村の守り神たち
異世界側の丘の上で三人だけの飲み会をした後、異世界側のトレーラーハウスには親父の秀明だけを残し、雅彦と比呂の二人は日本側の事務所に戻った。
日本側は夜の20時と寝るにはまだ早い時間だったが、異世界とは時差が約3時間ほどある。
明日もまたしなければならないことがたくさんあるので二人は早々に寝ることにした。
親父の秀明は丘の上の村が見下ろせる場所にテーブルを移して、ランタンの灯りを頼りにショットガンの分解掃除をしながら考え事をしていた。
眼下に広がるスピスカ=ノヴァと呼ばれている村は静まり返り、人の動きや灯などは全く見えなかった。
前回も書いたようにこの世界ではおそらく月が無いのだが、星々はやけに明るく、ぼんやりながら深夜でも村の様子を見ることが出来るのだった。
村の建物はとりあえず屋根が無いとか廃屋のようになっているものが無いので、おそらく最初の襲撃時には焼き討ちはされなかったのだろう。
じゃないと万年労働力不足のこの村で建物を立て直すほどの余力はないだろうと思うのだ。
それにしても日本はまだ夏が終わりかけているという季節なのに、こちらはやたらと冷える。
秀明はトレーラーハウスから愛用のMA1タイプのジャンバーを引っ張り出し着込んで「寒さ対策もしなきゃな」などと思った。
それにしても以前、エマから聞いた最初の襲撃には違和感のある部分がある。
村の男達は全て惨殺され、村は完全に陥落した状態になり、多くの女性たちは敵兵から暴行を受けたと言っていた。
それならなぜ、敵兵たちはこの村から逃げるように撤退したのだ?
村の教会で敵軍の兵士が着けていたという胸甲が残されており、その真ん中には剣で貫かれたと思われる穴があった。
それにはドラゴニア所属を示す紅い龍のマークが刻印されていたが、その兵士は誰が倒したのか?
エマの話では村の男達の戦列は一瞬で食い破られて後はされるままに蹂躙されたと言っていたが、その様子だと敵兵に被害が出たとは考え難いのだ。
また敵に被害が出ていたとしても遺体や遺品は持ち帰るだろう。
それがなぜ村に彼らの遺品が遺されているのか?
誰かが襲撃した敵兵を攻撃して討ち取ったのか?
秀明のランクルに矢を射かけた狩人のあの子の腕ならそれも可能かもしれない、だが一度制圧した村を多少、女たちを犯しただけで撤退するだろうか?
もし自分が襲った側だとしてそんなことはしないだろう。
居座ってこの村の女性たちを奴隷のようにこき使うか、財産になりそうな物を全て奪い、更に女性を全てさらって自分の女にするか奴隷として売り払うかどちらかだろう。
ところが敵兵はそれをしなかった。
この村には、隠されていたとは言え100kg以上の金が残されているし、家はこの通り破壊や焼き討ちにあった形跡がない。
つまり、女性を犯しているときかその後で敵兵たちに何かが起こったのだ。
おそらくは逃げ出さねばならないような何か。
この村には、まだ何か我々も知らないような事実が隠されている。
そしてそれはおそらく日本とこの世界を繋いだ理由にも繋がる可能性もある。
「聞く機会があればまた村の人から敵兵が逃げるように去った原因が何だったのか聞き出したいな」と思うのだが、なんせセンシティブな話なので聞き出し難いなと思う秀明であった。
…………………………
秀明が丘の上で思案していた頃、村長のエマは自室のベッドの上でなんとなく嫌な胸騒ぎがあり眠れない夜を過ごしていた。
この村には、トウモロコシをベースにした蒸留酒に村の周囲の森で採取できる数々の薬草を漬け込んだ薬草酒が特産品としてあり、先日それを口にしたヒデアキは「ベフェロフカそっくりだ!」などと言っていた。
どうやらニホンジンたちの世界でもこの薬草酒と似たお酒があるのだろうと思われた。
これはエマも知らないことなのだが、そのベフェロフカというお酒はドイツのお隣のチェコの特産品で、味はソルマックそっくりな薬草酒のことであった。
秀明は昔、中欧に出張に行っていた際には必ずベフェロフカを愛飲していたので、よもや異世界で自分の好きなお酒に似たものに出会えるとは思わなかったのだ。
話が脱線したので戻すが、エマは珍しくこの薬草酒を棚から取り出して陶器の小さなカップに入れて飲んだ。
先程似ているものとしては二日酔いに効くソルマックを挙げたが、養命酒を少し辛くした感じと言えば想像し易いか?
飲み干したエマは胸がスーッとするのと同時に、アルコールで喉やお腹が焼ける感覚を楽しんだ。
村ではこのお酒を毎日必ず少量飲むことで風邪などをひかないようになると信じられていた。
ベッドに横たわり目を閉じたら、2年前の襲撃を受けて敵兵たちから繰り返し暴行を受けた忌まわしい瞬間のことを思い出していた。
実はこの時、エマは不思議な体験をしていた。
自分を組み伏せていた男の動きがピタっと止まったと思ったら、突然その男の体から力が抜け落ちてエマの横に崩れ落ちたのだった。
その男の首は綺麗に切断されていたのだ。
異変に気が付いたエマは真っ暗な部屋の中、体を起こすと敵兵の胸あたりに剣を突き立てている男と思われる人の姿を目にした。
立っていた敵兵の胸から突き出していた剣は見慣れない形状をしていて、細身の湾曲した極めて鋭い片刃の刀身をしていた。
その剣は鋼鉄製の鎧を軽々と貫通し、立ったままの男を背後から一撃で絶命させたようだった。
異常過ぎる状況に言葉も発することが出来ず、裸のまま上半身を起こし胸を隠したエマはその場で凍りついたように固まり、その真っ黒なシルエットの男性を凝視した。
やがてその黒い男は胸に刺した剣を引き抜き、敵兵は床に崩れ落ちた。
剣の血を払い腰に刺していた鞘に刀身を納め、エマの方を振り返り微かに笑いかけたと思ったらスーッと姿が消えていった。
部屋の中に残されたのは三体の敵兵の死体であった。
そのあと、村の中にいた敵兵の間でパニックが起こり、生き残っていた敵兵たちは大慌てで村を後にして去っていったのだった。
「あの全身真っ黒の人は何だったのだろう?」改めて思い返すエマ。
正体不明の幽霊剣士によって敵兵が結果的に追い払われたということを知る村人はエマ以外には二人ほどいるだけで、ほとんどの人は知らなかった。
他の二人も黒い剣士をはっきり見たわけではなかったが、部分的にエマの見たゴースト(ゲシュペンスト)の特徴と同じであった。
この話は村の中で後々広まり、「村を救ったのは神の使いだったのではないか?」という考えが一般的なものとなっていった。
村を守っていた男たちは既になく、領主からの保護も期待出来ない現状では、このような信仰にも似た切実な想いがないと精神的に乗り越えていかれなかったということもあった。
教会に残していた剣で貫通している痕が大きく残る胸甲は、村の守り神の象徴として残され信仰の対象になっていたのだ。
ところがアレから2年ほどの時が過ぎ、今度は幽霊ではなく本当に人の姿でこの村に訪れたニホンジンと名乗る三人の親子は、剣ではなく極めて進んだ文明の力を使いこの村を護ろうと動き始めていた。
エマを含め、多くの村人たちは現れた三人のニホンジンの事を「以前村を救ってくれた神の使いは実は彼らだったのでは?」と考える様になったのはある意味自然な流れであった。
そこで失礼を承知でエマはヒデアキと名乗る最も年配のニホンジンに「貴方は神の使いなのですか?」と勇気を出して質問してみたのだが「違う」という。
ヒデアキが言うには彼らもまた私たちと同じ人間なのだと、ただ人種がちがうだけなのだと。
エマにはもう一つ、村の発展と維持を任されている者としての悩みがあった。
それは深刻な後継者と労働力不足であった。
なんせ外界との交易が途絶えた状態で村の男性が全く居なくなってしまったので、新たに子供が出来ないということは村の消滅を意味するからだ。
村を保護してくれる頼り甲斐のある存在が出来たことで短期的な村の消滅の危機は去りつつあるが将来的には村の人口が激減する恐れがある。
だから村長の立場としては彼らニホンジンに村に住み着いてもらい、「男性」として彼らの子孫を増やしてもらいたいという思いもあった。
ただ、村の結婚適齢期の女性たちが我先に彼らに言い寄るような状態も避けねばならない。
なんせ村には自分の娘の世代も含めるとざっと30人近く結婚適齢期の女性がいる。
彼らは「自分たちは神ではない、ただの人間です」と口では言っていても、実際のところどうなのかはエマには分からなかった。
もし、彼らが神かその使いだったとして、村人が彼らに対して失礼な行いをしてしまい、彼らの失望をかうようなことがあれば、それは村の滅亡に繋がることになる。
村の存続を任される身としてそれだけは避けねばならない。
先日、村人を集めた時も「くれぐれも彼らに対して失礼なことはしないように」とクギを刺しておいたのもそういう理由があったからだ。
今のところ希望があるとすれば、マサヒコからプロポーズを受けたというヴィルマとイングリットの二人だ。
これからどうなっていくのか想像することも難しいが、上手くいって欲しいと願うエマであった。
先程飲んだ薬草酒の酔いも程よくまわってきて、ゆっくりと眠りに落ちていったのだった。
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