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第9話 涙

「えっ、死んでないの……生きてるの……?」


 ……まって、まって、え~と、うんうんうん? ……あれ?


 ルナは自分の状況がつかめていない。ふと視線を遠くに向けると近くに水煙を上げて裂けた大木が見える。


 ……そう、そうよ、賊に捕まって、引っ張られて、ケガして、痛くて。


 ……そう、雷が落ちて逃げた……温かい光の夢……あれは、何だったの。


 ルナはしゃがみこんだまま自分の首を探り足元を見つめた。


「傷がない、足も膝もあんなに怪我だらけだったのにどうして?」


 自分の様子を不思議に思い、さらに体を確認する。


「ひゃあ~! すっぽんぽん!」


 大声を上げるルナ。着ていた衣服はすっかり消え失せていて、無駄がなく誇れるいつもの小ぶりなオッパイがドヤッとばかりに視線に飛び込んできた。


 ……げっげっげっ! わたし裸んぼじゃない! あっ、でもこれは!?


 乳房の間に、なにやら痕がある。それは「∞」のように見え、これまでに目にしたことのない形状で印のようだった。


「なあに……これ……」


 その印にそっと手で触れてみると、なにかが伝わってきた。ついさっき起きていた夢の中で出会った不思議な誰かとの会話が思い出せてきた。


 ……ああっ、そうだった……救ってくれたんだ。


 ルナは身に起きた人知を超える恵みに感謝し、ひざまずき目を閉じて胸に手を組む。


「奇跡を……ありがとうございます。神様」


「迷える子羊をお救い頂き、私はこのご恩を一生忘れる事はございません」


 ルナは神への感謝を告げ顔を空に向けた。


「へっぷしっ!」


「そうだ私、裸だった。恥ずかしい。周りに誰もいないよね……」


 クシャミで我に返り顔が赤くなる。手で無駄のない胸と股間を隠し周囲をくまなく見渡すルナ。


「これは……」


 目に留まったのは、焼け焦げたスカラプリオだった。唐突に思い出すルナ。


 ……そうだよ、パルネにガスパルさん。大丈夫かな探さなきゃ! でもどこに。どこに行ったのパルネ、ガスパルさんの怪我は大丈夫かな。


 現実に戻り途方に暮れたがルナは思案する。自分の現状と行く先不明のパルネと野営地で怪我をしたガスパル。もし、パルネを探し当てても側にはきっと奴らがいる。


 ……そう、私一人じゃかなうわけないよ。やっぱり、戻ろう。一度ガスパルさんの元へ。戻ろう林の中へ。


 ルナは、焼け落ちたスカラプリオを拾い林の中へ駆け出した。恥ずかしさも薄れて駆け出した。今私の出来ることをする為に。


「きゃあ! うっ、痛いなあ……もう」


 林の中の歩みは思いとは裏腹に自然は厳しかった。足裏に太ももに避けても避けても草木が絡みつき傷をつける。丘陵とは違い林の中は薄暗く、もともと野営地の方向などよくわからず入り込んだルナを迷わせた。行けども行けども木々が立ちふさがり、すぐに迷ってしまった。


 ……どうしよう迷ちゃった。どっちに行けばいいの……やっぱり私なんかじゃ無理かな、いや……ダメ……やらなきゃダメ、パルネとガスパルさんがきっと待ってる。


 くじけそうになりながらも、歩みは止めない。神様にもらった命を今使わなくてどうするのとルナは頑張った。しかし、半時ほどさ迷ったが、まだ野営地の影も形も見つけられなかった。


「はあ……はあ……」


 すでに下半身は多くの切り傷を負っていた。


「やっぱり、できないのかな……神様……」


 暗い林の中で、自らも迷子となり途方に暮れた。自分が情けなくなり、悔しくなり、傷心し始めたルナ。


 その時、林の奥から光が瞬いた。


 それは小さくほのかに林の中を照らしている。無意識に光に向かうとそれは移動を始める。不思議な光景だが、ルナは戸惑わない。何かに促される確信があった。小走りに駆け出し、足の痛みなど忘れていた。


 ……待って、行かないでよ!


 夢中になって光を追い、四半時ほどたった頃に光が止まりゆっくりと消えていった。息を切らしながらそこへルナが駆け寄る。そこは、野営地だった。見渡すとガスパルと知らない男が倒れていた。


「ガスパル!?」


 側に着くとよく分かった。ガスパルは仰向けになり、腹部へは二本の矢が刺さり、傷口から血が漏れている。


「ガスパル! ガスパル! 起きて! 起きてよ!」


 ルナは、ガスパルに覆いかぶさるように駆け寄りその腕をとり脈をとる。修道院でならった医療技術だった。矢で傷ついてから二時は過ぎており、出血がはげしく憔悴しきってガスパルは気を失っている。老いても体を鍛えた冒険者の体力がギリギリの所でその命を保っていた。


「弱いけどまだ脈ある。まだ生きてる。助けなきゃ……ああでもどうすれば……」


 矢の刺さった場所を両手で押さえ、ルナは願う。医術を知らない今の彼女にはそれしかできなかった


「死なないで! お願い! 血よとまれ止まれ! 神様お願い!」


 必死な願いと祈りが交る言葉を口にしたルナへ聞き覚えのある声が木霊する。



 ルナは……そのひとに……あげたいの……。



 この頭に響く声に、我に返るルナ。覚えのあるあの声、神様の声……。


「お願いします! 神様! ガスパルを死なさないで!」


 ルナは、心から声に訴えかけた。


 ……おっかない爺様で無口だけど、優しい人。私達を救う為に傷ついたこの人をお助けください!。


 ……かみ……わからないけど……ルナの思い……わかる……ルナのだいじなひと……。


 その瞬間、ガスパルの腹に当てたルナの手を中心として、周囲から「原初の素粒子(インフィット)」が収束しだした。ルナの胸元も光っている。ガスパルの腹部を覆ったそれは、再び光球となり輝きだし、ワンキュピック程となった光球がルナを含む周囲を煌めかせた。


 ルナもその光球に体の一部が包まれているが、恐怖などなく心地よく思う。


 ……これ……あの時の光……優しい光……魔法? ……いや奇跡の光だ……。


 そして『ブンッ!』と音が周囲の空気を震わせてその光球は消えた。


 あっけにとられたルナがガスパルの隣にそのまま座っている。手を見るとガスパルに刺さっていた矢が消え失せていた。


「そうだ、ガスパル! 起きてガスパルさん!」


 不思議な現象を目の前にしたルナは、我に返るとガスパルの体を揺すりながら名を呼ぶ。


 「ううっ!」と口からガスパルは声を漏らしてゆっくりと目を開けると、そこには半泣きでのぞき込むルナがいた。


「じょ、嬢ちゃん……」


「うわ~ガスパル~! よかった~生きてる~! あ~あ~!」


 ガスパルの息を吹き返した姿に安堵したルナは、半泣きから大粒の涙をこぼして泣きじゃくった。命ある嬉しさに涙する純粋なルナの姿がそこにあった。


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