武器の調達と下見 (比呂の動き)
秀明が金の精査と換金の準備で出かけ、雅彦と比呂はそれぞれの仕事に戻った。
比呂はここで思い切った行動を取る。
それは「会社を辞める」という選択であった。
比呂にはある確信があった。
それは、この事業は必ず上手くいく、という事だった。
会社に戻った比呂はその日のうちに辞表を出して半ば強引に退社してきた。
これは母親や秀明などにもナイショで行われたのだった。
彼がここまで急いだ理由は事業が上手くいくという確信以外にも、あの村には危険がすぐそこまで迫って来ているという実感があったからだ。
村長のエマが言うことに嘘がなければもうすでに二年前にはあの村が敵国からの侵攻の最前線になっていたのだ。
女性しかいないあの村がこれまで存続出来ていたこと自体が奇跡だったとも言えるのだ。
「とりあえず一刻も早く防御体制を整えねばならない」
会社を辞めた翌日、彼は就職して2年の間で貯めた100万円を全額引き出した。
金を使うことにあまり興味が無かったことがこういうことに役立つとは思わなかった。
次にアレクシアに頼まれた「武器」の調達について検討を始めた。
まず彼が考えたのが「爆発物」の活用である。
硝石、硫黄、木炭の3つがあれば古典的な黒色火薬は製造出来る。
彼がよく読んでいる「異世界転移もの」のラノベでもよく登場する典型的な武器だが、これを導入するにはかなり難易度が高いことが分かった。
日本で硝石を得ようとするなら化学肥料で含まれる硝酸カルシウムあたりを使えばいいのだが、少量ならまだしも大量となるとこれが極端に難しくなる。
爆薬の原料となることは広く知られているので、これらを大量に調達しようとするとどうしても目立ってしまう。
また、畑もないのに大量の肥料ってのはどう見ても不自然過ぎる。
ということで火薬の調合を自分たちで行うことはひとまず却下。
彼は戦略物のゲームなどもよくやっていたこともあり、過去の戦史についても割と詳しかった。
彼がまず着目したのは近現代のテロやデモで使われる「貧者の武器」であった。
それは「火炎瓶」であった。
そこで彼は試しにガソリンの携行缶を買い、20リッターほどをガソリンスタンドで買ってきた。
次にいくつかの種類のガラス瓶を買ってきた。
中身は要らないので飲んだり捨てた。
あとはガソリンを瓶に入れて適当なサイズに切った古布を口に突っ込み、着火して鉱山の周りに可燃物とか全くない広い所で投げてみた。
これがやってみると案外難しく、まず瓶が地面に落下しても上手く割れてくれない。
割れないから上手く爆散しない。
デモやらテロなどでは地面が硬いアスファルトの上や建物に直接ぶつけて使うことがあるが、異世界で使うのであれば、柔らかい地面や草原での使用も想定しておかねばならない。
ここで詳しく書いてしまうと問題があるので詳細は述べないが、英語で火炎瓶の作り方を解説しているサイト(実際多数存在する)を参考に作ってみたら上手くいった。
普段は瓶にガソリンだけ入れておいて、使う時は回転式の蓋を開けて布を突っ込み火を着けて使用する。
投げてもちゃんと爆散するし、長い木の棒などの先にビニールテープで括り付けておいて、攻撃対象をそれで殴ると打撃力と火炎瓶の爆発力と引火でかなりの攻撃力が得られた。
ただ、やはりこれはかなり危険で使う際には細心の注意が必要なことと、訓練もしっかり行う必要があると思われた。
中距離の敵に対しての攻撃力としてはかなり優秀な武器となりましたが、これを使うのは危険物という以外にも一つ問題があった。
それは接近戦には極めて弱いという事だ。
そこで導入を考えたのが「世界の戦争の形態を変えた画期的な発明品」と呼ばれているある物だ。
それは日本でも安価で大量に入手可能な物だった。
それは「鉄条網(有刺鉄線)」だ。
有刺鉄線の発明は1800年代だったが、戦争で実際に使われたのは1880年のボーア戦争だと言われている。
日本人が初めてその有用性に気付いたのは日露戦争だと言われていて、有刺鉄線に遭遇した日本軍は苦戦したと伝えられている。
鉄条網の良いところは、先の火炎瓶との相性と良い所だ。
鉄製など不燃物の杭などに鉄条網を巻き付けておけば、そこで拘束された敵兵に対して火炎瓶を投げても鉄条網や杭が燃え尽きてしまうことはない。
また、弓矢などの攻撃も普通に通るので壁などを作るより場合によっては防御し易くなると考えられている。
現代では鉄条網を張った陣地の突破法などは研究され尽くしているし対策や道具なども整っているが、中世ヨーロッパに持ち込むのであれば、かなりの威力を発揮するだろう。
とりあえず低コストで時間稼ぎが出来ればいいのだ。
比呂は近場のホームセンターに出向き、店の軽トラを借りて安い有刺鉄線をとりあえず1km分購入して数回店と往復して鉱山の倉庫に運び込んだ。
20mで千円ちょっとで買えるのでこれで5万円消費。
鉱山に帰った比呂は事務所にある親父のパソコンで更に調べ物をした。
有刺鉄線と火炎瓶を使った効果的な防御戦術についてだ。
当初村全体を囲っている壁の上を有刺鉄線を通すことを考えていたが、これでは有刺鉄線だけでも軽く50万円分程度も必要になる上に労力も必要だったり、その割に効果が薄いことに気が付いた。
敵を村の前まで引き込んで戦うのは村に被害が出るリスクが高いので、村に敵が近付かないようにして戦う「接近阻止戦術」に切り替えて具体案を考えてみた。
丘の上から村や関所があった付近を写した画像はあったので、簡単にパソコンのお絵描きソフトで村と周辺の地形を書き込んでみた。
丘の下には壁で囲まれた村があり、その正面には農地になる比較的平坦な地形が広がっている。
丘の横には背後の山から流れている小川があり、農地の横を通って広場を横切り、蛇行しながら森の中を流れていて、小川の横の所の一段高い処を道が通ってあた。
この道は下界にそのまま通じているようだった。
小川を横切る橋が一つあり、その先をさらに進んで行くと下界に降りる道が伸びているが、関所と思われる場所は道幅が狭くなっており、左側は崖のよう切り立っていた。
つまり、下界から登ってきてこの村に入ろうとすると、その関所跡と橋の二箇所が特に狭くなり、ここが大軍の迎撃に向く天然のポイントであると思われた。
だが、小川を横切る橋は長さが5メートルほどと短く、また小川も浅いし流れもゆるいのでここは足止めするにはそれほど適して無さそうだ。
やはり、主な迎撃ポイントは関所跡だ。
早速比呂は徒歩で異世界に向かった。
彼は所有者の親父の許可を得て、事務所のガンロッカーからベネリのM3ショットガンを持ち出していた。
(彼は銃の所有許可は持っていないが、異世界は日本ではないのでセーフ)
丘から降りていると村の正門前にいる守衛のヴィルマとイングリットの二人が比呂を見つけて手を振っていた。
比呂も彼女たちに手を振りながら、畑の中を通る道を全力疾走で走り抜けていった。
彼は学生の頃から陸上競技で主に短距離走をしていたこともあり、走るフォームは素人目に見ても綺麗なものだった。
あっと言う間に畑を横切り、小川にかかる橋を渡り、蛇行する小川の横の道に入って行った。
ものの数分もしない間に関所跡までやってきた比呂は参考資料の意味もあり、周囲の地形をスマホで撮影していった。
関所を過ぎると緩斜面の広いゲレンデのような地形の場所に出た。
印象としては、初心者向けのスキーのゲレンデでよくありそうな地形であった。
ここは大軍も展開出来そうな厄介な地形だと思われた。
もし、このスキー場(仮名)から、関所跡を抜かずに村に行こうとするのであれば、大小さまざまな岩が転がる沢の中を無理矢理登るか、中央の関所跡の岩場付近のどう考えても通れない場所を大きく右に迂回して、徒歩で森林地帯を進めば村まで行けるかもしれない。
比呂は片目掛けで瞳が紅かった狩人の女の子たちのことを思い出していた。
彼女たちならおそらくその迂回路を知っているのではないか?
また村に寄ったときは彼女たちに話を聞きたいな、などと思いつつ、将来戦場になるかもしれないその場所を下見して廻った。
それにしてもこの世界は、村の辺りは山の中腹付近なので傾斜や凸凹が多い印象だったが、ここまで降りてきたら圧倒的に平らな地形でなおかつ、草原になっていて見晴らしが良い地形が地平線の先まで続いていた。
村の方向にある山には針葉樹の森林地帯が広がっているが、それ以外にはあちこちに点在している程度で、高い木はかなり少ない印象だ。
離れた地点は集落と思われる処がいくつか見えるので、おそらくはそれらの先にパイネと呼ばれていたこの付近の領主がいる大きな街などもあるのだろう。
さて、下見もある程度したし、どんな危険がある場所かも分からないので暗くなる前に帰ろう。
そう独り言を言いながら、関所跡に向けてまた走り出すのであった。
グングンとスピードを上げながら、こちらの世界の風は気持ちがいいなと感じていた。
日本と違い、空気がとてつもなく綺麗ということもあるのだろう。
最近の日本では晴れた日もなんだかボンヤリと空が霞む日が多く、冬といえども透明感のある空を見た事がない。
その原因の大半は大陸から流れてくる黄砂や公害で発生する微細な公害物質だと思われるのだが、こちらは本当に空気が澄んでいるのだ。
「これなら気持ちよく走れるな」と考える比呂であった。
三時間ほどかけてぐるっと丘まで戻ってきた比呂は、守衛の子たちにまた遠くから挨拶をして、日本側に戻っていった。
事務所に戻った比呂は親父のショットガンをガンロッカーに戻して鍵をかけてからシャワーを浴びて、今後何をするか考えてみることにした。
「やることは多いけどとりあえず疲れた…」
そのまま、事務所にあるソファで寝てしまう比呂だった。
今回はダラダラと長くなってしまいましたが、次男の比呂君のターンでしたね。
彼は彼なりのやり方で、迫りつつある戦いの準備を始めました。
次回は他の二人の動きなども追っていきたいと思います。
次回をお楽しみに!
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