戦(いくさ)の準備
敵の襲撃は撃退したが、問題は全く解決していなかった。
いや、逆に深刻化したと言ってもいい。
こちらの手札がいくらか敵にバレたことや、最短で3日ほどで敵の本隊か先遣隊に再度襲撃される恐れがあったからだ。
先日の襲撃では多くは討ち取り、7名ほど捕虜としたが、最低でも3名は逃亡した。
彼らが本隊に戻るのに1〜2日と考えると最短で3日というわけだ。
もっとも敵の本隊の位置も分からず、敵国の内部事情も不足しているので、敵の捕虜からの情報に期待するしかないのだが、
日本人たち三人はとりあえず防衛線を構築する必要があったので、捕虜の尋問は村に任せることにして、雅彦を異世界側に残して秀明と比呂は一旦、日本に戻った。
最優先は「村の唯一の出入り口である関所跡の付近に防衛線を築き敵の侵入を完全に防ぐこと」だ。
雅彦は先日の敵兵の埋葬にも活躍したユンボをガタガタと移動させ、村の正面に広がる畑の中の道を抜け、橋を渡り、林道を一キロほど抜けて、関所跡に到達した。
前日の宴が終わったのが深夜になっていたことや、ユンボの移動速度があまりにも遅いことなどもあり、到着したらすでに夕方になっていたが、最低でも敵の騎馬は通れなくする必要があったので雅彦はひとまず道を横切る感じで深さと幅がともに1メートルほどの溝を掘り、その土を向う側に積んで土壁を作った。
ここについて来ていたのはヴィルマ、イングリット、その他三名ほどの村の女性たち、更に普段は村の中でゴロゴロしてたり村の周囲を警戒してくれている狼たち三匹が同行していた。
エマやアレクシアは用事があるので村に残っていた。
雅彦は溝を掘っている最中に、彼女たちには関所跡から先に広がる広大な緩斜面のゲレンデで敵の接近などがないかを監視してもらい、不意に襲われないようしてもらっていた。
普段は寝ているイメージしかないダメ狼たちも、ここでは活躍してくれていて、彼らに偵察と警戒の指示を与えるとパッと走り出し敵の姿を探し出していた。
「これだけはしておかねばな」思っていたのが、まず道は塞ぐこと、そして道のすぐ側を流れている小川も同様に塞ぐことであった。
道はユンボでカンタンに塞げるが、道から小川の間の斜面や小川は埋めてしまうわけにいかない。
そこで先日、比呂がポケットマネーで予め買ってきていた有刺鉄線を取り出し、川の向こう岸から斜面の上の道路までを横切る形で、20メートルで一巻きの有刺鉄線を螺旋状のままで設置した。
そこまでしていると辺りは完全に暗くなってしまっていて、ユンボの作業灯と雅彦が持ってきていたライトの光に頼る作業となり、また言葉が通じない問題もあるので、その作業は難航した。
比呂がこの世界でもネットが通じるようにはしてくれていたのだが、アンテナは丘の頂上にしかなく、関所跡までは電波が届かないため、ここではスマホを使った翻訳はおろか、緊急時の連絡すら出来ないのだ。
そこで村にはアレクシアに残ってもらい、関所跡で緊急事態が起こった際には無線機を使い彼女に連絡し、彼女から秀明たちにスマホのSkypeとかを使って連絡してもらうようにしていたわけだ。
だが、関所跡が危険地帯であることには違いない。
雅彦の作業は軽い休憩と夕飯を挟んで夜を徹して行われた。
ここからは時間との勝負だったからだ。
一方、ヴィルマたちも監視していただけではなく、雅彦のやっている作業を見ながら見様見真似で有刺鉄線を先程ユンボで作った土壁の上に設置する作業もやってくれていた。
雅彦はウインチ作業用のゴツい皮手袋を多目に持って来ていたので、ヴィルマとイングリットの二人はそれを着けて作業が出来た、が初めて触る有刺鉄線に苦戦していた様子であった。
異世界側での時間では21時になろうとしていた頃、村の方向からランクル73と思われるヘッドライトの灯りが見え始め、比呂とアレクシアが資材と共に彼らを迎えにやって来た。
比呂は車の荷台から鉄の杭や針金、それから軽油が入っている燃料タンクなどを載せてきていた。
比呂「とりあえずこれらはここに置いて村に帰ろうぜ、夜ここに居るのは危険過ぎるわ」
まあそうだよな、いくら急いでいるとは言え、ここで襲わられたら被害者が出る可能性もあるしな。
雅彦「分かった、ほんじゃ燃料をユンボに入れたら帰ろう。あと、例のブツは届いていたか?」
ああ、と言いながら比呂が荷台から取り出した箱には大量の痴漢撃退ブザーが入っていた。
雅彦「お、これこれ。これを設置したら帰ろうぜ」
雅彦はヴィルマたちに鉄条網の手前に全員帰ってくるよう指示して、先程設置した小川を横切る形でワイヤーを張り、小川の向う岸の木の陰に痴漢撃退ブザーを固定した。
痴漢防撃退ブザーは紐を引くと大音響が鳴り響く構造でブザーを止めるには、本体のボタンを押して停止させるか、もしくは本体を破壊するしか手がない。
こういうものを見たことがある日本人たちならまだしも中世レベルの技術しか持たない異世界では、このブザーの止め方を知るものは誰もいないだろう。
ただ欠点としては動物などで反応してしまうこともあるので、その場合は目で見て確認したり停止ボタンを押して止める必要があるわけだが、ひとまず緊急時の対策なのでこの程度で問題ない。
比呂と雅彦は村人たちを防衛線の手前に呼び戻しながら、小川や法面だけではなく、道にもこのトラップを設置していった。
ヴィルマが不思議そうに見ていたので雅彦は試しにそのブザーを彼女に両手で完全に覆わせてからヒモを引いた。
すると彼女の掌の中で激しいブザー音が鳴り始めた。
あまりの音の大きさに派手にビビるヴィルマであったが、雅彦はブザーの停止ボタンを押して停止させた。
しばらく呆気に取られていたヴィルマであったが、突然表情がキッと変わったかと思ったら雅彦をポカポカ殴り始めた。
「わっ!ごめんごめん!」と言って逃げ出す雅彦を追っかけるヴィルマ。
「おーおー、仲がいいね。そのまま結婚しちゃえ」と日本語で呟く比呂であった。
一方、日本に帰った秀明は、突然酷使した右腕が妙に痛むのを押して迎撃に必要な資材の調達に奔走していた。
まず、雅彦が発注していたニッサンUDの4トントラックが昼には業者によって届けられたので、試運転も兼ねて食材や資材の調達に向かった。
まず向かったのはホームセンターで庫内の荷物を固定するラッシングベルトを二本、全長4メートルの鉄製のパイプを10本、鍛造スコップを10個、その他アーク溶接用の溶接棒やワイヤー、ワイヤークリップ、パーツボックスなどなど。
カートに入れて大量にレジに積んでおいてレジを通過したものから順にトラックの後部のゲートを開け、パワーゲートを下に下ろしては荷物満載のカートを持ち上げながら大量の資材と鉄パイプなどを載せた。
次にスーパーに寄り、冷凍食品を中心に「大人買い」を実行。
あまりの量に驚いた店長が飛び出してきて、レジの通過と荷積みを手伝ってくれた。
彼は店の奥から大量の発砲スチロールも出してきて、これもタダで使ってくれということでサービスしてくれた。
4トントラックに満載して走り出す秀明を見送った店長は「これで今日の売り上げは完全にノルマ達成だな!」などと思いながら、追加発注の準備に取り掛かるのであった。
次に秀明が向かったのは釣具屋で、もらった発砲スチロールに大量の氷をブチ込み始めた。
先程ホームセンターで買ってきたコマ付き台車がここでも活躍して7個ほどあった大きな発砲スチロールは氷でパンパンになった。
さらに元々持っていた巨大なクーラーボックスにも氷を詰め込み、荷台に載せている物の中で冷やすとマズそうな電子部品などは助手席に移して荷台の保冷機の設定温度をマイナス4度にして鉱山に向かった。
ミッションのシフトパターンが普段乗っているランクルとは全く違うことや、アクセルを離すと排気ブレーキが掛かるなど細かい違いはあるが、そこまで乗り難い印象はないトラックであった。
ランクルとトラックも同じディーゼル車ってことで違いは極端にはないわけだ。
荷台には荷物を満載はさせているが、せいぜい2トン弱しか載っていないので、山道も割とスイスイ走れた。
(ちなみにこのトラックの最大積載量は2.8トンで4トンではない。よく4トントラックは積載量が4トンと勘違いされることがあるが、4トンというのは総重量のことなので4トンも荷物を載せていると過積載で捕まります)
山に到着した秀明は、ひとまず燃料を満タンにして、更に買ってきた100リットルは入る水のタンクに事務所で水を補給して、鉄パイプやら溶接棒やらナタや鍛造スコップとかの資材は作業場の隅に置いて村へと向かうことにした。
いつもの様に丘の上に到着した秀明だったが、丘の斜面は丈の短い牧草のようなもので覆われているので、おそらくこのトラックでは降りることは出来ても自走では登れないだろうなぁ、などと思いながらも降っていった。
案の定、ゆっくり侵入したにも関わらず、タイヤはロックし始め、半ば滑り落ちる感じで丘を下り終えた。
「空荷にして助走を取ればワンチャン登れるかな?」などと思いながらも、そのまま村の正門に向かった。
日本側は夕方であったが、異世界側は日がどっぷりと落ちていて、門は既に閉じられていたのだが、トラックが賊などに襲われても嫌なのでエマのSkypeで連絡して門を開けてもらうようにした。
秀明を迎え入れたエマはまたまた初めて見る中型トラックに目を見開いていたが、ひとまずこちらへという感じで村の中心から南の方の現在はあまり人が住んでいない場所にトラックを誘導してくれた。
事前に「やかましい物をもっていくから、迷惑にならない場所を教えて」と伝えていたので夜に人が住んでいない木工細工をする作業場やその他の生産系の施設がある区画に誘導してくれたというわけだ。
「また変なクルマが来た!」ということで村人はまたぞろぞろ集まってきたので、秀明はエンジンをかけたままでトラックから降りて輪止めをして、荷台に登って積んでいる食材のうち、すぐに使う分を取り出して台車に載せたり、ヒトが手で運ぶことで荷下ろしした。
本日はそのトラックを置いている場所のすぐ隣にあった、以前は村に訪れていた行商人が泊っていた宿屋の跡を会場にして村人たちに食事をとらせることになった。
すでに宿屋跡は村人たちによって綺麗に片付けられ、テーブルや椅子なども運び込まれてすこし窮屈ではあったが、全員が座れるだけの準備は整えられていた。
比呂は村に着いた時はまだここに居たのだが、秀明から資材を受け取ると雅彦がいる「前線」に必要な物資を持って73(ナナサン)でアレクシアと共に向かった。
宿屋の一階にある大きな食堂と厨房では、エマと秀明が中心になって、持ち込んだ冷凍食品から村人が食べる分などを取り出してきて、食事の準備を総出で行った。
今回はビーフシチューをすることにして、寸胴鍋に水や食材などをブチ込んでいった。
秀明は今後はなるべく食事の準備は村人たちに任せられるように日本から持ち込んだ食料や機材などの説明をエマを介して村人に教えていった。
ひとまず休憩で食堂の隅にある椅子に座り込んだ秀明は「ヤバいな、腕が動かないし異常に疲れるし歳とったなぁ」と呟くのであった。
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