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ドライブデート

結局、門にはイングリットだけを残し、秀明のランクル70に4人乗り、下見という名のドライブに行くことになった。


「私も行きたかった!」というイングリットをなだめるのには少し苦労したが、雅彦が被っていた白色の帽子をくれるなら諦めると言ったので雅彦は彼女に帽子をあげた。


その帽子は中古で手に入れたもので確か500円程度のゴルファーなどが被っている物なのだが、頭の側面にダイヤルが付いていて、それをクリクリ廻すことで締め込みを調整できるものだった。


「まあ帽子で良ければ沢山持ってるし、ゴルフしないからいいか」


ということで彼女に帽子を被せてカリカリと締め込んで調整してあげた。


「オ〜!!」


と感動する彼女にそのダイヤルの使い方を簡単に説明して、雅彦たちはランクル70に乗り込んだ。


親父のランクルは雅彦のものよりは車高もタイヤサイズも控えめにしているが、ステップ類は全く付いていないので乗り慣れていない者は乗るだけでそれなりに苦労するシロモノだった。


(完全に山仕様のクルマだから女性を乗せることはおろか人を乗せることなど全く想定していない)


雅彦はリアゲートを片側だけ開けて自分が乗り込み、上からヴィルマに手を貸して彼女を引っ張りあげた。


たったそれだけのことで耳まで真っ赤になるヴィルマ。


後ろの荷台に上がった彼女はツンと横を向いてしまうのだった。


助手席側に回り込んだ秀明はエマに乗り込む方法を身振りで伝えた。


左手はロールケージを掴み、右手はシートに手を掛けて左足を大きく上げてサイドシルに足を乗せて、一気に乗り込む。


左右の手で保持しておき、飛び乗るような感じで乗り込むわけだが、エマは結構苦戦していた。


そこで荷台に転がしてあったパーツボックスを足元に起き、ステップ代わりに使ってやっと乗り込むことが出来た。


「これは助手席側だけでもサイドステップ付けねばならないかな?」などと思いながらパーツボックスを荷台に戻してクルマを出発させた。


クルマに乗ることがこれで二度目のヴィルマとは違い、これが初体験のエマは引きつったような顔になりながらも「キャアキャア!!」と悲鳴か歓声か分からない声を上げていた。


雅彦とヴィルマはロールケージを掴んで後ろの荷台に並んで立っていた。


秀明のランクル70は完全に2シーターなので後部座席は取り外されていたからだった。


正門から畑の中を抜けて右折し、道に沿って関所跡へとゆっくりクルマを進めていく。


この道は馬車なども通っていたこともある道なので道幅は三メートルほどあり、また結構しっかり造られていた。


数百メートル畑の中を進むと左に流れていた小川を超える橋が現れた。


橋の手前で降りた秀明は自分の目と足で橋の強度を確認していく。


それを見ながら雅彦は「クロカンの基本通りに下見するんやな」と思った。


四駆を使ったクロカン走行というと、勢いを付けてドカーン!、バッカーン!と派手に走るのを想像する人もいるかもしれないが、秀明などが志向しているオフ走行は、どちらかと言うと地味なものである。


地形を確認し、クルマの挙動などを予め予想しておいて、派手な挙動をなるべく控えて何ごともないのを装って最適な操作と最小限のアクセル開度でスルっと走破してやる。


後ろからついて来たクルマがそれを見て「簡単な地形なんかな?」と勘違いして油断したままでそのポイントに入ると、「アレ?」とはまり込んで動けなくなったり、ジタバタ暴れることになる。


それを見ていたオヤジなどは「あれ?おかしいな、ボクはカンタンに走破出来ましたよ?」などとそのドライバーを煽ったりするものだから、より熱くなってしまい更に酷い状態に陥ったりする。


秀明はこの手の「遊び」が非常に上手かった。


秀明の世代には多くの四駆乗りがいたが、彼はその中でもズバ抜けて「読み」が正確で、「操作」も的確だった。


彼の車は改造度としてはかなり控えめな方で、乗りこなすには途轍もない腕が必要だった。


雅彦などがオヤジの車を運転すると挙動がシビアで脚も早いし、脚の動きも小さいので「これでなんでああいう風に走れるんだろう?」と不思議になるくらいであった。


雅彦はそれこそ赤ん坊の頃からこの車の助手席に乗ってそんなオヤジを見続けていたので、「オレもこんな風になりたい」と思っていたものだった。


橋の上で歩いて下見するオヤジを見下ろしながら、雅彦は思い返すのだった。


秀明「かなり頑丈に作っているな、これなら大丈夫だろ」


運転席に戻った秀明はシートベルトを付けてゆっくりとクルマを前に進めていった。


橋を越えたところでグラッとクルマが揺れた、その弾みでヴィルマは雅彦にもたれ掛かってしまい、またしても顔を真っ赤に染めるのだった。


顔を見られたくないヴィルマは必死で顔を反対側に向けて隠そうとする。


それに気が付かない雅彦は荷台の上から周囲の様子を注意深く観察していた。


大まかな地形は比呂が予め用意していた地図で分かっていた。


橋を渡ると道は小川の横を蛇行するようになり、小川との高低差は二メートルほど高いところを通っていた。


小川の水量は季節柄もあるのだろうが水量は少なく、底をチョロチョロ流れている程度だった。


エマ曰く、春先には雪解け水で水位が一時的に上がるが通年、ほぼこれくらいの水量なのだそうだ。


秀明はちなみに雨はどのくらい降るのか聞いてみたが、聞いた感じでは日本などとは比べものにならない程、雨が少ないらしい。


もう少ししたら冬になるがそれでも雪は良くて5センチ程度しか積もらないのだそうだ。


しかし、一度降ると気温が低いので春まで溶けることはないのだとか。


これは秀明が以前、ヨーロッパに行った際に、中欧で体験した気候とそっくりだなと思った。


内陸部は海の影響が少ないので冬は想像以上に冷え込み、降水量も少ないのだが、一度降った雪は春までサラサラの状態だった。


おそらくここは海まで遠いのだろう。


以前エマと話しをしていた際も彼女は海のことを知らない様子だった。


道を進んで行くと、遂にWi-Fiの電波は届かなくなり、スマホ翻訳も出来なくなった。


これはアンテナをここまで引き延ばす必要があるかな?


さらに数百メートルの緩やかに下っていく道を進めると、道は大きくCの字に曲がり、左側は崖のように切り立ち、右は小川が流れているところへ差し掛かった。


そしてCの字の道の先は左に曲がり、そこに関所があった跡が残っていた。


そこを目にしたヴィルマの顔面は蒼白になりブルブルと小さく震えだした。


流石にその様子には気が付いた雅彦はクルマを停めるよう秀明に言い、ヴィルマの両肩に優しく手を置き、日本語だが「大丈夫か?」と声を掛けた。


ヴィルマにもその意味は伝わり、小さく二、三度頭を縦に振ってもう大丈夫というジェスチャーをする。


雅彦は知らなかったが、ここはヴィルマの元婚約者が前回の敵襲で惨殺された場所で、ヴィルマはここでフィアンセの血に塗れたまま朝まで失神していたこともあるのだ。


真っ青な顔色でランクルの荷台に座り込む彼女。


これはいかんな、ということで秀明はユックリ車を進め、このポイントを超えて関所の先に広がる広い緩斜面に出た。


秀明はここで車を停めて関所の辺りを観察し始めた。


比呂が言う通り、防衛線はここに構築するべきだな。


どんな大軍もこの狭い関所を通らねば村の方向には進めないし、関所の奥はCの字の道があるので防御側はCの文字の上の部分を塞いでしまえば、Cの文字の下に配置しておいた弓兵などから敵の前線部隊の側面を狙い撃ち出来る。


左は崖になった急斜面、右は2メートルほどしたの小川と正に迎撃にはうってつけの地形だ。


秀明「これは横矢掛り(よこやがかり)だな」


敵兵を柵やランクルなどで塞いでおいて、離れた所から真横から矢で攻撃する。


攻める側から見たら関所を過ぎたら右に道が大きくカーブしていて曲がった先は崖があるので全く見えない。


ここで蓋をされたら後続部隊は先頭は何をしているんだ?と思うだろうな、と。


後ろの部隊は先頭が戦っている様子を崖が邪魔をして見えないわけだ。


試しにその崖を這って登れるか試してみた。


数メートルは登れるが、岩がゴツゴツと露出し、足場が極めて悪い斜面なため2メートルも登ると下にずり落ちてきた。


ここなら簡単には登れないだろうな。


この崖の反対側、つまり村の側から見るとどうなんだ?ということで裏側のCの字の道の方に入ってみたら、これも似た感じの斜面でカンタンには登れそうもないのだが、こちら側には木が多く生えているので予め登っておいてロープなどを下に垂らしておけば崖の上に登れないこともなさそうだ。


戦いにおいて敵より高い地点を押さえることは極めて重要だ。


敵を観察しやすいし、上方からの攻撃は重力も手伝ってくれるので攻撃力も増すからだ。


ヴィルマの介抱をエマに任して、雅彦は秀明に合流してきた。


雅彦「想定した防御線は築けそうか?」


秀明「ああ、これならなんとかなりそうだぞ」


そう会話を交わす二人であった。




山の中腹にある村から下界へ降りてきた一行はさらにこの先の地形を見て周ります。


では次回をお楽しみに!


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