日本から来た男たち
「神の国?」
うーん、これは何という愉快な勘違いなんだろう、と思いながら一瞬返答に窮する秀明。
だが、即座に「いや、違います。私たちは異世界から来た皆さんと同じ人間です」
こうスマホに打ち込み、ドイツ語に翻訳した画面をエマに見せた。
二人は広場の周囲に置かれたベンチに移動して話を続けることにした。
まず秀明は自分たちの世界の話を軽く伝えた。
日本という人口1億2千万人の国から来たこと。
その世界の文明レベルはこの世界より一千年程度進んでいて、あそこに見えるようなクルマなどもアチラの世界ではどこにでもあると。
今、使っている「スマホ」も高い工業力の産物なのだ。
しばらくスマホをしげしげと舐めるように観察していたエマ。
するとまた入力を始め、スマホの画面を秀明に見せた。
「この村の名前はスピスカ=ノヴァ、リンツ卿の領地です」
秀明「リンツ卿はどこに住んでいるのですか?」
エマ「ここから歩きで2日の距離にあるパイネという大きな街です」
ほう、これは一度話を通していた方がいいかもな、トラブルが起こる前に。
エマは続ける。
エマ「ただ最近、その街との連絡が途絶えています。以前は冬の前には必ず徴税士が訪れていたのですが今年はありません。また定期的に来る商隊もやって来ないのです」
秀明「なぜか分かりますか?」
エマ「分かりません、ただ最近になって隣国の兵士による襲撃が頻繁に起こるようになりました」
うわ、これはマズいことじゃないのか?
視線を息子達二人に送る秀明。
彼らはすっかり村人たちと溶け込んでいて(特に雅彦は)、言葉は通じないだろうに村人たちとキャンプ道具を使って見せたりして遊んでいた。
深く関わると危険なことに巻き込まれるかもしれない、実際ついさっきも自分のクルマに矢が突き刺さったばかりだし。
オレの車は元々ボコボコで矢が刺さった程度、どうということはないからまだ良かったけど、あれがもしフェラーリとかレクサスとかの高級車だったら今頃泣いてるで、と思った。
ふと隣に座るエマを見ると、不安そうな顔をして秀明の目を見ていた。
…こちらの世界の人々は本当に綺麗だ。
だが、だからと言って息子たちを危険に晒すわけにもいかない。
自分も過去に女性には泣かされたじゃないか。
それもとんでもない裏切りまでされて。
家族を守るため、あの当時も死ぬ気で働いたし、悪事に手を汚すことまでしてきた、その結果が嫁と友人の裏切りで、一時は死ぬことまで考えたじゃないか。
あの最悪なとき、長男の雅彦がいてくれなかったらもしかすると今、自分はこの世にいなかったかもしれない。
情で動くのはカンタンだが、裏切られることもある。
悩む秀明を見たエマはスマホでこう続けた。
「街との交易が途絶え、生活必需品や食糧が不足していて困っています。ですから今回の食事の提供は本当に嬉しかったです」
「見てください、あの村人たちの様子を。こんなに楽しかったことは無かったです。ありがとう」
そこへ雅彦が手にビールを持って2人のところにやってきた。
「おーい親父、飲めよ!」
彼の手には二つの缶ビールが握られていた。
ああ、とそれを受け取り、一つをエマに渡してプルタブの開け方を教えてあげた。
見たことがない鉄の容れ物に驚くと、触ってみて冷たいことにさらに驚く、タブを引くとプッシュ!と泡が吹き出すことにさらに驚く。
目まぐるしく表情を変えていくエマ。
思わず笑いが出る秀明。
そうだった、自分たちがこの世界に呼ばれたのは何故なんだろうと考えていたが、それを決めるのはオレではなく雅彦じゃないのか、と。
この世界を初めて見つけたのは雅彦だ、俺は単にオマケでしかない。
自分の鉱山からこちらの世界に繋がったことには何らかの意味があるハズなんだ、まずそれを探るのが先じゃないかと。
極力、安全を確保するのは大前提として、こちらの世界のことをもっと詳しく知る必要がある。
先程エマは村と街との交易が断たれて困っていると言っていた。
なら可能な範囲で我々がこの村に物資を提供してあげればいいじゃないか。
それでいて、我々も得るものがあればウィンウィンの関係になることが出来る。
ビジネスとして正常な関係が築ければいいんだ。
それなら永続的にこの村やこちらの世界とつながることが出来るし、どちらかがどちらかに依存するような歪な関係になることもない。
秀明は隣で冷えたビール(こちらの世界ではビアー)を一心不乱に飲むエマを見ながら、そのような思考を進めるのであった。
…………………………
一方、雅彦はランクルの荷台に置いていた大型クーラーボックスと市場で貰ってきた発砲スチロールの箱からビールを持ち出して村人たちに配ってまわっていた。
守衛の二人も彼の手伝いをしていて、クーラーボックスからビールを運ぶ手伝いをしていた。
雅彦はある程度ビールとジュースが村人に行き渡ったのを確認したら、彼女たちを集めてプルタブを実際に開けてみせた。
プシュ!プシュ!とあちこちで音が鳴り、同時に歓声も巻き起こる。
そんな中、雅彦は一気にそのビールを飲み干してみせた。
一瞬の沈黙
「ふぷしゅ!うめー!!」
そう叫び声を上げると、村人たちも一斉に飲み始めた。
中には初めて飲む強烈な炭酸と冷たさに吹き出す人もいたが、みなゴクゴクと飲んで、同じように歓声を上げた。
ワイワイ騒ぐ彼らから少し離れた所で比呂は佇んでいたが、そこに歳の頃でいうと14歳くらいのショートカットで目がくりっとした可愛い感じの女の子が声をかけてきた。
中学三年生くらいかな?という第一印象で、もしこんな子が学生の頃、同級生でいたら帰国子女ってことで相当人気者になっていただろうな、と思った。
彼女はなんだか真剣な様子で比呂に何か伝えようとしているので、比呂はスマホを取り出してその子に翻訳の仕方を教えてあげた。
「私の名前はアレクシアです」と早速翻訳してきた。
比呂も自分の名前はHIROだと伝えた。
アレクシアはまたスマホを借りて
「困っているのです、助けて下さい」と伝えてきたのだ。
その目には大粒の涙が浮かんでいた。
物語は少しずつ動いてきました。
村長のエマ
守衛の二人、ヴィルマとイングリット
紅い瞳をしたハンターの女性
そして比呂に話しかけてきたアレクシアという女の子
登場人物も増え、それぞれの人物はそれぞれの思惑でうごきはじめます
彼らや彼女たちがどう動くのか、作者である私も楽しみにしています
次回もお楽しみに!
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