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戦(いくさ)の準備 その4

エマは捕らえた7名の敵兵を拘束して尋問にあたっていた。


この村には牢屋と呼べるものがなかったので、彼女は秀明に拘束する良い方法がないか相談したことがある。


彼が用意したのは樹脂製の大きなバインダーで、それを手首と足首の二箇所で留めて、空き家となってしまっている民家に7人をバラバラで閉じ込めていた。


エマはそのうち一人の捕虜の所に行き、このように話始めた。


「あなた以外にも捕虜を捕らえているが、尋問を拒否したり、答えた内容がそれぞれ違う場合は解放せずにここでそのまま人体実験するわよ」


エマ以外にも旦那さんや親などを殺された村の女性数名がこの尋問に同行していたのだが、彼女たちの目は彼ら捕虜に対する憎しみに満ち溢れていた。


それはエマも同様なのだが、先日彼女は村人たちを前にして言ったように捕虜たちを殺すつもりはなかった。


この村には神の使いたちからの加護がある。


神の使いである彼らニホンジンたちの失望をかいたくなかったのでなんとか復讐したい気持ちを抑えていたのだ。


拷問の上に殺されるのかと思っていた捕虜たちであったが、ナイフやナタ、さらに見たことのない得体の知れない物などを手ににじり寄ってくる村人達の異様な迫力に押されてポツポツと彼らの軍の様子などを語り始めた。


彼らからの尋問内容をまとめたらこの様なことが分かった。


「今回、襲撃してきた部隊は、前回襲撃してきた部隊とほぼ同じ」


「敵の本隊はここから16万エル(約80キロ)北東の方向に離れた村の跡地に駐屯している」


「本隊の総兵力は1万、東部戦区所属の第二軍である」


「軍の構成は約半数が騎馬兵、重装備の槍装備の騎兵と軽装で弓を主武器にした弓騎兵は半々ほど、歩兵の大半は大型の盾と槍を装備している」


「正規兵1万以外にも多数の奴隷と数百の傭兵部隊が同伴している」


このような情報が得られた。


ちなみに完全に無抵抗でペラペラ喋ったわけではなく、話すのを少しでも躊躇したり、他の者と供述内容が違う場合は容赦なく「ある事」が行われていた。


秀明はエマにその「ある事」を試してもらうようお願いしていた。


ここでは敢えて伏せておくが、そんな捕虜が発する悲鳴と絶叫は他の捕虜たちに恐怖を与えていたのだ。



…かくして比較的カンタンに口を割った捕虜たちは、頭から土嚢袋を被らされ、一列に繋がれたまま、比呂の運転するランクル70に引かれて雅彦やヴィルマたちが作業をしている関所跡の防衛線にやってきていた。


関所跡の塹壕による防衛線は三重に用意され、一箇所のみランクルならば辛うじて横切れる幅が5メートルほどで深さが2メートルほどのU字断面の溝が掘られていて、そこだけは鉄条網は張られていなかった。


ゆっくりと亀が這うくらいの速度で溝を通過した比呂は緩斜面をしばらく下っていき、100メートルほど離れた所で頭に被せた土嚢袋を取り外してやり、多少の食料と水などが入った土嚢袋を彼らに投げ与えて関所跡に戻っていった。


彼らはしばらく呆然と立ちすくんでいたが、関所跡まで戻った比呂が取り出したレミントンのスナイパーライフルで、解放された捕虜達の足元に向けて発砲した。


慌てふためきながら、先ほどの土嚢袋を手に斜面を駆け下りていく敵国軍の捕虜たちを双眼鏡で見ながら雅彦は「よし、鉄条網で完全に塞ごうぜ」と言い、その場の全員で一気に塞ぐ作業を終わらせたのだった。


さらに痴漢防止ブザーを利用した警報を取り付け、比呂が日本から運び込んできていた農業用の電動ポンプを道の下の沢の中に放り込んで、先ほど掘った塹壕やその前後の盛り土に満遍なく水をかけていった。


雅彦「いやー、これで馬はもちろん人でさえまともに歩けなくなるぞw」と満面の笑みを浮かべ比呂に話しかけた。


比呂「アニキ、試しに鉄条網外して、ランクルであの溝の中を走ってみろよ?」


雅彦「ハマっている最中に敵が攻めてきたら怖いから辞めておくわ」


比呂「おもんねーなー(面白くないな)、ウインチでいつもみたいに脱出してやればいいじゃんか?」


雅彦「アホか!どこにもアンカーになりそうな物ないから、ウインチで引けないやろ!」


アンカーってのが何か分からない方に説明しますと、ウインチというのはクルマなどを引っ張ることが可能になるが、そのウインチで引くにしてもどこかにワイヤーの先端を引っ掛けないとクルマは前に進まない。


そのワイヤーの先端を引っ掛ける先のことをアンカーというのだが、例えば頑丈な大木だったり、巨石だったり、重さが十数トンもあるユンボだったり色々である。


ようはクルマを引くのに十分な抵抗があれば良いのだ。


塹壕を掘りまくっている場所は周囲にアンカーになりそうな物が全くないので、もしこんな所でハマって身動き取れなくてなった場合は、ユンボなどで救出に行かねばならないわけだ。


まあ、この緊急時に馬鹿みたいに遊ぶ奴はいないので、楽しい水撒きは兄貴の雅彦に任せて、比呂は関所跡のすぐ横にある崖の上にランクル70で持ってきた水のタンクを引っ張り上げる作業を開始した。


ただ、ここらへんの作業は流石に雅彦の独壇場なので雅彦は水撒きの方法をヴィルマとイングリットの二人に教えて、自らはトウロープや滑車、S字フックなどを体に巻き付けで崖を登っていった。


崖の上には予め、先日村の女の子が崖の上に生えている木にロープをかけてくれていたのでそれを伝って登っていくのだが、登り切ったところで肩から下げているトウロープを木に回してS字フックでロープの両端を固定し、さらに滑車も取り付けた。


また崖の下に降りて今度はウインチから引っ張り出してきたワイヤーの先端をまた腰に引っ掛けて崖を登っていき、滑車にワイヤーを通して先端を崖の下に置いてある水タンクに接続してやった。


300リッター入る貯水タンクには水は入ってないのでそこまで重くないのだが、それでも数十キロほどはあるので皆で協力してランクル70の荷台から下ろしてタンク自体をグルグルに固定しているベルトにウインチのフックの先端を引っ掛け、電動ウインチの力でグイグイ崖上にタンクを引っ張り上げていく。


持ち上げたタンクは崖の上の二畳ほどの平らなスペースに置かれた。


今はまたタンクは空なのだが、敵が押し寄せてきた際にはこれに汲み上げてきた水と「ある物」を入れて使う予定にしているのだ。


それと、崖の上に火炎瓶(フラーメンフラッシェ)が6本入ったクレートを二箱運び上げておいた。


ここに陣取っておけば、遥か5キロほど下まで敵の接近を見張れるし、目の前に広がる三重に掘られた塹壕というか空堀と鉄条網を敷設された防衛線で足止めされた敵に対して火炎瓶(フラーメンフラッシェ)による範囲攻撃、さらに先ほど運び上げてきた水を使った「ある攻撃」が可能になるわけだ。


崖の上に登った雅彦は持ってきた倍率8倍の双眼鏡を覗きながら遥か先を徒歩で逃げていく先ほどまで捕虜だった敵兵を見ながら「敵本陣は北東の方向なのか?」と独り言を言った。


比呂「アニキ、S字フックから滑車を外してくれ!」


親父のランクル70の運転席から身を乗り出して崖上にいる雅彦に対して叫び、滑車とウインチのワイヤーを回収してもらった。


雅彦「ほんじゃあ、作業はひとまず終わったので、村に帰るとするか!」


言葉は通じないし、ここはネットの接続環境も整っていないので、ジェスチャーでヴィルマたち村の女の子達に指示をして雅彦と比呂はそれぞれのランクルに村の女の子たちを分乗させ村に向かった。


村に戻るとこちらの時間では夕方の18時頃になっていて、もう既に暗くなってきていた。


比呂「今日はまだすることがあるから、皆で飯食べたら教会に行こうぜ」


雅彦「することって何だ?」


比呂「行けばわかるさ」


宿屋の食堂に行くと、村人たちは皆で手分けしながら食事の用意をしていた。


今日は比呂や秀明が日本から大量の小麦粉やトウモロコシを持ち込んでいて、食堂の端にうず高く積み上げられていた。


食事のメニューなどはエマたちに基本的に任せているのだが、日本から持ち込んだ食材を使うので、簡単なアドバイスは比呂がアレクシア経由で皆に教えていた。


今回は小麦粉をコネて作ったきしめんのような形の麺にミートソースで味付けしたパスタに、とうもろこしを茹でて焦げ目をつけた焼きとうもろこしに焼肉のタレを付けたシンプルな夕飯がメニューだった。


エマたちに話を聞くと、この村での主食はジャガイモや大豆、ヒヨコ豆、トウモロコシ、キャベツなどが中心で、味付けは主に岩塩によって行われているのだった。


村の正面に広がる畑にはこれらの野菜が植えられていたのだが、先日の戦闘でかなりボロボロに荒らされていたために秀明が大至急、食料支援を行ったのだ。


特に最近は塩の入手が途絶えていて、備蓄が底を尽き掛けていたので、塩の支援は特に喜ばれた。


ただ、こちらで使う塩は主に岩塩なので、秀明が運び込んだ海水から製塩した真っ白な塩は彼女たちはこれまで見たことがないものであった。


小麦粉はこれまで主にパンの材料として使われていたが、こちらのパンは酷く固いもので秀明たち日本人にとってはかなり難儀な食べ物だった。


そこで比呂は小麦粉を使ったパスタの簡単な作り方を彼女たちに教えたというわけだ。


ただ、製麺機などはまだ持ち込んでいないため、包丁で細く切っていかねばならないので、きしめんのように幅広のものか、マカロニみたいな物しか作らなかったのだが、それでもまあまあな物は作れた。


味付けは面倒だったので業務用のミートスパゲティの元やトマトベースのソースを使ってもらった。


これは彼女たちからしてみると、革新的な食べ物だったらしく、食べた者は皆、大喜びしていた。


あと、焼きとうもろこしに焼肉のタレという組み合わせは間違いがないので、これまた大好評だった。


軽トラの荷台に日本から持ち込んだ荷物を大量に載せていた秀明も村に到着したので、食事をとりながら今日のお互いの活動の報告と、明日以降何をするかの打ち合わせをした。


まず雅彦だが、「関所跡の防衛線はひとまず設置完了。崖の上に水のタンクと火炎瓶を持ち上げるとこまでやったわ。

ユンボと排水ポンプはまだあそこに置いてるで」


秀明「水は撒いたのか?」


雅彦「ああ、撒いたで。もっとも最近天気いい日が続いているから毎日撒いた方がいいだろうがな」


秀明「高圧洗浄機は今日届いたから、軽トラに載せてるで。明日にでも関所跡に持って行ってくれ」


雅彦「ああ、分かった」


比呂「俺は今日はずっとこっちにいたけど、前半は和弓と長槍を村の女の子たちに配るのと、長槍の実演をしてたわ。

とりあえず10本しかないので、エマさんに誰に持たせるかは決めてもらった。

でもまあ、いくらか彼女たちに振ってもらったけど、やっぱり少しキツいかもな。

皆がヴィルマやイングリットくらい鍛えてくれてたらいいんだけど、さすがにそこまで期待出来ないしな」


秀明「うむ、まあ武器を持たせる彼女たちには、時間がないかもしれないけどしっかり訓練しないとな。

和弓の使い方を教えるのも含めて、俺が明日から教えるわ、後でエマさんに伝えておくわ」


雅彦「親父は今日は何してたの?」


秀明「次から次に届く商品の受け取りと仕分け、あと新しく立てる物流倉庫の最終打ち合わせとかで忙しかったわ。

あと、比呂の軽四は車屋がしばらく代車で使わせてくれと言ってたがエエか?」


比呂「ああ、ええよ」


秀明「比呂はアレクシアさんに日本語はしっかり教えてるか?」


比呂「ああ、テキストあげたから毎日、仕事終わりに猛勉強してると思うよ。今日も俺の横にずっとついていたから、カンタンな単語や言い回しは教えていたよ、俺も教えてもらってるけどな」


秀明「例えば?」


比呂「いま、何時?とか。Wie viel Uhr ist es jetzt? だっけ?ヴィーフィール ウーア イステス イェット?かな。ドイツ語って綴りの読み方に例外がないんやな」


秀明「ああ、法則があって、それ以外の読み方がないとは聞いたことあるな」


あ、といいながら秀明はポケットから携帯電話みたいな物を取り出して、


「そういや、自動翻訳機も届いてたわ、これでいちいちスマホで入力して翻訳したくても、お互いに喋るだけで翻訳してくれるで。

ただし、オンラインでしか使えないから、電波の届かない場所は今まで通り、身振り手振りしかないけどな。

昨日、ネットの範囲をこちらの世界で広がる段取りもしてきたが、資材が事務所に届くのが最短で6日後だから、届いたら設置作業を手伝ってくれ」


おー、と言いながらその翻訳機を使って早速自分たちの言葉をドイツ語に翻訳して近くの女の子たちに聞かせてみた。


するとあっという間に人だかりが出来て、その翻訳機でコミュニケーションを取ってみた。


「今日も綺麗だね」とか、


「皆さん、美しいね」などと、また雅彦が調子に乗って翻訳していくもんだから、そのたびに女の子たちはきゃーきゃーと歓声を上げる。


雅彦は翻訳機に向かって「この機械に向けて、何か話してみて?」と近くにいたヴィルマに翻訳結果を聞かせたら、彼女は驚いた表情をして、「Verstehst du meine Worte?」と聞いてきた。


すると翻訳機からは「私の言葉がわかるのですか?」というやや棒読みに近い日本語が流れてくるのだった。

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