付くのは、ジムニー、四駆の軽トラ、もしくはトラック(三菱キャンター四駆など)、ハイラックスなどのピックアップトラック、ハイエースなどの四駆ワンボックスなどだ。
あと三菱ジープは生産終了して日が長いため、補修部品がほぼ底をついた状態なためリストからは削除。
あとアメリカ産ジープについては私(秀明)が詳しくないためこれもリストから削除する。
TJラングラーなどはよく山でも走っているし、走破性も極めて高いのは知っているのだが、故障が多いことも知っているからだ。
こちらの世界(異世界)ではクルマの故障が即、生死を分けることにも繋がりかねない。
トラブルに慣れている人がこちらに持ち込むなら話は別だが、日本人三人は全くそんなことはないのでこの際はリストから外すことにする。
ある程度、市場にも数が出ていて、走破性も高く、トラブルも少ないとなると…
「やはりジムニーってことになるよな」
そう思う秀明だった。
それにしても、このエマという女性は、先日見た戦闘で「クルマ」という物に武器としての有用性を見抜いたということなのだろうか。
確かに非力な女性が多いスピスカ=ノヴァにおいて剣や槍や弓などの武器は最初から分が悪い。
だからこそ、塹壕と有刺鉄線の組み合わせで敵の接近を阻止してからの遠距離攻撃や、催涙水、火炎瓶など腕力がそれほど必要ない攻撃方法を模索していたのだが、
村の女性たち全てをクルマに乗せ、機動力で常に敵をかき回すような戦法が使えれるようになれば、場合によっては防御陣地を構築する必要がなくなるし、戦術の幅も広がるだろう。
例えばだが、ジムニーを古代の戦車に見立てて三人一組で行動させるなど、面白いかもしれない。
秀明「分かりました、可能な限り調達してきましょう。
ただ、私どもが乗っているクルマは数が少なく、なかなか調達出来ないかもしれないので、もう少し小さいクルマになるかもしれません」
エマ「あの…お金は大丈夫なんですか?非常に高価なものだと思うんですけど…」
秀明「大丈夫ですよ、先日、うちの比呂がアレクシアさんから預かった分だけでも十分過ぎるほどお釣りがきますから」
比呂がアレクシアから預かった金塊は掌に収まる程度の大きさだったが、結局あれでも400万円で引き取ってもらえることになったからだ。
(結構、純度が高かったらしい)
仮に一台150万円で改造費が50万円だとしたら、二台以上は買えれる計算になる。
まぁ、探せばランクル70系でも200万円も出せばそこそこ程度の良いものはあるハズだ。
エマ「えっ、あの金塊ってそんなに価値があったんですか?」
秀明「ちなみにあの金塊でこれまで旅商から食料を入手しようとしたら、どのくらい買えましたか?」
エマ「宿屋の食堂の隅に積んでいる小麦粉くらいです。あんなに真っ白に製粉されてませんが」
あそこに持ち込んだ小麦粉は確か300kgじゃなかったっけ?確か10万円くらいで買った記憶があるのだが…。
改めてこちらの世界での金の価値が低いことを思い知らされる。
そりゃ、あの程度の大きさの金塊ではクルマなんて買えないと思うのは無理もないことだ。
秀明「あの金塊ひとつで、僕のクルマなら2台は買えますよ」
本来、こういうことは伏せておくべきことなのだろうが、秀明は隠すつもりはなかった。
自分たちだけ暴利を貪るつもりはなかったし、そもそもこの村に必要以上に肩入れし始めたのは金の為ではなかったからだ。
エマ「正直に教えてもらいありがとうございます。黙っていてくれても良かったんですけどね」
そう言ってニッコリ微笑むエマであった。
エマは、秀明たち日本人が自分たちから搾取したり害を及ぼそうとはしないと感覚的に理解していた。
もし、そのようなことをする目的なら、先日のドラゴニアからの襲撃で自らの体を盾にして、私たちを守ろうとはしないだろうからだ。
ホントにこの人たちは、お人好しだ、悪い意味ではなく良い意味で。
なんでここまで肩入れしてくれるんだろう、やっぱり自分たちが女性だから?
だが、こうしてニホンから持ち込まれた服で着飾ってみても、ヒデアキサンは自分たちを口説こうとはしない。
ニホンでは私たちより遥かに魅力的な女性たちが多いから、私たちでは不足と思っているのかしら?
一方、秀明がこの村に肩入れしている主な理由は、何か誇れるものを息子たちの前で残しておきたいと思ったことだった。
前にも書いたが、自分はこれまで何ら息子たちにとって誇れるようなことはしてこなかった。
だから、せめて体がまだ動くうちに何かを成し遂げたかったのだ。
今ならまだ戦える、自分の知識や経験や人脈も使える。
そして、この村の住民全てを敵の魔の手から守り通せたとするなら、その時は初めて偉大な先祖たちにも胸を張って会えるのではないかと思うのだ。
エマはこのように秀明が思っていることは知らない。
ただ、「やっぱり神の使いなので、人としての常識は通用しないのかしら?」などと思うのであった。
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