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第24話 懺悔

「はーい、いらっしゃい」

 ルナ達の一行が戸を開けると、元気な女中さんの声が飛び込んで来た。ここはバレンティアの市場に近い酒場の『ノンベ』


 昼は食事、夜は酒が主体の大衆酒場で、市場に近いため仕事が終わった人々で賑わっている。


「こっちなら、開いてるよ。隅で悪いけど。あれ、旅の人かい見かけない顔だね」

 そう言いながらも気さくに女中さんが接客をしてくれた。


「ふう、どっこいしょ」とガスパルが言ってカウンターの一角に座わり、ルナとアレクも脇に座った。


「はい、お水。で、何にするんだい?」とふくよかな女中さんが笑顔で声をかけた。


 ガスパルは、水が先に出てくるとは、なかなか気の利いた店だと思った。生水は腹を下し易いので一度沸かして飲むのがこの世界では常識。そのため手が掛かるから店で水も、タダでは出ず、ビールや他の酒の注文を取るのが普通だからだ。


「じゃあ、ビール一つと3人分旨い物を出してくれ」


「今日は良いのが入ってるから待ってなよ。マスター!今日のお薦め三つだよ」とカウンター越しに厨房へ声をかける。


 店内は、賑やかな声が溢れていて、いい店なんだなと再びガスパルは思う。それに比べて脇を見ると押し黙った二人が居た。ルナは先ほどのインフィニティとの会話から、酷く落ち込んでおり今にも死にそうな顔をしているし、アレクもそんな様子のルナにどう声を掛ければ良いか解らずやっぱり押し黙っていた。


 ……ふう仕方ないの、まあ飯が食えればいくらか元気も出よう。

 実際、ガスパルも二人の事は持て余し気味だった。


 そんな時だった。一人の女性が酒場の戸を開けた。


「あっ、ママお帰り~」と女中らが迎えると、その女性は他の客とも少し談笑を始めたりしている。この女性はこの店の女主人だ。


 女主人は、店内の他の客とも一言二言話しながら歩み、客全員と挨拶や会話を交わしていた。じきにカウンター席に近づき、ルナ達にも話しかけようとした。


「おや、あんた達はさっきの」

「先ほどのご婦人か。大変世話になったな」


 女主人の声かけにガスパルが答えた。そうこの女性は、スラム街で男の子を引き取ってくれた人だった。名前はイサベラ。イサベラ・オクタティウスと言う。年齢は40歳後半で、バレンティアの街ではなかなかの有名人だ。やや細身だが、肌は整っており年齢より若く見える。

 彼女は酒場の経営以外に普通の宿屋や娼婦宿も手掛け、この町で顔が広かった。しかし、商売熱心なだけではなく先ほどのように手が空くとスラム街に出かけて困窮する者へ施しも行っていた。人にその事を褒められると『なに、これは偽善行為さ』と答える女傑であった。


「ひょんな所で会うね、食事かい?」

「ああ、そうだ。なかなかいい店だなママさん」


「やめとくれよ、褒めても代金はまけないからね。ふふふ」

「こりゃお見通しか。ハハハ」


 こんな気さくなやり取りが出来る所が、彼女の人気の秘訣なんだろう。

 ガスパルと社交辞令を交わしていたが、その目線がルナに向いた。


「なんだいなんだい、この子さっきのままで、埃だらけじゃないかい」


「なにぶん男手しかなくてな。掃うだけで精いっぱいでな」


 ガスパルはバツが悪く、イサベラは全くこれだから男はと思った。


「まったく、仕方がないね。ほらこっちへおいで、拭いてあげよう」

 イサベラは、そうルナに声をかける。


 少しガスパルは躊躇したが、心に感ずるものがあり彼女に耳打ちをした。


(ママさん、実はこの子は女でな……)

(わかってるよ、さっき見たからね。なんか訳ありなんだろ)


(すまんが、その通りだ)

(いいさ、私もこの子を見た時に凄く気になってね)


 タヌキとキツネの化かし合いではないが、二人は腹を探りつつヒソヒソと会話を続け、二人とも心の中ではお互いに信用に足る人物だと理解していた。


「すまんなママさん、頼んでもいいか」

「ああ、まかせな。()()()()()()


 そう話すと、イサベラはルナの手を引いて店の裏へ向かった。その間、呆然自失だったルナはイサベラに成されるがままだ。


「ガスパルさん、ルナは大丈夫ですか」

「ああ、あのひとなら任せて大丈夫じゃ」


 イサベラは店の裏に回ると、ルナを自分の部屋に連れて行き、厨房から湯を取り寄せた。女中が持ってきた桶からは温かい湯けむりが立ち、その湯桶に布を沈めて絞りルナに声をかけた。


「さあ、これで顔を拭きな、お嬢ちゃん」

「…………」

「遠慮は要らないからね。さあ、お拭き」

「うっ……うっ」

「なんだいなんだい、泣かなくてもいいんだよ」


 イサベラはそう言うと、ルナのフード付きのケープを脱がせて、そっと髪にふれながら顔や髪を拭き始めた。


「なんか、辛いことが有ったのかい?」

「うっ……うっ」

「ああ、悪かった。つい気になってねえ。私の悪い癖さ」


 布を絞りなおすと次はシャツを脱がせ、首元から胸や背を拭いていった。

 この時イサベラは、ルナの胸にある『∞』の印に気づいていたが、終始無言で拭き続ける。


「……なんで、……こんなこと」

「ん~、なんでだろうね」


「私……汚い……し、悪い事……したし……」

「なに気にしてんのさ。あんたは子供、私は大人だろ」


「私、……酷い事した。……とんでもない事した」

「そうかい、大変だったねえ」


「男の子死なせた……怖い奴をころし……」

「その辺でお止め。あんたの名前はなんだい」


「……ルナ」

「そう、いい名だね。何があったかは知らないがね。ルナは良い事をした」


「…………」

「ルナは奴隷のやせ細ったあの子をず~と抱きしめていた。きっと大切にしたかったんだろ、大事に思っていたんだろ」


「そ、そんな事……ない」

「私には分かるのさ。ルナはあの時あの子を守ったんだ。きっと火の粉を振り払ったんだろ。違うかい?」


「……聞いてくれますか」

「ああ、話したいならそうしな」


 ルナは一気にしゃべり始めた。自分の苦しい気持ちを、それは懺悔であった。


「私は、男を死なせたました」

「私は、あの男の子を守りたかったが死んでしまいました」

「私は、神に仕える者ですが罪を犯し神に背く行為をしました」

「ううう……」


 イサベラは黙ってルナの懺悔を聞きこう答えた。


「ルナ、いいかい。あんたがやったことが罪だって? ふざけんじゃないよ! あんたは神様かい。――違うだろう。誰かを救おうとか、誰かを憎もうとか、自分を蔑んだりとか、悩んだりとかは、人なら当り前の事さね。人として当たり前の事をしただけじゃないか。詳しくは私も判らないが、一つだけ言えるね。あんたはあの男の子を救ったんだよ。あの子は衰弱して亡くなった。それにルナはあの子を檻から助け出したろう、そして抱きしめただろう。最後に愛してあげたんじゃないか」


 このイサベラの説教で、ルナは自分で背負い込んでいた何かが軽くなった。


 この数日で起きたことは、虐待、誘拐、優しさ、愛情、奇跡、生と死、神と悪魔の行為、と凄まじいものに巻き込まれ、それを修道女の生き方に照らし合わせた彼女への重し、人生経験を積んでいない為、そのプレッシャーはとんでもないものだ。


 イサベラが、最後に言ってくれた一言。あんたは愛せたの一言がルナの壊れかけた心をかろうじて救った。


「くうっ、……ありがとうございます」ルナは、心から感謝しイサベラに跪いた。


「なに馬鹿な事しないでおくれ。――もう一つだけ、人間なら喜怒哀楽があって当然さ。人は、どっちにでもなれるのさ。神にも悪魔にもね。大事なのはルナがどうありたいのかって事だよ。そしていつか選ぶ時が来てまた悩むのさ」


 そこまでイサベラは話すと、待ってなとルナに声をかけて、湯の交換へと部屋を後にした。


 ふう~。あの子は何者なんだろうね。スラムの出来事や胸の印の事。普通じゃないよね。連れの爺さんもありゃ只者じゃないし。普通なら厄介ごとになりそうな気もするが、なぜかほっておけないんだよね、あの娘の事が……シスターか。


 イサベラがスラム街の崩壊現場で、ルナを見かけた際の観察眼は驚くべきものだ。たったあれだけでルナを諭す事が出来る情報を手にしていたのだから。


 また、この二人の出会いが、これからのルナの運命に大きく関わる事になろうとは、この時イサベラは考えていなかったが、ルナを救った事も間違いない事実だった。

 毎日更新の予定です。

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