第3話 お転婆娘
「相変わらずですね、アイネ様は」
基本的に誰にでも優しいリアが、彼女のことになると悪態をつくようになる。
まあ、その理由ははっきりしてる……というか俺のせいなのだが。
俺──この体の持ち主であるリュートは、大きくも小さくもない、一つの領地を治める領主の息子という立場にある。
今は親から色々と教わっている時期と言ったところか。
王都から離れる辺境の土地ではあるが、ここ一帯で育つ野菜の質はとても良い。
土地の広大さもあり、国はいくつかの領地に分けて管理している。
そして、リュートの治める領地のすぐ隣にも、繁栄した領地がある。
アイネはそこの領主の一人娘であり、親同士の仲が良い。そのため、二人は幼い頃からの馴染み──と言う設定だったはずだ。
「ほんとにな。あのお転婆娘にはいつも悩まされる」
同意するつもりでの発言だが、何故かリアがむくれている。……何かまずったか?
「……いいですよね、アイネ様は。いつもリュート様を困らせているのに、それでもこんなに心配されているんですから」
嫉妬……だろうか?
自分の書いた作品だというのに、俺はダメだな……直接こんな風に言われると、あまりの嬉しさに口元が緩んでしまう。
ほんと、我ながら最高のヒロインだよ、リアは。
「別に、俺はリアのことだって同じように」
「──リュート様! 前方に何か見えてきます!」
リアに誘導され、向けた視線の先。
離れていても目立つ真っ赤な髪を持つ少女──おそらく彼女がアイネだな。
半壊した馬車と、地面に伏している御者らしき男性……それらに対峙するようにホーンウルフの群れが見て取れる。
「──くそ、まだ距離があるな……なんとか堪えてくれ!」
街道から少し外れた草原を二頭の馬で駆け抜けながら、アイネたちの様子を窺う。
近づくにつれて、現場の様子が鮮明になっていくが、どうやらすぐにどうなると言うことはなさそうだ。
四頭ほどのホーンウルフの群れ、その内の二頭は、数羽の少し大きめな鳥に撹乱されている。攻撃の届くか届かないかと言う距離を上手く維持しているな。
もう一頭は小柄な猫と睨み合い、お互いに相手の動きを見張っているように見える。
そして最後の一頭──他と比べて少し体躯の大きいこいつに関しては、アイネに向かって徐々に歩み寄っている。
彼女の方も応戦しようと、その華奢な体躯では扱いに困りそうな、巨大な弓の弦を引き、目の前でツノを向ける狼に矢尻を向けているな。
遠くから見る分には動きがないのが救いだ……。
「くっそ──もう少し待てよな!」
しかし、アイネに向かうホーンウルフが、彼女の矢に臆することなく飛び込んでいく!
アイネは焦って矢から手を離して、狙いが外れてしまった……仕方ない!
俺は腰に佩いていた剣を引き抜き、腰から鞘を取り上げる、
「屈め! アイネ!」
彼女の動きを見てからでは遅い。聞こえたかは知らないが、取り上げた鞘を思い切りアイネの頭の位置に目掛けて投げつける!
少し遅れて俺に気づいた彼女がしゃがんでくれ、彼女に飛びかかったホーンウルフの頭部に、投げつけた鞘が命中した……!
「よし! リア、アイネの方を頼む! ──俺は他のを片付ける!」
「──了解しました! リュート様、お気をつけて!」
「ああ──リアも油断するなよ!」
馬が馬車まで到着したタイミングで俺たちは飛び降り、そのまま二手に別れていく。
先ほど飛ばした少し大きめのホーンウルフに向けて、リアが先行して駆けていった。
俺も先ほど引き抜いた直剣を震える手で強く握り、鳥たちとじゃれている二頭へと向かう。
「俺、ちゃんと戦えるよな……?」
剣どころか、包丁だってあまり握ったことのない俺だが、この体はあくまでリュートのもの……彼は剣の腕も優れているんだ。きっと何とかしてくれる!
鳥たちと戯れる二頭の狼がこちらに視線を直し、威嚇するように唸る。──さすがに少し怖い……頼むぞ? リュート。
俺と二頭の距離が後わずかになったところで、一頭が勢いよく飛びかかってきた!
「くそ──馬鹿にするなよ!」
いくら素人とはいえ、真正面から突撃してくるなんて愚の骨頂だろう!
しかし振り方も分からない剣を構えると、唐突に自分の体の自由が効かなくなった……?
ホーンウルフの牙が目前まで迫り、どう考えても恐怖心に支配されるべき状況だと言うのに──俺の心は全く動揺すらしていない。
目の前に見えたホーンウルフは視界から消え、剣を握る右手にわずかな衝撃が走る。
何が起こったのか分からなかった。しかし考える暇もなく、もう一頭がその巨大なツノを向けて突進してくる──が、俺の右手は縦に刃を振り下ろし、目の前の狼を両断していた。
「……なんだ、これ?」
全ての動きに、俺の意思が介入していない。
しかし、目の前の光景を創り出したのは間違いなく俺で──。
「リュート様! 危ない!」
リアの声? 咄嗟に視線を向けると、目前まで迫ったホーンウルフの姿が──
「くっ、間に合わな──」
俺が油断を漏らし切る前に、ホーンウルフの頭蓋を横から一本の矢が穿ち、その体は視界の外へと運ばれていった。
「人を助けにきて、自分が危なくなるなんて──本当に私の旦那様は、カッコいいのか情けないのか分かりませんわね。……愛おしい限りですわ!」
可愛らしい声で、どこか毒のあるセリフが聞こえてきた。