星空の下の三人(襲撃前夜)
雅彦は自分のランクル73のボディの強化がほぼ完了している連絡があったので、行きつけの修理工場へ足を運んでいた。
雅彦の足取りは軽かった。
当初は仕事を辞めるのに一ヶ月は最低でも必要だと思われていたのだが、話し合いの結果、有給休暇を消化しないことを条件に辞めることが許され、先ほど最後のお勤めを済ませてきたばかりだったからだ。
「これで比呂に遅れをとらずに済むわ」
修理工場に到着した雅彦はピットから出されて駐車場に移されてた愛車の改造を確認していた。
以前は、彼は山を走る際にはフロントフェンダーは取り外して走っていたのだが、今回はボディ内部にパイプフレームを入れ、フェンダーそのものに強度を持たせるようにした。
今回、最も大きな改造はボディ全体の強化であった。
ただ、重くすればよいというものでもないので、ボディに張り付ける板はアルミの3mm厚の波板が選ばれ、プレスでボディ形状に沿って大まかに曲げられ、リベットでボディに固定された。
フロントグリル周辺は特に強化され、3cmほどボディの先端が前面に押し出され、その中にステンレス製のパイプなどが入れられたことで、正面からの衝撃に極めて強くなった。
またフェンダーに貼り付いている車幅灯とウインカーは鉄製のガードでガッチリと守られ簡単には壊せなくなった。
これなら多少の障害物や鎧を着込んだ敵の騎士などを跳ね飛ばしてもボディが損傷しにくくなったハズだ。
なぜこんな手の込んだことをしたのかというと、雅彦に独自の拘りがあったからだ。
お手軽に強度を上げるのであれば、オーストラリアを走る車みたいにカンガルーバーなどが付いたゴツいバンパーを装着すればいいのだが、雅彦はどうもナナマル系のカンガルーバーが好きになれなかった。
そこでボディそのものをガチガチに強化したわけだが、
遠目には標準ボディに見えるのに、近くから観察してみたら強化されているというのは、雅彦のマニア心理を満足させるものであった。
あと、フロントウインドには可倒式の鉄柵が取り付けられ、運転席と助手席の窓のガラスの外にもワンタッチで取り外しが可能な鉄の網が取り付けられた。
これらを取り付けたことで多少は矢や剣などの攻撃を防ぐ効果が期待出来るし、敵を跳ね飛ばした際にフロントウインドを損傷することが避けられるようになった。
まあ、「実戦証明」がされているわけではないので実戦で試していきながら改良を繰り返す必要がありそうだが、これでひとまず自分の想定する戦術に沿った性能を手にすることが出来たのだった。
あと、他の改造点でいうと電動のエアコンプレッサーを二基搭載し、それまでの倍の速度で圧縮空気を生み出すことが可能になったことと、これまで10リッターのエアタンクだったのを三倍の容量の30リッタータンクをさらに追加して搭載し、リアゲートの内部に備え付けたことだった。
これでインパルス消火システムのように大量の圧縮空気を必要とする装備を連発して発射することが可能となり、戦術の幅が広がった。
普通のクロカン用の改造と大幅に違う改造内容だったため、修理工場の工場長が「フロントウインドに鉄柵なんていつ使うんだ?」などと聞いてきて返答に困ったのだが、「今度、廃道に突っ込んでいく時のために木の枝でフロントウインドが割れるのを防ぐためだ」などと適当な返答をしておいた。
工場に改造費も払い、そのまま親父の鉱山に向かうのだがその前に深夜まで営業しているスーパーで食材の買い出しをすることにした。
今後、食料品の買い出しは4トントラックが手に入ったらソレで行う予定にしている。
比呂とスマホで話をしていると、「村の女の子たちに軍事訓練を施してやりたい」というような話が出ていたのでしばらくの間、村人たちの食料品の調達は我々日本人が行いたいというようなことを言っていた。
また、村で所有している金のうち、20kg分を日本に持ち出し換金する準備を進めているので、金銭的な悩みからは解消されるのではないか、ということだった。
もし換金作業が順調に行えるのであれば、村人に対する武器の供与などを大規模に行えることになる。
今まではポケットマネーで必要な物の購入していたのを、「鉱山を経営している一企業」程度に資金を動かすことが出来るようになる。
例えばだ、日常的に食料品の仕入れが必要となったので市場で商品を仕入れて市場から鉱山にそれらを輸送する業者を買収することなどもやろうと思えば可能になる。
ま、金がいくらあっても事業として妥当かどうかは慎重に考えねばならないが、そういう事は会社経営が長い秀明と相談しながらやっていけば良いと思う。
ひとまずは、食料品の仕入れは保冷機付きの4トントラックで直接行い、異世界まで直接運び込みをすれば良いのではないかと思った。
これなら冷凍食品なども直接、村に運び込むことが出来るし、村の中でアイドリングを続けておけばいつでも冷やした物がその場で入手出来る。
購入した4トントラックは200リッターの燃料タンクが付いているのでアイドリングだけなら数週間は冷やし続けさせることも出来る。
だがここで一つ問題がある。
普通の二駆のトラックに丘を登らせることが出来るかどうか分からない点だ。
四駆でしかもグリップ力の高いマッド系タイヤを履いているランクルは問題なく丘を登り降り出来ているが、二駆で完全にオンロード系のツルツルのタイヤしか履いていない4トントラックは降りれたとしても登れずに立ち往生する可能性が高い。
ちなみに僕らが持っているランクルは前後のデフを完全にロックする事が可能で、一輪だけでもタイヤがグリップすればどこまでも進んでいく事が可能だが、
普通の車は駆動輪のタイヤがどれか一つでもグリップしなくなったらその時点でタイヤが空転し、全く進めなくなる。
大型トラックなどでは駆動輪のデフをロック出来るものが多いが、それでもちょっとした路面の凸凹で身動きが取れなくなることがある。
対策としてはいくつかある。
最終的には丘にまともな道路を作れば良い。
とりあえずは親父の持つユンボを借りて丘をぐるっと周る感じで土を削り、4トントラックが走れるようにしておいてから生コンなどで舗装しても良いだろう。
ちなみに生コン車(ミキサー車)は以前、仕事で嫌と言うほど乗っていたので自分一人で全て作業可能だ。
かなりタイヘンだが。
また、生コンが完全に固まるまで丘をクルマで登り降りすることは完全に出来なくなるから、色々と計画的にしないといけない。
当面は丘をトラックが登れなくなったら、丘の頂上からランクルの強力な電動ウインチで一本釣りしてやれば良いだろう。
僕らはその点でいえば「プロ」なので問題はないだろう。
今まで何回、山の中や沢の中などでスタックした重量級の大型車をウインチやチルホールなどで引き倒したことか。
親父とかは特に自走だけに拘らない「引っ張り系」とも呼ばれていたウインチ使いの達人なので、経験値はマジでハンパない。
俺は子供の頃から助手席で親父がやることを見続けてきたが、驚くようなことをしてたもんなーと思う雅彦であった。
普通、クルマが垂直の崖を登り降りしてたら驚くわ。
そんなことを考えていたら親父の鉱山に着いたので、早速、ユンボをあちらの世界に運び込んでやる事にした。
と言ってもこちらの世界で夕方ということは、あちらではもう夜なので騒音で村に迷惑をかける訳にもいかない。
鉱山の給油所で軽油だけでも腹一杯入れておけ、ということで満タンにさせて明日の朝イチでユンボを運び込むことにした。
いきなり丘に道は作らないが、橋の周りに塹壕を掘らせたり、関所跡の周辺に塹壕を掘ったりと色々使えるので明日以降に必要に応じて着手するつもりだ。
ユンボは事務所の横に置いて事務所に入ると、親父や比呂は既に戻って来ていた。
二人とは色々話し合いをしないといけない。
明日の予定、自分のクルマの改造が終わったことの自慢話、4トントラックの納車日時、今のところ不動産になってしまっているブルドーザーの整備、金の換金がどうなったのか、比呂が今日やったという村での火炎瓶などの実演とかがどうなったのか、比呂が手配した武器などの調達状況などなど。
少し二人には遅れたが、これでやっと自分も本腰を入れてあちらの世界に肩入れすることが出来る。
ふとヴィルマやイングリットの美しい横顔を思い出して「あちらの話もカタを付けないといけないんだよなぁ、どうやって誤解を解けばいいんだ?」などと思った。
それらはなる様にしかならないわけだから、今悩んでも仕方ないな、と考えを切り替えた。
とりあえず飯でも作って食おうぜ、と二人に言ったら「あちらの世界に行って軽くバーベキューでもしようぜ」という事になった。
肉で良ければ先ほどスーパーで大人買いしてきた冷凍のカルビ牛肉がある。
先日みたいにパッパと用意して飯を食おう。
片付けが面倒な「どらごんすれいやー」は出さなくていいから(笑
自分の車に二人と食材を載せて異世界への門を潜ったらそこには満天の星空が広がっていた。
三人はそれぞれの折りたたみ式チェアを出して、ランタンを数カ所に設置し、手分けして炭の火を起こし、ご飯を炊き、食事の用意を整えた。
三人はクーラーボックスからビールを取り出し、「プロージット!」と現代のドイツではほとんど使われていないらしい乾杯をして飲み会を始めた。
秀明は以前、ドイツに行った時にたまたま知っていた「プロージット!」という乾杯時の掛け声を使ってみたら現地のドイツ人にその言葉はもう使ってないよと言われたという話をした。
その時聞いたことらしいのだが、「チアーズ」とか「サルーテ」とかの外国語とか「プロースト」を使うかな?などと言っていたらしい、今はどうか知らんが。
ホントこの人はあちこち仕事で行っているんで変な話をいろいろ知っている。
あと「ドイツ語って数の数え方がすごくヘンで、日本語や英語だと25は二十五とかTwenty Five と言うふうに十の位を先に言って一の位を言うが、ドイツ語だとFunf und zwanzig (5と20)という感じ一の位から先に言う。
しかもその単語を「Funfundzwanzig」という感じで繋げてしまうから、どこに切れ目があるかわからず物凄く苦労した。
ドイツ人ですら、なんでこんなに面倒なことになってるのかと愚痴ってたぞ」などとドイツ語あるあるのネタを披露していた。
そんなどうでもいい事をワイワイ話ながら、お互いの進捗状況の報告をしていった。
メシも食べ終わり、話もひと段落した処で親父はこう話出した。
「そういえば三人で酒をキャンプしながら飲んだのはこれが初めてだな、比呂がやっと成人したからな」
もっとも比呂も随分前から友達とかとは一緒に酒を飲むことはあったが、親父の前ではもちろんなかった。
秀明「それにしてもこちらの夜空は凄いな、こんなに大量の星空が満天に輝いているのは見たことがないわ、これだけでも金が取れるで」
確かにその通りだ。
天の川がくっきりはっきり見えるとかマジでありえんな、などと思ってよくよく星空を見てみたが、どうも見慣れた星座とかが見当たらない。
そもそも月がない。
オリオン座みたいなメジャーな星座も見当たらない。
「ホントにここは何処なんだろうな?」
三人は星空を見上げてながらそう思うのであった。
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