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第43話 届かぬ手


 砦跡に着いたルナとガスパルの二人は一心不乱に崩れた外壁から砦本体を覗き込む。雲に隠れがちな月明かりしかない暗い中、崩れた本体の周囲を包むように生えた雑草の下から、小さな灯りが漏れているのを発見した。


「ルナ、見ろ。あそこじゃ」

「えっ、あっ。灯り?」

「そうじゃ、間違いない。この砦跡には誰かが居る」即座にルナはインフィニティへ通心した。

 ……あそこ見える? 何があるの?

 ……駄目だルナ。ここに近づけば近づくほど分からなくなる。

 ……そんな、こんなに来たのに。

 ……きっとこの結界のせいだよ。まるで拒んでるみたいだ。

「ガスパル見に行こう。インフィニティもやっぱり駄目。行くしかないよね?」

「危険じゃが、少しでも情報は欲しいの。焦るなよ」

「判ってる。今は冷静にだよね」


 二人はそっと外壁を乗り越えると、背丈の高い雑草をかき分けて進んだ。雑草やとげのある蔦がルナの剥き出しの足を手を傷つけていたが気にしてはいられない。砦の側まで近づくと雑草は大分楽にはなったが、逆に緊張は増して五感も敏感となって行った。

「止まれ。なんだこの臭いは……」

「うっ、臭い!」

 立ち止まったルナとガスパルは、より周囲を見渡すと雲に隠れていた月が顔をだして、進む先をほんのりと照らしてくれたが、二人はその光景に唖然とする。

 なぜなら地面に掘られた穴の底に、ほぼ白骨化した多くの骸を見つけたからだ。とこどころ布切れも見えるが、骨は地の底に散在して人の形はもう保っていない。


「うっ……うっ!」ルナは腹からこみ上げる酸っぱい胃液を、手で口をそして胃を押えて嘔吐しないようにと必死だったが、ガスパルは久しぶりに見るその様に心で合掌していた。

 ……なんて酷い事をするんじゃ。こんなのを見るのも戦以来か。ここにはあの時と同じ狂気がある。ルナにこれはきつかろうな。


 ガスパルはそんなルナの様子を見つめると「さあ、行くぞ」と言わんばかりに腕を引いて進み始める。足音を立てないようにと二人は再び訪れた暗闇の中をゆっくり進んだ。次第に地面に這いつくばるかのように進み、あと灯りのある場所まで1ヤートの地点まで来た。草をかき分ける手はもう泥だらけになった。

 そうしてそっと、二人は雑草の根元を覗き込んだ。砦本体の地面のきわに手の平ほどの狭い空間が見え、そこから漏れる灯りだとはっきりわかる。ガスパルは、手に付いた泥を自分の顔に塗りつけて、そこへ顔を近づけた。


 ガスパルも老眼になり若い頃に比べて見にくくなっていたが、時間をかけ目を細めて必死に覗いている。後ろのルナは、もうその姿にやきもきして我慢が出来ない様子だった。


 ……はっきりとはせんが、蝋燭の灯りが漏れていたか。扉以外は石壁か、ならこのすき間は地下牢の明り取りの窓か? ん? 子供か? 寝そべっておるのか。いや、もう一人……これは!


 地下牢の様子を確認した後に、ガスパルは自分の顔をルナへ向けると、自分の唇に指を一本あてて首を縦に数度上下させ、その手を伸ばすとルナの唇へも指さした。


 ……喋るなってことね、ガスパル判ったよ。


 ルナは、ハンドアクションを理解して、同じように自分の唇に指を一本あてて首を縦に振った。それを確認したガスパルは次にここを覗けと石壁にある明り取りを指さし、ゆっくりと自分の体を半身程横転しルナが覗けるようにと空間を開けてやった。ルナもガスパルに促がされるままに静かに寝そべると中を覗き込む。


 ――あっ、臭い……暗い部屋に……人がいる。倒れてる人ともう一人座ってる。……! あの服は! パルネ! パルネだ! 生きてる!


 ルナは飛び上がらんばかりに驚くと、もうよく判らない感情に包まれた。喜びや悲しみなどの喜怒哀楽が一気に押し寄せる。胸が痛み、首筋から頭へ血が立ち上るのがわかる。目の前のパルネの様子に涙がこぼれ、唇を噛み両手で地面を強く握りしめていた。ガスパルにしゃべるなと促されたが、もう、我慢できない! そこにパルネがいる! そんな瞬間だった。


 ……駄目だ! ルナ! 名を呼ぶな!

 ――ハッ! 

 ……そ、そうだ……そうだった……ね。


 インフィニティからの忠告に、パルネへ声を掛けようとした愚かな自分の気持ちに気づかされてしまった。一度、目を閉じて下を向き、さらに強く唇を噛みしめると口の中に血の味がする。……でも、伝えたい、この気持ち……。ルナはそう思うと反射的に、地面を掴んでいた手をゆっくりと、明り取りの窓に向けていた。


 カチッ……チッ、チッ  牢屋の石床に小石が落ちる音。


 牢内でぼんやりと目を閉じていたパルネは、その音に目を開けて石床を眺めると、上から小石が落ちてきたせいかと気づいて明り取りへ目を向けてみると、蝋燭の灯りに一瞬だけ小さな手のようなものが浮かんで見えた。


 ……今のはなんだろう、手に見えたけど。

 パルネはそう思ったが、幻でも見たのかと再び目を閉じていた。


 ガスパルは手を差し入れてしまったルナの背中をあわてて掴んで引き起した。もちろん、ルナが何を思っているのかは既に察していたが、自分の目で既にパルネの安否を確認したからには、救出のために冷静に敵の姿を確認する番だと心に決めている。今は、気づかれない事が最優先だとルナへ合図を送り、その涙を流している頬を優しくなでたが、そんな考えが及ばないルナは、パルネを助けるためには実力行使に出るまでだと短慮な行為を思いつく。


 ……地面に穴を開ければ……きっと石壁ぐらいできる、インフィニティ手伝って!

 ……やってみるのかい?

 ……何言ってるの!? そこにパルネが居るの! さあ、早く!


 ルナは地面から起き上がり、しゃがみ込んで両手を下へ突き出し、結界を崩壊させた様にその力を示そうとした。が、何も起きない! 何度か集中したが結果は変わらなかった。驚いたルナは、インフィニティに問いかけた。


 ……どうして、なぜ何も起きないの?

 ……残念だけど、原初の素粒子(インフィット)が結界に遮られて集まらない。

 ……そんな馬鹿なこと……本当なの……。

 ……本当だとも、一体コイツは何なんだ。


 そんな様子をガスパルは横目で見ながら思っている。肉眼でパルネを見つけたら、成長してきたルナであっても我慢できずにこんな行動をするかもしれないと明り取りへ促した時に考えたていた。無理もない事だと黙っていたし、もし壁が消えれば、即座に飛び込むまでだと決めてもいた。――がっかりしているルナへ再度、静かにしていろと目線とハンドアクションを送る。


 そんなガスパルの心を知ってか知らずか、ルナのパルネを思う気持ちは益々つのる。歯がゆいとはこういう事を指すのだろう。頭に再び血が上り始めてしまい、もう我慢できないとルナはイライラもし始めている。流石のルナもガスパルにそこまでされれば、言いたいことは分かるし十分理解は出来る。しかし、パルネへの想いはやはり抑えられない。


 ――駄目だ、爺様の言いたい事は分かるけど我慢できないよ!


 ガスパルの背中を軽く叩いて合図をした。

 ガスパルが振り返った。

 にっこりと微笑み返して、後ろへ下がる仕草をした。

 ガスパルがは頷き、また明り取りへ視線を戻した。

 そうしてゆっくり後方へ下がった。


 ――ごめんガスパル、私はパルネの側に行かないといけないから。


 幸いガスパルが明り取りに集中している今なら離れても判らないはずだと、そっとルナは移動を始めていた。自分で冷静を装いながらも本心は思い人にとらわれ、いつまでも自分の感情を抑えられないとルナは自覚している。


 ……いいのかいルナ? あんまり関心しないよ。

 ……あのままだと、きっとパルネと叫んじゃう。……それよりはきっといい。


 こうした考えから、ガスパルから黙って離れて、一人で砦の周囲を巡り始めていたルナだった。暗闇で夜目は効きにくいが、もう一つの目として、インフィニティとの力があるからきっと大丈夫だと考えていたが、結界の影響でよく見渡せない事をあまりルナは深くは理解をしていなかったようだ。


 砦跡の壁沿いを手で伝いながら入り口でもないものかと、ゆっくりと進んでいたが雑草が切れて見通しの良い場所まで来てしまい、一瞬どうしようかと躊躇したが、インフィニティからの情報に集中するために目を閉じて一歩踏み出した時だった。


「あれっ?」


 踏み出した足の裏に地面の感覚がない。おかしいなと思う間もなくルナの体は傾き、地面に膝や腹や頭をしこたま打ちつけると、そのまま地面に開いていた穴に転落してしまったのだ。

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