ランクルとインパルスと抜刀術
気がつくと体が勝手に動いていた。
静止する親父の秀明を振り払い、自分のランクル73に飛び乗った雅彦は、4点式シートベルトの腰の部分だけを固定しながら、丘の上から坂道を駆け下りた。
バンバンと飛び跳ねながら土煙を上げ走るランクル。
百メートルほど前には二十数騎の敵兵が集まっていた。
馬から降りて戦斧や大ハンマーなどで門を破壊しようとしている兵士を目指しクルマを突進させ、5メートルほど手前で急ブレーキを掛けた。
わずかに右に向きを変えながらタイヤをフルロックさせて滑り込むように突っ込んでいく。
自分の後ろで異変に気がついた敵兵がこちらを振り向いたその瞬間、二人の兵をクルマの正面で捉え、敵兵をクルマと門の間に挟み込み潰してクルマは停止した。
なんとも言えない嫌な感触に身震いする雅彦。
あたふたする手でミッションレバーを探り、ギアをバックに入れてアクセルを床まで踏み込んだ。
目の前では糸の切れたマリオネットのような感じで崩れ落ちていく敵兵の姿があったが、周囲にいた騎馬兵の一部が雅彦のクルマに向けて矢を放ち始めた。
矢は先日強化したばかりのボディに数本突き立ったが、装甲を貫通するには至らなかった、が自分も敵に狙われているということを改めて痛感させられた。
落ち着け、こういうのはサバゲーなどで経験があるだろ。
クルマに乗ったままでの射撃は経験がないけど銃で敵を射撃するのはサバゲもコレも要は一緒だろう!
雅彦は敵の騎兵を追いながら、助手席側の床に転がしていたインパルスを取り上げ、安全装置を親指で解除した。
走りながら空いた手で3速にギアを入れ、ドアを開けて隙間にインパルスを置いて正面の騎馬兵を狙い、発射した。
吹き出した超高圧の水は敵兵を捉え、後ろから殴られたような感じに前方向に体勢を崩して派手に落馬した。
「みっつ!」
不思議と冷静さを取り戻した雅彦は周囲を見廻し、戦況がどうなっているのか確認しようとした。
すると親父のランクル70が門を目指して爆走しているのが目に入った。
運転席にいるのは親父の秀明ではなく、弟の比呂であった。
門に横付けしたランクル70の助手席のドアが開き、日本刀を腰に差した親父がボンネットからセンターピラーによじ登り、そこから村を囲む壁の上に飛び移った。
50歳台とは思えない身軽さで壁の上に立った秀明は何やら門の中の人と話をしたと思ったら壁の向こうに消えていった。
親父のランクル70の運転席の比呂は雅彦の方にクルマを動かしてきて、「どうする?」と雅彦に指示を求めた。
雅彦は「ヒロが敵を追い回してくれ、そこを俺が攻撃する!」と比呂に伝えると「わかった!」という返事が返ってきた。
比呂は逃げる敵の騎兵をあえて真っ直ぐ追わずに、雅彦の方面に敵騎兵を誘導するよう少し遠回りに追い詰めつつ走った。
そこへどこからともなく現れた雅彦がインパルスを立て続けに発射し、敵兵を次々と落馬させていく。
二人のコンビネーションは初めてなのにも関わらず見事なものだった。
二台で敵の騎兵の群れを追いかけていたと思ったら、雅彦のランクル73がすっと離脱し、気がつくと敵の騎兵の側面に現れてすれ違いざまにインパルスを至近距離からぶっ飛ばす。
外れることもあるが、その戦法で約10騎の騎兵を落馬させていた。
敵の馬は全力疾走で逃げていくが、比呂の操るランクル70は無尽蔵のスタミナでどこまでも付かず離れずで追いかけて続けてくる。
そして、動きが鈍った馬から雅彦のインパルスやダイレクトアタック(つまり車で直接弾き飛ばす)を受け、戦闘不能に追い込まれていった。
敵の指揮官と思われる兵士は未だ健在で、残った騎兵を率いていたが、何やら指示を飛ばしたと思ったら、村の前にある拓けた土地を逃げ回るのではなく、村の壁の方に向かって走り始めた。
「これはヤバい?!」
散開して壁に取り付いた兵士は馬の背中から壁に這い上がり、村の中へと消えていった。
ここでまた一騎を沈黙させたが、壁の中への侵入を許してしまった。
「くっそー!!壁の上に有刺鉄線を張っておけばよかった!」
時間がないので優先順位が後回しになっていたことが、ここに来て裏目に出たのだ。
まあ戦いというものはこんなもんなんだろう、いつも準備万端で挑めるとは限らないわけだ。
雅彦は初陣でその事を痛感させられたわけだ。
それにしても今は壁の中に入った敵兵をなんとかしなければならない。
雅彦はクルマを村の正門に向け走らせた。
その頃、一足先に村の中に徒歩で入っていた秀明は、正門の裏で二人の敵兵と遭遇していた。
こちら側にもヴィルマとイングリットが槍で応戦していたので数的には有利だったのだが、エマやアレクシアみたいに特別な訓練を受けていない女性たちは見るからに戦力になりそうになく、槍や弓などを持っているのだが、その場で半ば凍りついていた。
敵の兵士は比較的軽装ではあったが、鉄製のアーマーを着込み、手にはツヴァイハンダーと思われる両手持ちの長剣が握られていた。
秀明は上下をタイガーパターンの迷彩服で頭部は同じ柄のバンダナを巻いたスタイルで腰に差した日本刀の柄に右手を備え、居合抜きの態勢をとって女性たちの前で立ち塞がっていた。
秀明は目でイングリットとヴィルマに敵騎士のうち一人を受け持つよう促し、自分はもう一人の方を担当するようにした。
剣をグルグルと回しながら威嚇しながら接近してくる大柄な敵の兵士。
秀明は剣を敢えて抜かず低い構えをしていて、異様な殺気を振りまいて待ち構えていた。
何かを察した敵兵は、スッと動きを止めてジワジワと間合いを詰めてきた、が、その男は腰に差した剣をいつまでも抜かないので剣の長さが分からず、どこまで近づけばよいのか全く分からない。
そこだけピンと張り詰めた空気が流れ、隣のヴィルマたちもその戦いを固唾を飲んで見守っていた。
ジワジワとお互いの距離を詰める秀明と敵騎士。
低く構えていた剣を真っ直ぐに秀明に対して突きを放った。
その刹那 秀明は瞬時に動き、斜め下から抜き放った日本刀の切っ先は敵の顔面を斜め上へと切り裂いていた。
大きく体勢を崩した敵兵に対して容赦なく袈裟斬りを加えトドメを刺したかと思うと振り向きざまに右手だけで剣を持ち上げて、ピッと血を払って鞘に剣を収めた。
その一連の動きを見てハッとした表情をしたエマ。
前回、この男どもに襲われた時、自分を助けてくれた黒の剣士の亡霊がしていた所作にあまりにも似た血の払い方と剣の収め方をしていたからだ。
「えっ?えっ?!どういうこと?」
自分の目の前に立つこの男は、あの日、自分を助けてくれた人なのだろうか?
イングリットは秀明の見せた剣術に驚嘆していた。
敵が間合いを詰めて突きを放ったと思ったら、一瞬で敵の懐にすり足で飛び込み、斜め下から切り上げたかと思いきや即座にトドメを刺して、血を払い、剣を鞘に収めてしまった。
驚くことにそれらの動作は一瞬で行われ、今また最後に残った敵兵に向き直り、先ほどの攻撃を加えようとして構えをとっている。
一方敵兵も先程の一連の攻撃を横目で見ていて愕然としていた。
この見慣れぬ格好をした比較的小柄な剣士は自分の剣の長さを敵である自分たちに見せず、剣を一瞬で抜き放ち同僚を死に至らしめたのだった。
これまで数多くの戦場に立った経験のあるこの男も、これはマズいと感じざるを得なかった。
彼は剣を秀明に向けて投げ捨て、逃亡しようとした。
おそらくその判断は正しかったのだろう、だが彼は最初から間違えていたのだ。
日本刀、それも伝家の宝刀の青江定次を持つ秀明の前に立ったことが間違いの元だったのだ。
投げつけた剣を交わした秀明はその敵兵を抜き放った日本刀で背後から一気に胸を貫いた。
立ちすくむ敵兵の胸甲を貫いたその剣は、細身の湾曲した片刃の剣で、エマを救ってくれた黒の剣士が持っていた剣と同じシルエットをしていた。
絶命したであろう敵兵から剣を引き抜いた秀明は先程と同じように血を払い、今度は左腕の肘の関節で刀身を挟み、血を拭ってから鞘に日本刀を収めた。
糸の切れたマリオネットの様にその場で崩れ落ちる敵兵。
ここでやっと秀明は安堵のため息をひとつ吐くのだった。
予め言っておくが、秀明は以前エマやこの村を救った黒の剣士ではない。
だがエマの目には秀明がこの村を救ってくれた黒の剣士と重なって見えた。
彼と近いなんらかの存在が以前この村を救ってくれたことは間違いがないと確信するのであった。
その時、正門の前に雅彦のランクル73が急停止して、壁の上に雅彦がショットガンを手に姿を現した。
周りを見回した雅彦は村人たちが皆無事である事と、親父の側に二人の敵兵の死体が転がっているのを見て「それ、親父がやったのか?」と言った。
「そうだ」と返事をする秀明。
雅彦は「村の中に数名の騎馬兵が侵入したぞ!」と言った。
言葉は分からなかったが、なんとなく言葉のニュアンスを読み取ったヴィルマに対して雅彦は「ヴィルマ、イングリット、一緒に来てくれ!」と日本語で叫んだ。
壁から飛び降りた雅彦は村の中心に向けて走りだした。
その後を秀明とヴィルマ、イングリットが追う。
秀明「どのくらいの敵兵が壁の中に侵入したんだ?」
雅彦「ハッキリ分からないが、おそらく三人くらい」
秀明「ヒロは?」
雅彦「残敵を追い回している、多分それが終わったらこちらに来ると思う」
秀明は比呂がライフル銃を持っていたよな、と思いながら村の広場に急いだ。
もしかしてなのだが、子供や老人たちの避難が間に合わなかったのではないか?と。
村の広場にたどり着いた4人は嫌な予感が当たったことを知るのだった。
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