イングリット
さすがに踊り疲れた雅彦やヴィルマたち村の女の子たちは、広場のベンチやその周りの地面に座り、思い思いに休憩をしていた。
イングリットはここで気になっている事を雅彦に聞いてみた。
「マサヒコの事について教えて」
普段、ヴィルマに遠慮して比較的遠巻きに日本人に対して接している村の女の子たちも、先ほどのダンスで雅彦に対して親近感を得たからか、雅彦の周りに集まり、アレコレと彼に質問を始めた。
それを取りまとめているのがイングリットという感じであった。
雅彦「僕のことって、どんなこと?」
イングリット「どんな所で生まれて、どう育ったのか」
うーむ、これは困ったなぁと思いながらも、iPadを取り出しGoogle Earthを起動して見せた。
まず、地球全体が映るように引いて、指先でクルクルと地球を回してみせた。
「これが僕らが住んでいる惑星の『地球』、こことはまた違う場所です」
えっ?丸いんですけど?と呆気に取られる村の女の子たちがいたが、雅彦はさらに話を進めた。
指先でクルクルと回して日本が画面の中心にくるようにしてやり、少しずつ拡大して、自分が住んでいる県をアップにしていった。
おー?!という歓声を上げて雅彦の周りに集まる女の子たち。
彼女達は構わず身体を彼に押し付けてくるので、「胸が当たってる!当たってる!」と思わず悲鳴を上げる雅彦。
ヴィルマはそんな彼女たちを引き剥がしていくと、無言の圧力を彼女たちにかけた。
その迫力にビビった子たちは少しだけ雅彦から離れiPadの画面を覗き込んだ。
いやー、良い経験が出来たな、と思いながらふとヴィルマを見ると凄い顔して雅彦を睨んでいるので、雅彦は気を取り直しで話を進めた。
日本がアップされ、続いて県が、市が、町が少し拡大されていく。
彼は元々、鉱山のあるど田舎ではなく、比較的賑やかな地方都市生まれだったので、彼の住んでいた家を探して拡大していく。
その家はすぐ見つかり、3Dモードにしてやるとグルグルと回転を始めた。
そこに映る家は確かに見覚えのある、彼が子供の頃から高校生くらいまで住んでいた家だったが、置かれている車はどれも見覚えがなく、すでに違う人たちが住んでいるということを改めて思い知らされるのであった。
気を取り直して、この家が昔住んでいた家で、彼が生まれ育った街だと彼女達に説明していく。
いちいちスマホで言いたい事を翻訳しながらなので時間はかかったが、彼女たちは興味深々と言った様子で彼の話を聞いた。
次にこの世界と日本とを繋いでいる秀明の鉱山の位置を表示させてやった。
こちらは恐ろしく田舎でランドマークがない場所なので、近くの川や町、ダムなどか少しずつ探していくと、画面には見覚えのある白い土が一部剥き出しになった鉱山が映された。
事務所の建物や、掘り出した鉱石を一時的に保管する場所のスレートの屋根、エメラルドグリーンに染まっている排水を一時的に貯める池などが確認できた。
そしてその中には雅彦がチェーンソーを片手に開拓した四駆用のルートや、サバイバルゲーム用のフィールドなども写っていた。
「うわ、空からは丸見えなんだな」と改めて思った。
ふと事務所裏の林道を拡大してみたのだが、ちょうどこの世界との接点になっているポイントを見てみたら、画像がそこだけガチャっとモザイクがかかったようになっていた。
まあ解像度がそれほど高いわけではないので他の場所も同様にモザイクっぽくなってる所もあるのだが、何故か不思議と違和感のあるモザイクとなっていた。
「ここが私たちの世界とこの世界とを繋いでいるポイントです」と正直に説明した。
次に彼はネット上にアップされている動画を次々に彼女たちに見せていった。
先程見せた鉱山の中に拓いた四駆用のコースを這い回るように進む彼のナナサンの様子や、彼以外の車が攻めている様子、林道の中をウインチで無理矢理進ませていっている様子や、他の仲間たちと楽しく遊んでいる様子を見せた。
次にザバイバルゲームをしている様子を彼女たちに見せた。
そこには先程まで彼が着ていた米軍の旧式のデジタルパターンの迷彩服と彼の愛用のM4A1にゴテゴテとガングリップやドットサイトなどを取り付けたエアガンが映し出されていた。
動画の中では楽しそうに敵味方に分かれて戦っていたのだが、ここで彼女達は大きな勘違いをする。
彼女達にはそれがただの遊びではなく、実戦訓練だと思ったのだ。
なるほど、だからこそ先ほどみたいな機敏な動きが出来て、あっという間に重装備の騎馬兵を駆逐出来たのか、と。
それは大いなる勘違いで、サバゲーや四駆でバリバリ遊んでいたら実戦で強いか?というとそんなこともないのだが、完全な素人よりは幾分かはマシであろう。
先ほどの戦いは彼女たちから見れば「凄い」のかもしれないが、軍関係者などからしてみたらお粗末なレベルだったろうと思うのだ。
戦端を開いたのは雅彦の完全な独断先行だったし、その後の連携もお粗末なもので、犠牲者が出なかったのは幸運以外の何物でもないのだが、それはまた次回への教訓としようと思う雅彦だった。
村の女の子達は次々に映し出される動画に釘付けとなっていた。
イングリットは彼のスマホで「マサヒコが使っていた武器はもっと手に入らないの?」と聞いてきた。
うーむ、そこは非常に悩ましい所なんだよなぁ。
銃の所持が許されているのは秀明だけで、彼が言うには銃を大量に調達していたら目を付けられるかもしれないんだよなぁ、と暗に増やすのを嫌がる発言をしていたことがある。
だから、日本でも比較的容易に入手可能な武器を村に持ち込んで彼女たちに装備させようと思い、和弓だとかクロスボウなどを調べまくっていたわけなのだから。
比呂が先日、先行でクロスボウやコンパウンドボウ、和弓などをあれこれ注文したハズなのだが、雅彦としては彼女たちを直接、敵と接近戦をさせる予定はなく、近接戦用武器を使うのはごく少数だけにしようと思っていた。
雅彦は「僕が持っていた武器は銃といって、非常に入手困難なため今のところは二丁しかない。だから君たちには先日見せた火炎瓶や弓などを使ってもらいたいと思っている」と伝えた。
嬉しいんだか、残念なのだか分からない表情をして、イングリットは「こんな風に戦ってみたいな」とiPadの中に映るサバゲの様子を指差しながら言った。
iPadには、二人一組で戦ってある様子が映し出されていた。
これは俗にツーマンセルとかバディという戦術用語で言われることがある方法で、一人が攻撃している間にもう一人はリロードしていたりとか、一人が進んでいる間、後ろの人は周囲を警戒するなど、双方が協力して戦う方法だ。
イングリットはヴィルマと仲が良いしいつ見ても二人一組で動いているので、そう思うんだろうなぁと軽く考える雅彦だった。
実のところ、イングリットの想いはそう軽いものではなかった。
彼女はヴィルマより一つ歳下で、年齢だけでいうと比呂と同じであった。
彼女は昔から両親が居なくて、ヴィルマの家で育てられた。
だから自然と歳の近いヴィルマが彼女を誘って遊ぶようになった。
彼女は村の子供達の中でも性格がキツいことで有名だったが、不思議とイングリットには優しく接してくれた。
二人は大の仲良しになり、特にイングリットはいつもどこに行くにも彼女の後をついていくようになった。
そんなある日、あの「襲撃」が起こった。
彼女も18歳になっていたということもあり、大人たちと武器を取り迎撃に出たのだが、彼女が戦場に着いたときにはすでに村の男たちは敗れた後だった。
そこからは武器を捨ててひたすら逃げ回った記憶しかなかった。
彼女は村の中ではズバ抜けて足が早く、馬で追っ掛けても追いつかなかったのだ。
森の中に逃れ、ふと気がつくと一人で森の中にいた。
しばらく隠れていたが、夜になった頃、目の前を多くの騎馬兵たちが逃げるように村から出て行った。
そこでイングリットは勇気を奮い村の中へと入っていった。
ヴィルマはどうなったんだ?!
イングリットは彼女を探してまわった。
村の中は悲惨な状況になっていた。
村の女性の多くが暴行を受け、あちこちから女性たちのすすり泣く声が聞こえてきていたからだ。
服をズタズタに破られたままで呆然と立ち竦む人や、大事な人が殺されたことで泣き叫ぶ女性の姿があちこちで見受けられた。
ヴィルマはどこにも姿が見られない。
だが、彼女も生き残った村の女性たちに促され、殺された多くの男性たちを葬る準備に忙殺されてしまう。
彼らの死体を村の中に運び込み、その体を少しでも綺麗に洗ってあげた。
だが、イングリットはその死体の中にヴィルマの姿を見つけられなかった。
葬送の準備をする村人の中を抜け出して、イングリットはヴィルマを探して村の中、外をくまなく走り回った。
見つからない、どこにも彼女はいない。
ボロボロになりながらも彼女は走り、そんな中、ふとヴィルマのフィアンセが関所跡で守衛をしていたのを思い出した。
彼女が関所跡に着いたのは夜も明けようとしていた頃だった。
そこにはボロボロにされたフィアンセの死体を抱きしめながら失神していたヴィルマの姿があった。
イングリットは彼女の持てる最後のチカラを振り絞り、ヴィルマを村まで一人で連れて帰ったのだった。
ヴィルマの状態はとても酷く、三日間はベッドから起き上がらずにいた。
彼女は特に酷く暴行を受けた跡が至るところに残っていて、イングリットは彼女をずっと看病し続けた。
村の男性たちの葬送も彼女は出席せず、うなされ続けるヴィルマの手を握りながらイングリットは彼女に寄り添い続けた。
イングリットは彼女に対して大きな負い目があった。
自分一人だけ逃げ回ったせいでヴィルマはこんなに酷い目に遭ったのではないか、どうしてもそう考えてしまうからだ。
ある程度回復したヴィルマだったが、夜になると泣くようになったので、イングリットはいつしか夜も彼女と同じベッドで寝るようになった。
イングリットはなんとしてでも次こそは彼女を守って戦いたかった。
だが、あれだけの訓練をしていたにも関わらず実際の敵を目の前にすると震えてしまい思ったような働きが出来なかった。
だが、ヒデアキは彼女の目の前で重装騎兵を二騎 瞬殺して、彼女にプロポーズしてきたマサヒコは10エル(約5メートル)先の兵士を一撃で射殺してみせた。
今、目の前でにこやかに彼女達にiPadで動画を見せていたり、踊っていたりするマサヒコを見ると本当に優しい感じの好青年で、とても戦闘のプロという様子は見られない。
イングリットはヴィルマがマサヒコに対して恋してしまっているということは感じていた。
あの事件以降、わたし以外の誰にも心を開こうとしなかったヴィルマが今、目の前のマサヒコに対して向ける目は明らかに恋する少女の目だった。
自分ではなく、この男に。
イングリットはマサヒコに対してヴィルマのような感情は持っていなかった、逆にヴィルマを取られた憎しみのようなものを感じていたくらいだった。
だが、ニホンジンたちに恩を感じていないかというとそれは全く違った。
守ってくれた恩はなんとしても返したい、そして次こそはヴィルマは私が護りたい、もっというと彼女とツーマンセルを組んで、先ほど動画で見たような戦いをしたい、そう思うのであった。
以前、イングリットはヴィルマにこう聞いたことがある。
「ヴィルマはマサヒコのプロポーズを受けるの?」と。
それに対してヴィルマは「分からない、そもそも彼らが何者で目的が何かもわからないし、今は村を護ることが最優先でそれどころではない」と答えたことがあった。
そんな話しはしていたが、イングリットにはある確信があった。
ヴィルマはマサヒコと恋に落ちて彼に全てを捧げるほどの関係になるだろう。
一見するとクールなヴィルマだが、その内面は情熱的で健気なところがあり、一度好きになった相手にはとことん一途な女だということをイングリットはよく知っていたからだ。
だから彼女がマサヒコと結婚したら、私も同じく彼女と共に貰ってもらおう。
実はこちらの世界では一夫多妻が普通で、日本のように一夫一妻制ではなかったのだ。
そう、心に誓うイングリットであった。
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