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2-2

「本来“魔法”事態は何も悪いことはないの。でも、その秘匿性からかどんな手を使ってでも知りたいっていう人がいるのも事実なの」

そんな危険があるから、あんなにもイオンさんは僕に秘密にさせたかったのか。

「わかってくれたかな」

「うん。それはもう。絶対に人に漏らさないって誓うよ」

「よかった」

 精神的な疲れからか弱弱しいけど、それでも笑ってくれた。イオンさんは笑顔の方がいいと、僕は思う。

「それでね、実は、ライトくんに“魔法”を教えてあげてもいいって思ってるんだ」

「ええっ!?」

「私からお願いして秘密にしてくれるのに、私には何もしてあげられないから。それなら体を、って差し出したのに、遠慮するし」

 僕はまだ子供ですから!

「どうせ秘密は保たれるのなら、内容まで教えてもいいと思うの。ライトくんなら信用できると思うし」

 教えてもらえるなら、それは願ってもない機会だ。追試に対し心強い力となる。

「で、でも、それじゃ今度は僕の方が申し訳なく思うよ。黙ってるだけなのにそんな重要なものを教えてもらうなんてさ」

「……じゃあ、さ、私のお願いを聞いてくれないかな。それならギブアンドテイク、公正な取引だよ」

「そういうことなら。でも僕、お金ないよ」

「お金じゃないの」

「ま、まさか、僕の体……?」

「いりません」

 ちょっとボケただけだけど、すっぱり斬られるとちょっと傷つく。

「私が望むのは、身の安全」

 安全ってどういうこと? 訊ねると、僕を窓際まで呼び寄せた。

「ここを見て」

 イオンさんが窓の外枠を指さす。木製のその部分に引っ掻いた痕のようなものが無数にあった。

「これは?」

「それから、こっち」

 次に、机に案内される。古いながらも丁寧に扱われていて、綺麗な状態を保っている。イオンさんはその上に開かれた紙束を指した。授業で配布された資料。ただし問題はその下、机そのものだった。

「『お前が“魔法使い”だと知っている。口外されたくなければ試験を落とせ』……って書いてあるように見えるけど」

 ナイフや釘で削ったかのような直線的な傷で、文字が書いてあった。

「試験最終日の前日だったの。一週間くらい前かな。私が部屋に戻ってきたら、こうなってた。最初は趣味の悪い悪戯かと思って無視してたんだけど、その夜、窓の外からインプがやってきた。がりがり、がりがりって窓をこじ開けようとしてた。開けられないよう必死に喰い止めてたら、しばらくして諦めて行ったの。それでわかったわ。誰かがインプに文を書かせ、私を見張ってるって」

 イオンさんをよく思わない誰かの仕業。明確な悪意。

「だからね、さっきは嘘ついちゃったけど、私も追試験を受けるの」

 彼女が出した成績書、その一番下の欄は初級冥府魔術。そこには不合格を示す「不」と記されていた。

「一週間ずっと一人で考えてた。もしも誰かに知られたら、昔のようなことが起きるかもしれない。怖くて、不安で、悩んだ。そんな中でライトくんに出会えた。もしかしたら、これは何かの縁かもって思えるの」

 そう言って、頭を下げた。

「お願い、ライトくん。一緒に犯人を突き止めて欲しいの」

 出会いは偶然。友達になれたのは自然。お願いは突然。ならば、それを引き受けるのは当然だ。

「頼りないとは思うけど、僕に協力させてよ」

 僕は彼女の手を取って、そう答えた。

 ギブアンドテイクだとか、取引だとか。そんな打算的なつもりはなく、純然たる善意であり、義侠であり、友情だ。


「う……ううううううう」


 イオンさんは突然顔をうずめ、泣き出してしまった。

「ええっ!? ち、ちょっと!」

「あ、ありがとう……! 私、誰にも言えなくて……不安で……。うう、学院、やめなきゃならないんじゃないかって……」

「…………」

 一週間、ずっと胸に秘めていた思いを吐露される。誰にも言えず、ひとりで悩まなければならない問題を抱え続けていたプレッシャーがどれほどのものか、僕には推し量ることしかできない。

「頼りないなんてことはない……! 誰かに頼れるって、こんなにも心強くって……」

 僕に打ち明けたのは単なる偶然の結果でしかなく、それは別の誰かが代わりであっても構わない。わずかな間違い、あるいは正しい展開だったならばここにいたのは僕じゃなかったかもしれない。

 だけど、今ここにいるのはライト・アングルだ。

 僕が頼られたのだ。

 僕は、彼女の友達なのだから、取引云々なんてのは関係なくて、

「助け合うのが友達、でしょ?」



 泣きはらしたイオンさんが落ち着くころを見計らって、今後の指針について話し合うことにする。脅迫してきた犯人が誰であるか以前に、目的が不明だ。イオンさんを追試験に追いやって、どんな結果につながるというのか。


「怪しいのはキューク先生だと思う」

 すっかり元の落ち着きを取り戻したイオンさんはそう言った。

「初級冥府魔術の先生だね。でも、なんで?」

「脅迫文が刻まれたのは試験の最終日前日。すなわち、初級冥府魔術の試験の前なの。それに、犯行にインプを使ったということが、冥府魔術のエキスパートである証拠になると思うの」

 初級冥府魔術を受け持つキューク先生は寡黙な人物で、必要なこと以外で学生とコミュニケーションを取る姿は目撃されておらず、謎が多い。確かにイオンさんの言ならば怪しさは筆頭と言える。

「ライトくんを襲ったインプね、実は最初は私を襲ってきたの」

「え、そうなの?」

「最初は逃げようとしたけど、“魔法”で倒そうとしたの。でも逆に逃げられた。そのせいでライトくんが怪我しちゃったの。ごめんなさい。私がちゃんとしてれば怪我することなかったのに」

「怪我のことは心配ないよ。ほら、イオンさんが治癒してくれたからもう大丈夫」

 肩をぐるぐると回してアピールした。噛まれた痛みは消え、傷跡もなくなっている。小さい怪我ならすぐに治せるのが魔術の利点のひとつだと思う。

「二匹ともイオンさんを狙ってたのかな。とするとあのインプは野良のものじゃなくて、誰かに命令されてたって考えられる。それがキューク先生?」

 イオンさんに害意を持つ何者かはインプを従える魔術師であり、イオンさんが“魔法使い”と知っている。キューク先生がその条件に当てはまるのか?

「もしかして……イオンさんが“魔法”について話してしまったという魔術師が、キューク先生ってこと?」

「そう……って言いたいところだけど、あの魔術師はもっと年老いてた。しわだらけの顔で腰が曲がってた。キューク先生はまだ三十歳くらいでまだ若いでしょ。年齢が全然合わないのよ」

「……じゃあ容疑者から外していいのかな」

 魔術師なんて学院にはごろごろいる。他人に害を為そうとする者が近くにいるかもしれないと思うと、不気味な話だ。

「私は“魔法使い”だってことがバレないようにあまり人と関わってこなかったから、秘密がバレるどころか恨みを買うような覚えもないの」

 うまくいくなんて思ってなかったけど、いきなりの手詰まり。まさか学院のひとりひとりを調べるわけにはいかず、そんな時間もない。イオンさんに試験を落とさせたのは、追試を受けさせるためじゃないかと推測できる。それが目的なのか手段の経過途中なのかはわからないけど、解決のためにはそれまでになんとかしなければならない。

 他の誰かに頼ることはできず、僕とイオンさんの二人だけで挑む。途方もない困難だろうと、やらなきゃならないんだ。

「あっ」

「どうしたの? 何かわかった?」

「考えてたらお腹空いてきちゃって」

 ぐう、とイオンさんの腹が鳴る。緊張感が消し飛んだ。

「キミがいてくれて安心したらお腹減ったってだけだよ」

「う……」

 卑怯な。そんなことを言われたら文句のひとつも言えないじゃないか。

「ライトくんみたいな子でも仲間ができると心強いね」

「……イオンさんってさらっと毒吐くよね」

「毒を食らわば皿までだよ」

「皿じゃなくてパンでも食べなよ……」

 落ち着いたと思ったけど、やっぱりまだ情緒が不安定じゃなかろうか、この人。

「あ、パンで思い出した」

「なに、おいしいパンがあるって?」

 イオンさんは首を振る。

「クロテちゃん、商店街にある実家のパン屋を継ぐために学院を辞めたんだった」

 ……誰?

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