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ドラゴニア軍の油断

この戦闘は敵を全て葬る必要はない。


ひたすら敵の攻め手を潰すだけでよい。


そして、時間を稼いでおいて、敵の命令系統を一つ一つ断ち切ってやれば敵は自ずと自滅する、というのが雅彦が立てた戦略であった。


貴史の奮闘も、敵軍全てをバノックバーンに集めたのも、グルカ兵たちの奇妙な戦闘スタイルも、グリステン領兵の健闘も、それらを達するための手段であった。


敵軍の大将は、さぞや今の戦況にヤキモキしている事だろう。


包囲しようと南から一万の別働隊を仕向けても、グルカ兵によって出鼻を挫かれたし、東側からの本隊の攻めも、土木工事すら満足に進まず、司令部からの伝令は前線の末端に届かず、前線部隊の一部が暴走したらすかさず敵軍により潰された。



実際、敵軍司令部はかなりイラついていた。


度々寄せられる前線からの報告では、前線の部隊長クラスが何人も狙い撃ちされているらしく、前線に混乱が見られるとのことだ。


目立つ格好をしているだけで屠龍軍から遠距離狙撃される可能性が高いということで一般兵と変わらない格好をさせられていることも腹立たしかったが、命令が訓練時より遥かに前線部隊に届き難いということも腹立たしい原因となっていた。


当初、旗による命令の伝達を考えていたが「目立つと旗の通信員が敵から的にされるのでは?」とのことで目立ちにくい鐘や角笛、声による伝達などで命令の伝達を行うようにしたのだが、敵軍に巨大な音を発する正体不明の武器(LRADのこと)の登場で、音による命令伝達に誤りや不達などのトラブルが多発したのだ。


そこで早馬による伝令へと切り替えたのだが、今度は命令伝達に時間がかかるというデメリットが出てきた。


だが、全ての戦線で我が軍の被害は非常に軽微であり、戦力差は圧倒的に我が軍有利だ。


多少の制約や犠牲者はあっても戦況に大きな影響はない。


このままジワジワと守りを固めながら前線を押し上げ、騎馬兵の大軍を対岸に渡すことが出来れば、後は一気呵成に攻め込み、戦争を終結させることが出来る。


西でも主に歩兵を中心とした十万以上の大軍がグリステン領内に深く侵攻を始めているし、数日もあればグリステン領の西半分は我が軍の支配下に置くことが出来るだろう。


無理に攻めずとも、まずクロンパキーの外に出て狭い所に立てこもっている千人程度の敵軍を捻り潰し、ゆっくりとクロンパキーを攻略すればよい。


ここの軍隊を消滅させてやればグリステン領の領主も降伏するだろう。


そうなると鉱物資源が豊かなこの領土は我らの支配下になるので、富を懐に入れることも思いのままだ。


正体不明の武器を操り、我が軍のドラゴンやワイバーンを倒したということで警戒されたため、万全の準備をして挑んだこの戦も、圧倒的な物量と人海戦術、それと大陸最強と言われる騎馬隊の攻撃力と機動力、数々の戦で磨き上げられた戦略の数々があれば負ける要素は一つもない。


とりあえずこれまでの司令官が犯したような油断からくる不用意な戦闘さえしなければ我が軍の勝ちは揺るがない。



…このように考えていたのだ。


ドラゴニア軍の上層部はこの後に及んでも分かっていなかった。


圧倒的少数と侮るこれらの軍隊がいかに精強であるのかということを。


敵の弱点を探して走り回る比呂たちは置いておいて、東の戦を実質的に仕切る雅彦は、完全にこの戦の主導権を握っていたのだ。

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