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第1話 修道女



 ある異世界の青い星にペルテオ王国と言う国があった。その国のトレインの街はずれにモンテ女子修道院がある。聖オリエント教会が運営し、グレゴール司祭を代表として「清貧・貞潔・服従」の誓いを立てた20人ほどの修道女らが生活している。


 神の教えを司る教団は次第と信者を集め肥大し、領主らからも租税を求めることができるほど絶大な権力を得ている。教団は、神の教えを説き、施しや医療なども提供していた。聖騎士隊の直轄軍も持ち、国でも迂闊には口をはさめない存在となっていた。


 修道院の日々の活動は、夜明け前から祈りが始まり、教会でのミサや奉仕活動のほか畑仕事や家事も行う。夕食の後、修道女達は明日の準備を終えて床につく。一日の務めの終わりと同時に、ほっとする時間が訪れるのである。


 修道女の一人にルナという娘がいた。年齢は16歳。小柄だが青い瞳がはっきりとして白のウィンプルに黒のスカプラリオをまとい、ウィンプルからはブロンドの髪が見え隠れしている。2年前に修道女見習いとなり、先月シスターになったばかりだった。


「シスター・ルナ」


「はっはい、シスター・エネオノラ様」


 修道院長のエネオノラが声をかけた。年齢は30代で左手の薬指には神との結婚を示す指輪、白のウィンプルと紅のスカプラリオを身に着け、鼻元には小眼鏡をかけ、レンズの下には細い目元がひかる。神への信仰のもと修道女たちの教育や指導、時には体罰もあり怖い存在でもあった。


「近頃、祈りや奉仕生活に心あらずではありませんか」


「いえ、そんなことはありません。やっと、シスターになれて、私は聖母様に誓いをささげております」


「じゃあ、これはなに」


 修道院長は袂から何やら取り出した。


 ――ゲッ、私のクッキーじゃない……。


「あなたの枕の下に置いてあったわ。これは……どういうこと」


「いや~、どっどうしたんでしょうね。なにかの間違いでは……ハハハッ」


「シスター・ルナ! これは施しで配るため作ったもの。なぜ、あなたが持っているの!」


 ――ううっ、まずいまずい、このままできっと……。


「ちがいます! 隠してなんかいません」


「いい加減になさい! 敬虔な修道女にあるまじき行為です! 言い訳は聞きませんよ。あなた就寝してからこっそり食べるつもりで隠していたんでしょう」


「いや~きっと、ええっと……もしかして……聖母様からの贈り物かも……」


「――ほお、慎み深き神に仕える子が、隠し事や嘘をつくとは……わかっていますね……」


 修道院長の剣幕を浴びて、急ぎひざまずき胸元に手を組むルナ。


「ごっごめんなさい、シスター・エネオノラ様。二度としないと誓います。どっどうかお許しを……」


 口元をゆがめ目を吊り上げてルナに詰め寄る修道院長。


「神の子でも謝罪だけすれば許されるというものではありませんよ……ルナ……」


 ――ヒッ、ひゃ~~ やっぱ無理~~!



 その後、修道院長に引きずられ指導部屋で長々な説教と尻たたきのお仕置きを受けたルナであった。



◇◆◇◆



「あ~ん、痛いよ。お尻が腫れてる」


「あなたもバカよね。早く食べればよかったのに。ではでは、その可哀想なお尻を……ふふっ、()でてあげる~」


「やあだ~、へんなとこさわらないで~」


「いいじゃない、可愛いなあルナは。ほら、ぎゅう〜だ」


 同室の修道女パルネがルナのベッドに押しかけ、笑顔で抱きしめてからかっている。ルナより頭一つ背が高く、一つ年上の17歳で緑色の瞳にダークブロンドの長い髪を持ち、とても女性らしい体つきの彼女をルナは大切な存在として慕っている。


 ランプ一つの手狭な部屋で、紐で縛る綿の下着と薄い麻のガウン姿の二人は、一つのベッドで肩を寄せ合い談笑を続けた。


「パルネ、いつも慰めてくれてありがとう。でも、夜にはお腹が空くんだもん。はあ、失敗失敗と」


「それで、説教以外は大丈夫だったの?」


「それがね、来週のバレンティアでのミサを手伝いに行くように言われたの」


「え~、いいじゃない。旅なんてなかなかできないよ」


「よく言うわよ。旅に出れば一週間は歩きづめで埃だらけ。雨でも降ればぐしょぐしょで寒いし、村がなければ宿なんてない。野営は虫がいっぱいだし、盗賊やケモノだって出るかもしれない……」


「確かにそうかもね。修道院の外の暮らしは大変よね、私たちは良いほうだものね」


 修道女になれたルナやパルネの暮らしは、この世界では恵まれたものだった。この世界の文化レベルは低く人々の暮らしは一部を除き辛い営みだ。旅だけをみても徒歩が普通で、馬車などは貴族や名士な商人らしか、持つことは難しかった。


 ルナも貧困の村娘だったが、母から文字を習い読み書きができた為、通りかかった修道院のシスターに運よく拾われている。そんなことを思い出しながらふと思う。


 そうよね、私も助けられた。今あるのは神の御導き……。


「どうしたの? 顔がこわばってるわよ」


「ううん、パルネなんでもないよ」


 藁や綿を袋に詰め敷しいたベッドから立ち上がりルナは、部屋の小さな木窓を開けて夜空を見上げた。空には満天の星と月明りが、暗い夜空をほのかに照らしている。


 お母さん……どうしてるかな……。


「あっ、流れ星……えっ、いっぱい……きれい……」


「ほんとほんと? 私も見る見る!」


 ルナとパルネは二人で夜空を見上げた。

 多数の流れ星は、不規則に夜空で線をなし一瞬光り、弾けて消える――流星雨。


「ルナすごいすごい。きっと旅に良いことあるよ。わ~!」


「そうね、うん、きっときっと!」


 天空の不思議なショーに酔いしれて、夜空を眺めてはしゃぐ二人だったが……。




「――いつまで起きているの、さっきからずっと私に尻を向けるとは、いい度胸ね……」


 その声に無邪気に喜ぶ二人がふと我に帰り、振り返るとそこにはエネオノラ修道院長が目を吊り上げて入口に立っていた。その顔はロウソクの光で照らされて魔女のようである。


 ヒッ、ひゃ~~!


「「ごめんなさい、ごめんなさい」」


「「尻たたきはイヤ~!」」


 二人の慟哭が宵闇に吸い込まれていった。



――流星雨。ある者は天からの吉兆だと喜び、またある者は天からの不吉なお告げとして畏怖をする。


 夜空の祭典が、一人の新米シスター・ルナの運命的な出会いを予言し、この世界の闇に挑む波乱万丈の旅の始まりを告げていたとは、この時のルナにとって、知る由もない事だった。


             

注)ウィンプル:聖職者が髪を隠すために使われた頭巾状のもの。

注)スカプラリオ:現在でもカトリック教などの聖職者がまとう衣装。


簡単だけど、舞台説明を差し上げました。修道女として生活する二人。そんな彼女らに危機が迫ります。


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