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伝家の宝刀 青江定次

今回の敵の襲撃は20騎の騎兵のうち、10名を殺害、7名を捕虜として確保、3名が逃亡という結果に終わった。


また馬も5匹捕らえることに成功した。


雅彦は日本からブルーシートを持ち込み、殺害した敵兵をそれに乗せ、ユンボで掘った穴に村人たちと投げ込んでいった。


雅彦たち日本人たちはあえて作業に没頭することで深く考えないようにしていた。


特に自分が殺した敵兵の姿を見るのはキツかった。


だが、殺した者のケジメとして、彼らを責任を持って葬らなければならない。


敵兵や馬の死体を全て埋葬したら、こちらの世界では夕方になってしまっていた。


それまで無言で黙々と作業をこなしていた彼らであったが、ここで雅彦が口を開いた。


「宴会を開こう、それもパーっと派手に!」


はは、雅彦らしいなと思う秀明だった。


自分たちはするべきことをしただけだ。


この世界には警察も彼女たちを守る法律も何もない。


我々がああしなければ、彼女たちは今頃、殺されていたか、手篭めにされていたか、もしくは奴隷として売り飛ばされようとしているかいずれかだったハズだ。


彼女たちは自らの手で抵抗することを選択した、だからこそ自分たちも手を汚してでも彼女たちを助けたのだ。


ここで俺らが深く落ち込んでいたり後悔していても意味がない、逆に飲んで騒いで殺してしまった彼らを楽しく送り出してやればいい。


「ああ、やろう!買い込んでいた食材を全てこっちに持ってくるからお前らも手伝え!」


比呂も、ハハッと軽く笑って日本側の彼らの事務所に帰って行ったのだ。


その頃、村では捕虜の処遇が話し合われていて、最終的にはエマの意見が通り、捕虜を尋問した後に解放する、ということになった。


食材を満載にした二台のランクルはすっかり辺りが暗くなった村に着いた。


エマたち村人たちは総出で彼ら日本人たちを迎え入れた。


門をくぐって入ってくる二台のランクルの両サイドに二列に分かれて並んだ中をまるで凱旋するかのようにゆっくりとした速度で進んでいく。


彼らは村人たちの喝采で迎えられた。


村の中央の広場も先程の戦いの跡はすっかり片付けられており、二台のランクルは広場に停車し、前やったようにドラム缶を改造して作られたバーベキューコンロが用意された。


バーベキューコンロから派手な火が起こると、またしても秀明の最終兵器こと「どらごんすれいやー」が取り出されてコンロの上に乗せられた。


今回は村の女性たちが肉を焼くのをやってくれるようだ。


秀明は彼の愛用品の真紅に輝くトングを彼女たちに貸し、肉の焼き方を身振りで教えていった。


比呂は日本にあったビールやお酒を全て持ってきていた。


ただ、ビールは冷えていないものも多かったため、ロックアイスを入れたカップにビールが注がれて皆に配られた。


ここで雅彦は自らのランクル73のボンネットの上に登り、ビールを片手に掲げ「プロージット!」と叫んだ!


ワッ!!っと一気に盛り上がる宴会会場。


あちこちで彼の掛け声に合わせて「プロージット!」の掛け声が上がった。


雅彦は本当にこういうのが上手い。


落ち込まないように気を遣ってあえて明るく振舞っているのだろうが、その場をパッと明るくするのが本当に上手い。


秀明は自分には人を率いていく能力はなかったと思うのだが、雅彦は天性の人を惹きつけるチカラがある。


周りの人を楽しい気分にさせ、彼の協力者にさせ、知らぬ間に彼を手助けするようになる天性の才能がある。


自分は歪んだ人生を送ってこの歳まで来てしまったが、彼にはこのような経験があっても真っ直ぐな道を歩んでいってもらいたい、そう心の底から願う秀明であった。


そんな雅彦の様子を見て、普段はクールな比呂もビールを片手にボンネットに飛び乗り、彼のクルマの上で一気飲みをしてみせた。


わっ!!と盛り上がる宴会会場。


「俺の車の上には乗るなよ!お前のみたいに波板なんて貼ってないからな!」と叫ぶ秀明。


ボンネットの上でイチャつく兄弟を見て騒ぎ始める村の女性たち。


おいおい、彼らはBLでも何でもないからな?


言葉は分からないが、どうせそんな事で盛り上がっているのだろう。


広場の中心ではまた木が組まれて火が起こされた。


ここで雅彦はクルマのエンジンをかけ、携帯に繋いだ音楽を大音響で流し始めた。


雅彦のクルマからはYOUTUBEのクラブミュージックが流れ始めた。


ボンネットの上で飛び跳ね始めた雅彦の動きに釣られて彼の車の周りにいた村の女の子達も一斉に踊り出した。


やっぱりこういうノリは日本人よりよっぽど良い。


思い思いの動きで踊り始める彼女たち。


中には雅彦の持つスマホの中で踊っている女性の姿を見ながら見よう見まねで踊り始める子まで出てきた。


複雑なステップはさすがに無理だが、なんかあっという間にソレっぽい動きになっていく。


やっぱ、リズム感が違うよなぁ、などと感心している秀明だったが、そんな彼の処に少し顔を上気させ、酔った感じになっているエマがビールが入った紙コップを片手にやってきた。


そんなエマはなんとも言えない妖艶な魅力をたたえていた。


思わず息を飲む秀明、気をとり直して彼女とカップを合わせて乾杯をした。


エマは改めて自分を守ってくれたお礼を秀明にした。


気にしないでと答えた秀明。


実際、この歳になって初めて実戦を経験した訳だが、意外と身体は昔覚えた技を覚えているもんなんだと思った。


彼は小学生の頃、県下でも最も稽古が厳しいと評判だった剣道の道場に放り込まれていた。


今回、彼が実戦で見せたのはいわゆる居合による抜刀術だが、それは道場の館長が得意としていたものだった。


さすがに真剣を使って稽古したことはなかったのだが、それこそ血が滲むほど繰り返し稽古させられたものだった。


彼が持っている伝家の宝刀は、彼の親父から会社と共に譲り受けたものだが、この刀を持って戦場に立つと不思議と心が落ち着き、自然と体が動いたという印象があったのだ。


自分が座っている横に立てかけていた青江定次(あおえさだつく)を眺めていると、エマが「その刀を見せてもらってもいいですか?」と言ってきた。


おもむろに剣を取り出し、キン!と鯉口を切り、そのままゆっくりと抜き放った。


凄まじい存在感を放ちながら、炎の揺らめきを反射する緩やかに湾曲した細身の刀身。


その迫力に思わず息を飲むエマ。


こちらの世界の剣は諸刃(もろば)の直剣がほとんどで、このように緩やかに湾曲した片刃の刀は他に見たことがないし、何より全体がカミソリのように鋭い。


「やはりこの刀は以前、私を守ってくれた物と同じ形をしています」


そうスマホで翻訳した文章を秀明に見せるエマ。


「えっ?」と思わず声が出た秀明。


どういうことなのかをエマに詳しく聞くと、エマは初めて襲われた際に敵兵を次々と倒した黒い剣士の亡霊がこの剣と同じ形の物を持っていたと伝えてきた。


改めて手に持った日本刀の刀身を見上げる秀明。


以前、秀明は日本とこの世界をつなげたのは死んだ爺さんが関係しているのではないか?と疑ったことがある。


死んだ親父はこの剣の由来を「自分たちの祖先を倒しに来た敵が元々は持っていた剣だ」と確か言っていた記憶がある。


襲ってきた敵を返り討ちにして手に入れたということなのだろうか。


それとも味方になり譲り受けられた物なのかは知らない。


だが、非常に大事にされていて、爺さんが死ぬ前に最も愛していた末っ子の親父に伝えたのだと聞いたのだ。


「もしかしてオマエが俺らをこの世界に導いたのか?」


もちろん答えは返ってこないが、今日の戦いにも刃こぼれ一つせず、圧倒的な存在感で佇む剣がそこにはあった。


剣を鞘に収めながら秀明はエマに言った。


「黒い剣士というものを我々は知りません、だがこれと同じ日本刀を持っていたということは、もしかして我々はなんらかの繋がりがあるのかもしれません」


とりあえず村人の被害が全く出なかったということも知らされ、安堵のため息を吐く秀明。


エマは崇拝にも似た眼差しで秀明を見ながら、本当にこの人たちは欲がないな、と思った。


これだけのことをしたのだから、自分たちのことを好きにさせてもらうぞ、くらい言いだしてもおかしくない。


なのにこの人は以前と少しも変わらず、相変わらず私たちとは対等な立場で付き合おうとしてくれている。


「この村は常にあなたがたと共にあります」


そう翻訳した文を秀明に見せるエマであった。



ふと見ると、ランクルの周りでは雅彦たちと村の女の子たちが集まって凄いことになっていた。


「ここはクラブかディスコか何かか?」


思わず苦笑が漏れる秀明。


雅彦はヴィルマと向かい合って踊っていた。


比呂も女の子達にもみくちゃにされながら踊っているのがなんとも笑える、とてもじゃないがそんなキャラではないからだ。


こうして戦いの後の宴は深夜まで続いていくのであった。

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