侯爵令嬢はものぐさ王子に断罪される
「カテリーナ・エスタディオ侯爵令嬢! この場であなたを断罪させていただく!」
学園主催の年度末パーティーの中、高らかな声が響き渡った。
ここはイスカディ王国王立学園、貴族たちが王国を支え領地を守るために様々な事を学ぶ場である。
あまり相応しいとは言えない叫び声だ。
「あの、なんのお話でしょうか?」
突如名指しで糾弾された私は状況を整理するために訊ねた。
声を上げたのはエリオット・ジョズ様、代々上級騎士としてイスカディ王国に仕える伯爵家の次男だ。
その隣には怯える令嬢を抱きしめているジョン・ギルバート様、外交官として活躍するギルバート侯爵の三男。
抱きついている令嬢は確か最近有名な…… ああ、そうだ。マルグリット・サハ令嬢、確か男爵家の方だ。
とても熱心に上位貴族の令息方へアプローチをしていると私の耳にも届いている。
そして後ろに立っているのが第三王子フランシスコ殿下、私の婚約者でもある。
「カテリーナ・エスタディオ。今回の事は両陛下、エスタディオ卿、ギルバート卿、ジョズ卿に既に話は通してある。残念だが最後まで聞いてもらう」
いつものようにフランシスコ殿下が面倒気に話すがそこまで根回ししておくのは酷い話である。
「では伺いましょう」
こちらを睨むエリオット様とジョズ様に視線を向けた。
「こちらのマルグリット嬢に対する度重なる嫌がらせと虐めについてだ!」
手当たり次第に粉をかけているために評判が悪いとは聞いていましたがさて……
「そのような事態があるのでしたら大変ですわ。教師の方々には相談なさったのですか?」
「なにをとぼけた事を言っている! 貴様が主犯だろうが!」
私の問いにエリオット様が激昂した。
「フランシスコ殿下と親密になったマルグリット嬢に嫉妬した貴様が裏で糸を引いていたという証拠があるのだ!」
はあ、親密、嫉妬、証拠ですか……
一応婚約者としてそれなりの付き合いはある身からするとあれは親密ではなく、面倒なので放置していただけでしょうし。
私も殿下の周りに女性がいると嫉妬するような愛はない、むしろ少しは他の女性と親密にする事で女性との付き合い方を学んで頂きたいぐらいである。
そして証拠となるとあのものぐさな殿下が根回ししてこの状況とは相当なものだと想像出来た。
「証拠とはどのようなものでしょうか?」
大きくため息をつきたくなるのをこらえて訊ねる。
「貴様がマルグリット嬢を階段から突き落とした時の目撃者がいる!」
それはこの茶番劇に付き合わされる目撃者という方に同情する。
「エドゥアルド・ナベル殿! 証言をお願いする」
ああ、同情なんて無駄でした。ナベル伯爵家と言えば王国きっての名門エウスカ辺境伯の分家。
あの辺境伯の分家が何の成算もなく出て来るわけがない、必然的に追い詰められているのは誰か?
「私はマルグリット・サハ嬢が階段から落ちた所に居合わせました。マルグリット嬢が誰かに突き落とされたとおっしゃったところで周囲を見ると金髪のご令嬢が走り去るのが見えたのです」
その後正確な場所と日時を証言した。
満足気に頷いているエリオット様とジョン様はまだ意味に気付いておられない。
「これだけの証拠があり言い逃れが出来ると思うか!」
言い逃れも何もと思うが反論はしなければならない。
「サラ、その日のスケジュールを」
「申し訳ございません、お嬢様。フランシスコ殿下にお渡ししております」
これにはさすがに驚く。侍女のサラまで抱き込んでいたのか。
「その日、その時間カテリーナ・エスタディオは離れた場所で教員の手伝いをしていてマルグリット嬢を突き落とすのは不可能だ」
フランシスコ殿下がサラから受け取った手帳を見ながら断言する。
「エドゥアルド殿。あなたが見たのはカテリーナ・エスタディオか?」
「いえ、私が見たのはあくまで金髪の女性です」
「ふむ、それではカテリーナ・エスタディオであるとの証拠はないな。むしろ証拠としてはカテリーナ・エスタディオ以外であろう。エドゥアルド殿は如何に考える」
「金髪のご令嬢は他にもおられますし、やはり学園に正式に訴え、虐めがあれば処罰すべきと考えます」
静かに答えるエドゥアルド・ナベル様は冷ややかな受け答えで逃げている。
「ふむ、確かにそうだな。この件は学園に訴えた方が良いか、学園にはノウハウもあるだろう。カテリーナ・エスタディオ、貴女の疑いは晴れた。ご苦労」
「で、殿下! 何をおっしゃっているのです!」
「そうですマルグリット嬢を虐めていたのはこの毒婦以外おりません!」
手を振り私を退出させようとする殿下に対してエリオット様とジョン様が抗議している。
「だが証拠がないではないか?」
静かに二人へ問うのは殿下の優しさか冷酷さか……
「た、確かに今回はそうであったかも知れませんがマルグリット嬢を虐めていたのはカテリーナ嬢に間違いありません!」
「そうです! 殿下の隣を奪われる事に憎しみを抱いたカテリーナ嬢の仕業です!」
強く訴える二人をフランシスコ殿下は静かに見る。
「エリオット・ジョズ、ジョン・ギルバート、其方達二人には貴族が裁判に頼らず公の場で他者を断罪しようとした事、しかも証拠のない冤罪といえる内容である事の処罰として四ヶ月の謹慎を命ず。これはギルバート卿、ジョズ卿より申し入れのあった処分よりはるかに軽いと理解せよ」
静まり返る中フランシスコ殿下の声が綺麗に響き渡る。
「「な! なぜです殿下!」」
「衛兵!」
騒ぐエリオット様とジョン様を学園の衛兵が連れていくなか、フランシスコ殿下は振り向きもせず退出していった。
「なぜ、このような茶番を?」
私室に戻ったフランシスコ殿下を問い詰める。
「さすがにあの二人のお守りはもう勘弁だ。側室と第二王子は王位への野望は諦めていないようだが寄ってくるのなんて信用出来ん。さすが今から転身するのはまずいが両陛下や王太子、エスタディオ卿と懇意にする方が我が身のためだ」
「例えば今回の事で見事に私を救って心を掴むとかないのですか?」
「最初からばれているのにどうしろと?」
「面白くない人ですね」
「すまんな」
二人が王国きっての鴛鴦夫婦として信仰の対象になるのはまだ先の話である。