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神話によるとあらゆる生物は神様の分身から生まれたもので、故に神様の力の一部をその身に宿しているとされている。それを神の祝福と呼んだ。
人間はその力に「魔力」という名を付け、魔力から力を引き出す術を「魔術」と名付けた。だから、一部例外を除く全ての生命が魔術を繰り出す可能性を秘めている。
しかし、大抵の者は己が内に秘められた魔力を感知できないまま生涯を終える。知識で知っていようとも感覚を掴むには才能が必要とされる。僕のようにある日突然使えるようになるケースは数が少ないらしい。
そんなことだから、魔術師を志す者はまず魔術師に弟子入りするところから始まる。
蛇の道は蛇。
ただ、普通に生活していて魔術師と知り合う機会はあまりない。現役の魔術師は大きな国や軍に所属して民衆とすれ違うことはなく、冒険者となればあちこち旅するので再び会えるかは運しだい。隠匿した魔術師は人里を離れて人目に付かない。魔術を学びたいからといって弟子にとってくれるような魔術師に出会えることが既に難関なのだ。
ムルナ魔術学院創設者にして初代学院長であるところのタイタス・ムルナはそんな状況に、魔術の未来への危惧を抱く。魔術の発展のためには広く門戸を開き、学びたい者が自由に学べる機関が必要だと訴えた。
そうして設立したのがこの学院で、他の地域でも賛同した魔術師が同じように学校を建てていくことになる。
学院が誕生して早数百年、今現在、魔術の道に足を踏み入れんとやってきた学生の数は二千人を超えている。
「それだけいれば、食堂のこの込み具合も納得ってものよね」
「…………」
イオンさんは傷心の僕を強引に連れて、食堂まで引っ張ってきた。
溢れるほどの人、人、人。学院ではこのホールでの食事を定めており、昼時になると学生がこぞって集まるので大賑わい。運よく二人分のスペースを見つけられたので、僕とイオンさんはそこに滑り込む。
テーブルの上に並んだ昼食。豆と野菜のポタージュ、パン、チーズ。いつ来ようがメニューはそう変わらない。野菜はその日の仕入れによって細部が替わる。今日はキャベツだった。ハーブを加えて煮込んであるので香りが良い。
「……」
並ぶ皿を見ても食欲がわかなかった。だけど人としての本能なのか、どんなに食べる気がなくても口に運んでしまえば抵抗なく飲み下せた。本来ならば次々に手が止まらなくなるほどおいしいのに、心理的なもので味気なく感じるのでもったいない。
「このパン、いつものとちょっと違うね。柔らかい」
「……うん」
「知ってる? チーズをお金の代わりにする地域があるんだって。このチーズはいくらかな?」
「……さあ」
「あ、ライトくんのポタージュ、豆が多い。ちょっと頂戴」
「……うん。……え?」
反応が遅れる間にスプーンが僕の皿に差し込まれ、掬われていった。ちょっとというには量が多い気が。 イオンさんは豆をおいしそうに食べる。
「……」
彼女は僕に気を遣ってかいろいろと話しかけてくれるものの、僕の心は曇天のように暗くて何を返す気にもならない。誘ってくれたのに申し訳ないと思いつつも、悪いという気持ちが他人事のように頭をもたげるだけだった。
「うーん、おいしいのはおいしいんだけど、やっぱりさっきの後じゃ、あんまりおいしく感じないなぁ」
皿に残った豆をスプーンで転がしながら言う。無理もないことだと思う。僕は精神的な理由から食欲がなかったけど、イオンさんを含む多くの学生は鼻の奥にこびりついた鳥の臭いに悩まされているはず。料理の匂いでごまかせるほど甘くはない。
「ライトくんはあの臭い、平気だったの?」
「うん、まあ。村にいた頃はもっとひどい臭いもあったし」
牛舎とか馬小屋とか、臭いのひどさには事欠かない。
「へえ。ライトくんの村ってどんなところなの?」
「ここからもうちょっと北にあるところでね、交易路から外れてるから人がほとんどこない村なんだよ。刺激がない代わりに危険もない。そんなところさ」
「静かなところなんだろううなぁ」
「そうでもないよ。動物たちがうるさくてね、日が昇る前から森では鳥がざわめき始めて牛や馬が嘶いて。そしてなにより妹がやかましい」
「ライトくん、妹がいるんだ。私は一人っ子だからわからないけど、賑やかそうでいいと思うな」
「そんなことはないよ。朝は頼んでもないのに起こしに来て、寝てる僕の上に飛び乗ってくるんだ。無防備な状態だから対応もできない。息が詰まって心臓が止まりそうになって困るよ。それに、僕のやることなすことにいちいち口出しして、やかましいことこの上なし。ここに来る時だって勝手に村を出ていくなってうるさかったんだよ。だからこっそり出てきたんだ。帰ったらとやかく言われそうだけど、小言を聞かなくなってせいせいした……」
はたと気づいて口を止める。イオンさんがにやにやと笑っていた。
「ライトくん、妹のことになるとよく喋るね」
「いや、そんなことは決してないのであって些か以上に語弊があって誤解を生みだしているに過ぎないんだよ」
喋ったら喉が渇いてきたので少し水を飲む。
「シスコンだね」
噴き出した。
「あ、いや、ゴメン。悪い意味じゃないんだよ。いい意味でいい意味で。仲のいい兄妹だなーって」
いい意味もなにも、その言葉にプラスイメージはなかったと思う。
「そこだけはきちんと否定しておくよ。妹なんかいたところで、いいことなんてひとつもありゃしない。そういうことが言いたかったんだ」
熱くなっていた頭が冷えるよう、努めてクールに言う。
「でも好きなんでしょ?」
「そんなことはない絶対に」
「妹に黙って出てきたってことは、もしも妹に引き止められたら振り払えないからじゃない?」
「……む」
それは、その通りかもしれなかった。あいつの前では兄でいなければならないという意識からか、僕は妹に対して甘いきらいがある。あいつが泣いて喚いて必死に引き止めようものなら、あるいは決心が揺らぐこともあったかも。
「それでも、好きとは違うよ。僕はお兄ちゃんなんだから。妹が泣くのを見たくないんだ」
ふーん、とイオンさん。
「妹の前では自分のこと、お兄ちゃんって呼んでるの?」
「あ!」
うっかりミス!
両親からよく「お兄ちゃんなんだから」と言い含められてきたものだから、妹の前ではそう言うことに慣れてしまっていた。それがまさか、学院で出てしまうなんて。それも、出会ったばかりの女の子に知られてしまうなんて。
「いいと思うよ、お兄ちゃん」
「カンベンしてください……」
同い年、あるいは年上のイオンさんにそう呼ばれるのはこそばゆく、恥ずかしい。
「ねえ、お兄ちゃんはさ」
「カンベンしてください!」
イオンさんは悪気なく傷を抉るのがうまいようだ。……本当に悪意ないよね?
「ライトくんはさ、故郷に帰りたいって思ったことない?」
「え?」
「会いたくないの? 家族に」
半年前に出た村を思い返す。どれもこれも慣れ親しんだ風景。今も変わらず当たり前の風景でいるはずだ。そこに僕がいないだけで。
「帰りたい――って思わなくはないよ。でもね」
僕は誓った。一流の魔術師になると。僕が帰る時は、結果を出してからだと。
それに、街での生活や魔術の勉強が楽しいんだ。まだまだ僕は帰る気にはならない。
だからこそ、退学になるわけにはいかなかった。
だからこそ、追試に必ず合格しなくてはならないのだ。
「負けてノコノコ帰るようなかっこ悪いところなんて、見せられるわけがないじゃないか」
決まっていた未来を捨ててまで選んだ道。たった半年で泣いて帰ったらみっともない。
「……かっこいいこと言うじゃん。顔付きが変わったね」
そんな僕の話を、茶化さずに聞いてくれる。ひょっとしたら、僕を勇気づけてくれたのだろうか? 沈みに沈んで明日にも荷物をまとめて海に沈んでいきかねない僕を、元気づけてくれたのだろうか。
「……」
ならば、それに答えるのに言葉はいらない。頷くだけでいい。
追試は二日後。その間、必死に備えよう。
「ダメだったのは初級冥府魔術だっけ?」
「うん。正直、どう対策を取ればいいのか悩むところだよ」
ひと口に魔術と言っても、その系統は多岐にわたる。その中で冥府魔術は危険度が高く、難易度が高くなる。異界と呼ばれる、人知を超えた有象無象が蠢く世界と繋がり、そこに住む霊体や悪魔、魔神の力を借りる術だ。低レベルの悪魔を呼び出して使役する程度なら見習いである僕らでも習えるレベルだけど、厄介なことにその気がなくても上級の魔神を呼び出してしまうことがある。自身の手に余るものを召喚してしまえば、命の危機すらある。
「実技試験だもんね。魔力を強めようにも一朝一夕でどうにかなるものじゃないか」
魔術の行使は魔力の強さに依存する。それはどんな魔術にも当てはまる公式で、どんな魔術師も覆せない公式だ。冥府魔術では、強い魔力でもって召喚したモノを縛り、使役する。
僕が魔術の授業についていくのがやっとな理由が、そこにある。偶然魔術が使えただけでなんら魔術的訓練をしていない僕の魔力は、残念ながら魔術に関わりのない一般人とあまり差はない。日々の鍛練によってのみ強化できるもので、一流の魔術師は皆長い修行の末に強い魔力を手にしている。今すぐに魔力を増強させる手段なんてないに等しいのだ。
「今の僕の魔力じゃ、厳しいだろうね。実際に不合格の判定が出ちゃったわけだし。でも、どうすればいいかわからないよ」
「聞いた話じゃ、すぐに魔力を強くする方法があるとかないとか」
「え、本当? そんなのがあるの?」
「えっとね、確か……まず、心臓に穴を空けて」
「心臓に穴!」
「違った。脳を取り出して」
「脳を取り出す!」
「あれ、人の心臓と脳を食べるんだっけ」
「グロテスクーっ!」
そんなことするのは蛮族では……。
猟奇的なことをしなくても、魔力は強められる。魔力の籠ったアミュレットを身に着ければ魔術の発動を手助けしてくれるし、魔薬学で習った薬を飲めば、一時的に激化できる。ただし、試験ではそういった強化アイテムの使用を禁止されている。己の実力で挑まなければならないのだ。
「ねえ、あなた」
唐突に、悩む僕の背後から声をかけられた。
「あなた、こんなところで談笑していてよくって?」
赤い髪の少女だった。ウェーブのかかったきれいな赤髪。上質で身なりのいい服装。大人びた印象を与えるドレスで、上品な振る舞いと合わせて気品ある印象を受ける。眉目秀麗だけど意志の強そうな目は、僕を糾弾するようにきつい眼差しで睨み付ける。
「あ、席の順番待ちですか? もうちょっと待ってください、すぐ食べ終えますから」
「ちーがーう! わたくしが言っているのはそういうことではないのですわ! それに、わたくしはもうお昼を食べ終わってましてよ!」
顔を赤くしてがなる彼女は上品な言葉づかいで、なんというか、普通とは違うオーラがある。上流階級特有のオーラだ。だけど、僕の知り合いに貴族なんていただろうか? まして、喧嘩腰で近づいてくるようなことに心当たりもない。
「ああ、イオンさんにご用でしたか。どうぞ、ここに座ってください。なんなら僕は席を外しましょうか」
席を立とうとした僕の肩を掴み、強制的に椅子に座らされる。
「待ちなさい! 勝手に行くんじゃありませんわ! わたくしが用があるのはライト・アングル! あなたでしてよ!」
怒髪天を衝く勢いで赤い髪を逆立て怒鳴る彼女は、鬼のような迫力があった。なおのこと、そんなに怒りを買うようなことに思い当たらない。
「あの、誰かと間違えてませんか? あなたとは初対面ですよね?」
あ、固まった。それはもう、呪いをかけられたように指先すら動かなくなった。
「…………わ、わたくしをご存じないと……? この、メルカリー家の長女にして学年トップクラスの実力を持つ優等生にして美しい美貌で錦上に花を添える未来の大魔術師であるところの、このわたくしをご存じないと?」
あ、ぶるぶると震え始めた。この動きはそう、沸騰した水に湧く泡が次々に上昇していくような、剣呑なイメージ。それを裏付けるように、彼女の体は赤く発光する。
「もーもーもー! なんでわたくしのことを憶えてないんですのーっ!?」
「ぎゃあああああ!?」
頭を鷲掴みにされ――力任せにテーブルに叩き付けられた。正確にはその上に並んだ皿に叩き付けられて、ポタージュが飛び散り、豆が鼻に入った。
「顔も名前も憶えられてないなんて屈辱ですわ! なんてわたくしは不幸なのでしょう。わたくしは薄幸の美少女ですわ!」
赤く光っているあなたは発光の美少女では。っていうか自分で美少女って言うんだ……。
それと、不幸なのは突然暴力に見舞われた僕の方ではと主張したい。……さっきから僕、さんざんな目に逢ってる気がする。
「フラン・メルカリーちゃんだね」
イオンさんが彼女に向かう。
「あら、さすがですわね、イオン・テイル。わたくしの名前を憶えているとは」
「キミは授業でも目立つからね。キミの方こそ私の名前を憶えているなんて驚いたよ。私は印象が薄いみたいだからね」
ちらりと僕の方を見たその目に軽い非難の色が混じっていたのは気のせい。
「エリートとして、学友の名前を押さえるのは当然ですわ」
「え、まさか全学生の名前を憶えてるの?」
「もちろんですわ。と言いたいところですけど、さすがに半年では無理がありますの。まだ会ったことすらない学生もいるはずですし、一年生の半分くらいしかわかりませんわ。まあ、進級する頃には同輩くらいの人数は把握するつもりですの」
一見普通の歓談のようだけど、ここで注目してほしいのは僕が押さえつけらポタージュの海に溺れれたままだということ。そ、そろそろ解放してほしい。
「あなたの名前は憶えておく必要がなさそうですわね、ライト・アングル」
それは、ここで死ぬという意味だろうか。ぶくぶく。
「あ、ごめんなさい。つい力が入ってしまいましたわ」
ようやく僕は解放してもらえた。再び見られたフランさんはもう光ってなかった。
「ぶはあ……はあ、はあ。それで、フランさんだっけ。僕に何の用なの? 僕を溺れ殺そうとしただけ?」
「違いますわ。あなた、こんなところで油を売っていていいのかしら?」
「こんなところでって……。僕はただ、ご飯を食べてただけだよ」
「初級冥府魔術のキューク先生に聞きましたの。わたくしと同じ授業を受けておきながら、試験を落とした学生がいると。それがライト・アングル、あなたですわね。追試に向けて今すぐにでも勉強しなくてはならないのではなくて?」
僕を睨み付けて言う。
「それは、そうだけど。でも、実技なんだから付け焼刃で魔力が身に付くものじゃないでしょ? 対策を考えていたところで」
「考える時間を鍛錬に当てればいいのでなくて? わたくし、そういう甘いことを抜かす輩がたまらなく気にくわないのですわ。自分が落ちこぼれるのは自分の怠慢のせいだと気付かない。あまつさえ、自覚しておきながら努力しようとしない輩がいる。あなたはその部類の人間ですわ、ライトアングル!」
「……う」
ぐうの音も出ない。全くその通りだと思ったからだ。これまで僕が努力してきていれば試験を落とすことはなく、悩むことなどなかったのだから。
「ライトくんは頑張ってると思うよ。魔術の基礎がないのに授業についてきてるんだからさ」
「授業についていくなんて当然のことですわ。基礎がないのなら、なおのこと努力しなくてはならないのではなくて?」
「それは、そうだけど……」
イオンさんが味方してくれてうれしく思う。でも、フランさんの言うことは正しい。ギリギリの成績でも追いついていられることに安心してそれ以上の努力をしてこなかったことは偽りようもない。十割の努力で追いつくのがやっとなら、さらに努力を重ねなければ向上するわけがない。
俯く僕に、イライラしたように声を荒げる。
「……ライト・アングル。あなた、くやしくないのでして? わたくしに詰られ、イオン・テイルに庇われて。何も言い返せない、己の体たらく! そんなことだから“魔法使い”だなん言われるのですわっ!」
フランさんが怒鳴って詰め寄る。すると周囲の喧騒が水を差したように静まる。そして、ざわざわと小声でのざわめきが広がった。よく聞こえないけど、“魔法使い”という単語が耳に残った。
周囲の様子に気付いたフランさんは、すぐに気まずそうな顔になった。
「フランちゃん、それは言い過ぎじゃないかな」
イオンさんが静かに言う。怒っているようだった。
「う……口が滑りましたわ。それは謝ります」
フランさんは僕たちに背を向けた。
「でも取り消すつもりはありませんわ。このままではライト・アングル、あなたは“魔法使い”と言われても仕方ないのですわよ。それは心に刻んでおきなさいな。わたくしの学友が“魔法使い”だったなんてみっともないのは嫌ですわよ。せいぜい恥をさらさないことですわ」
そう言い残すと、彼女は去って行った。
喧騒が戻り、食堂は元のにぎわいを見せ始めた。
「気にしなくていいよ、ライトくん。それにしても、“魔法使い”だなんてちょっと失礼だよね」
イオンさんはそう言ってくれるけど、僕には気になることがある。
「ねえ、イオンさん。“魔法使い”ってなに?」
何言ってんだコイツとでも言うような顔で固まった。どうやら僕の質問はあまりにも的を外していたようだった。
「あー、そかそか。ライトくんは今まで魔術と関わりがなかったんだっけ。うん、それなら魔術師特有のスラングなんて知らないよね。学院じゃ人前で言うような言葉でもないし」
何度も頷いて今の現象について嚥下して納得していた。そこまでのことをされるとよちきになってしまう。
「あのね、“魔法使い”っていうのはね、いい意味で使われる言葉じゃないの」
そう前置きをして、レクチャーが始まった。
「まず、魔術っていうのは魔力の強さによって威力が変わるっていうのはわかるよね」
「うん。どんな授業で何度も出てきた話だね。同じ魔術を行使しても術者の魔力によって強くも弱くもなる」
「そう。だから強力な術を使いたかったら自身の魔力を強めなきゃならない。それが魔術の大原則」
「僕は魔力が弱いから苦労してるんだよね……」
「ところが、その原則を無視できる魔術があるとされるの。術者の魔力が弱いはずなのに、通常じゃありえない威力を発揮する魔術。それを“魔法”と呼ぶのよ」
「…………魔術ならぬ“魔法”」
「そう。例えば、ランタンに火を点す程度の魔力しか持たない魔術師のはずなのに、山を焼き払う炎を生み出すなんてことができるわ」
そんな魔術は聞いたことがない。どんな先生でも、どんな教本でも原則こそ魔術の基本にして何人も侵せない法則、この世の理と説く。それを無視できようものなら、それは奇跡と言うほかない。
「そして、“魔法”を使う魔術師を“魔法使い”と呼ぶ」
そんな魔術があるなんて。そんな魔術師がいるなんて。世界は広く、魔術の道は奥が深い。
「すごいすごい! それって学院長よりもすごいのかな。あれ、でもなんでさっき、フランさんに“魔法使い”だなんて言われたの?」
「その“魔法使い”なんだけどね、実在しないの」
「はい?」
「伝説。昔話。おとぎ話。言い伝え。物語。いるっていう話は枚挙にいとまがないけど、どれもこれも信憑性という点では全くの無根拠なの。目撃したなんて話もあるけど、“魔法使い”本人が人前に姿を現したっていう話は一切ない。魔術師の共通見解として、“魔法使い”なんて存在はないっててことになってるのよ」
実際に“魔法使い”は存在しない。そう言われて少しがっかりするけど、ますますもって何故僕がそう言われたのかわからなくなる。
「存在はなくても“魔法使い”という言葉はある。その意味は時と共にその変わっていって、今では魔力が弱い魔術師のことを指して言うようになったんだよ。“魔法使い”だから魔力が弱いんだろう、っていう風にね」
「ああ、成程。僕は魔力が弱い落ちこぼれだから“魔法使い”なんだろう、っていうことなんだね」
遠まわしな悪口というわけか。貴族なんかはそういう言い回しを好むと聞いたことがあるけど、魔術師にも似たような習慣があったのか。
僕は実感してないけど、魔術師というのは魔力の強弱で質が決まるとされている。強い魔力を持っていれば偉い。魔力ヒエラルキーとでもいうのだろうか。だからこそ弱い魔力の魔術師を“魔法使い”と呼んで差別し、見下す。
さっきイオンさんが怒っていたのは、僕が思っていた以上に慮ってくれていたのか。
「ありがとう、イオンさん」
「気にしないで。ちょっと見過ごせなかっただけだから」
さらりと流すイオンさん。僕もこうやって友達を思える人物になりたい。
「さて、やることがあるしそろそろ私は行こうかな」
イオンさんは席を立った。
「それじゃライトくん、追試頑張ってね。もし私に手伝えることがあったら言ってよ。友達は助け合うものってね」
チャーミングにウインクをし、去って行った。その後ろ姿に手を振って見送る。
イオン・テイル。
今日できたばかりの、友達。
「よし」
この出会いを無駄にしないためにも、僕は追試をなんとしても合格しなければならない。
「…………まずはテーブルの片づけかな」
フランさんに叩き付けられた際に飛び散ったポタージュや野菜片を片付けてから、僕も食堂を後にした。