命綱
即興小説トレーニングで書いたものの転載です
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=531010
ギシ、と縄が悲鳴をあげ、僕の命は助かった。
クライミング中、手が滑ってでっぱりを掴み損ねた僕の身体はあっけなく空中に投げ出された。
しかしちゃんと確保しておいた命綱が文字通り僕の生命を確保してくれた。
「おい、生きてるか?」
一緒に登っていた大樹の声がやや上方から聞こえる。僕もそれに応えた。
「うん、なんとか。悪いけど、あげてくれ」
「ちょっと待ってろ」
大樹が何やら装備をまさぐっている。やがて、あったあったと嬉しそうに取り出したそれに、僕は目を瞠った。
「おい、なんだ、それは」
「生きてたのか、残念だ...あんまりこれはやりたくなかったが」
彼の右手には大ぶりのハサミが握られていた。
昨日のキャンプでの夕飯でやたらデカいハサミだなぁと話題になったやつだ。
柄は年季が入っているのに刃がピカピカに研がれているハサミでレトルトカレーを封切るのに、なんだそれ、ちょっと大袈裟じゃないかと指摘したら、「昔から登山グッズに愛用しているんだ」と大樹は笑っていた。
「これ、覚えてなかったな。じゃあ俺の弟のことも......覚えていないよな」
大樹は僕の体重がかかってピンと張った命綱に、その鋭い刃をそっとあてがった。
おいやめてくれ!と全力で僕の喉から声が絞りでるのと、身体が重力に沿って胃の腑が浮遊感を覚えたのは、まったく同時だった。