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ミコちゃんの歌

三題噺:「来世」「歌い手」「残念な小学校」

この子の名前はミコにする。

産まれるまで名付けは私に一任する旨を表明していた夫は、娘を初めて腕に抱くなりそう宣言した。


気になるのはその由来である。やはり可愛い我が子の名前、そこに納得できないとなりません。そう告げて出方を伺うと、夫は真剣な表情でとうとうと話し始めた。

曰く、この子の前世は名のある巫女である。

曰く、その巫女は美しい旋律のチカラある祝詞を唱える。

曰く、そのチカラを今世も引き継いでいるだろう。


突拍子もない話と感じてしまうところだが、夫の前世話は足蹴にできない理由がある。夫はその「前世の記憶」を頼りに日本各地の発掘に出向き、超貴重な大発見をいくつもぶちかましている考古学者であった。ちなみに私は前世でも彼の妻だったらしい。1ミリ足りとも覚えていないが、出会った時に彼に不思議と惹かれたこともまた事実。


「というわけでこの子はミコちゃん」

「流石に安直すぎでは?」

「前世でのお名前はヤマトトトヒモモソヒメノミコトさま」

「ミコちゃん、かわいいねーよしよし」


そうして私は事前に考えていた候補群はきっぱり忘れ、ミコちゃんは我が家の一員となった。


***


時が過ぎ、ミコちゃんは小学校1年生になった。それだけ経っても夫は稀にうっかり娘に対して慇懃無礼な敬語で接する癖が抜けなかった。というか言い回しが古代レベルで私にも分からない。娘と2人でよく首をかしげることもしばしば。

ところで、夫は「ミコちゃんは将来ものすごい歌手になる」と語るが、我が家はミコちゃんの歌をまだ一度も聞いたことがない。ミコちゃんは寡黙な子だ。

4つ違いで産まれた弟—夫曰く、前世での部下—が腕白なうるささを発揮しているのに対し、ミコちゃんはいつも弟のお喋りをニコニコ、うんうんと聞いて、ぽつぽつと相槌を小さな声で返すのが常だ。

私が童謡などを口ずさみ、ほら、ミコちゃんも歌ってよとせがんでみても、顔を真っ赤にしてはにかみ、「うーん、ムリ」といってもじもじしてしまう。うーん、かわいい。しかし、こうして娘の歌は聞けずじまいとなっていた。


そんなミコちゃんにも転機が訪れた。小学校の文化祭で1年2組は合唱をすることになったのである。しかし、自宅で練習をする気配はない。ミコちゃん、お歌の練習は?と聞いてみるものの、いつものハニカミスマイルで身体をゆらゆらさせるばかりで、一度も披露してくれなかった。しかしミコちゃんは、あんまりにもしつこくせがむ両親に対して約束してくれた。

「じゃあ、本番では、がんばってみるね」


そして文化祭当日。俄然気合の入った我々夫婦はミコちゃんの歌唱姿をばっちり記録すべくビデオカメラ持参だ。体育館の前列側のパイプ椅子に陣取り、舞台の幕が左右に割れた。子供達は3列の段に整列している。ミコちゃんは2段目の左側から3番目だ。

軽く手を振ると、ミコちゃんも我々家族に気づき、かわいいハニカミスマイルで応えた。スピーカーから前奏が流れる。一斉に子供達が息を吸い、ミコちゃんもそれに倣った。


天井近くのガラス窓が割れた。鳩が幾羽もなだれ込んで頭上を旋回。体育館と外をつなぐ全ての扉から植物が繁ったかと思うと鮮やかな花が咲いて、おまけに新品のビデオカメラのレンズには粉々にヒビが入った。わずか4小節での出来事だった。


一部の子供たちは驚きから泣き出してしまっている。スピーカーから無情にも流れ続けるメロディーも相まって、阿鼻叫喚の有様だ。慌てて先生方が会のお開きを宣言し、子供たちは一度教室に集められたものの、観覧にきていた親に引き取られて帰宅する運びとなった。


ミコちゃんもクラスの子供たちの解散の移動に混じって、一家と合流した。ハニカミスマイルにわずかに哀しみの色が混じった。

「がんばりすぎちゃった……」

私と夫と弟が、ミコちゃんを思い思いに抱きしめで、それからみんなで手を繋いで家路についた。今晩はミコちゃんの好物の手巻き寿司にしよう。


夫曰く、ミコちゃんは歌声のチカラをコントロールできていないらしい。大人になるにつれて、自然と制御が身につくはずとのことだ。きっと我が家で幻想的なプチリサイタルが開催されるのも、そう遠くない。



「来世」→ この一家の前世から見て来世の話。

「歌い手」→ 祝詞を唱えたりするので。

「残念な小学校」→ 騒動の結果小学校の体育館が残念なことになった。


また、ヤマトトトヒモモソヒメノミコトのお名前は日本書紀あたりからお借りしましたが、特に設定上の意味はありません。単純に長い感じのお名前にしたかった。

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