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1-2

 暗い中から強い日差しの中に出たことで目がくらむ。外気が汗ばんだ肌を滑りぬけて心地いい。

 聖堂の外では、脱出できた学生たちが思い思いの場で腰を落ち着け、休んでいた。体とローブが気持ち悪いことになっていたので今すぐにでも水場で洗い流したかったが、考えることは皆同じで、学院の水場はどこも長蛇の列だった。


「ここらへんでいっか」

 ちょうどよく人のいない木陰を見つけたので、僕とイオンさんはそこで一息つくことにする。汚れたローブは着ていられないので脱いでおいた。

「はあ、大変な目に逢った」

「あはは。魔術師っていうのは、ああいうエキセントリックな人を言うのかな。私、ちょっとやっていけるか自信がなくなったよ」

「うーん、そんな人ばかりだなんて思いたくないな。あ、ほら、魔術概論のスタンプ先生はまともでしょ?」

 壮年で白髪交じり、朗らかな人柄の先生で、わかりやすい授業で学生に人気がある。

「でもあの先生、好物はタマゴガエルだって聞いたことあるよ」

「ええ……?」

 フクロウと並び魔術師の使い魔として人気のある動物はカエルだ。中でもタマゴガエルという種は、卵から孵るとすでに成熟したカエルの姿であることから、すぐに実用に耐えうるとして魔術師人気が高い。ここよりも南方の地域では珍味としてマニアからも人気があるらしいけど……

「孵ったばかりのカエルを……」

「孵ったばかり!」

「スパイスを混ぜたワインとミルクのソースをかけて……」

「ソースがけ!」

「生きたまま口の中へ……」

「踊り食い!」

 どうやらスタンプ先生への印象を変えなくてはならないようだ。魔術師とはエキセントリックな人種だということも付しておこう。

 と、ここで僕のお腹が鳴った。こんな話題の最中だろうと、体は正直。

「ふふっ。じゃあさ、一緒に食堂行こっか」

 学院にやってきて誰かと食事なんて、数える必要もないほどに少ない。数に含められる相手というのも、寮で同室であり唯一の友人であるところのロック・ソルトくんだけで、つまりは彼以外の人と食事を共にするなんて初めてのこと。

ましてや相手が女の子なんて、考えたこともないシチュエーションだった。

「ああ、ライトくんに予定がなければ、だけど」

「い、いえ、予定は、ないです」

 なので軽くパニックになっても仕方ない。

 澄んだ青空。流れる風が心地いい。今日と言う日は僕にとって素晴らしい日となるだろう。

「それじゃ、確認しちゃおっか、成績を」

 忘れていたわけじゃない。あまりにも意識の大半を占めていたことだったものだから、逆に意識を向けられなかっただけだ。

「…………うん、まあまあかな、私は。ライトくんはどうだった?」

 追試の心配をするような成績じゃないイオンさんはためらうことなく成績書を開いた。

「……」

 ごくり、と唾を飲みこむ。書を持つ手が震える。

 ここに、僕の未来が記されているのだ――

「開けられないなら私が見てあげよっか?」

「自分で見ます!」

 折りたたまれた紙を勢いよく開いた。


 僕が履修した科目がずらずらと並んでいる。魔術概論、初級実戦魔術、魔薬学、魔術史、初級大規模魔術儀式、エトセトラ。学院が定めたカリキュラムで必修のものや、僕が興味を持って履修した科目もある。

 良い成績ならば「良」、合格の基準を満たしていれば「可」、落第していれば「不」の表記があるとの説明書きがあった。僕の成績はというと……。

 上から順に、「可」、「可」、「良」、「可」、「可」――――ほとんどに「可」とついていて、一部に「良」があった、といえばなかなか悪くない出来だったと思えそうだけど、実際には間違い探しのように一科目だけ「良」がついただけだった。

「うん、大丈夫かな」

 目線を下に流しながら、内心胸を撫で下ろす。危惧していたような最悪ではない、いや決して誇れるような成績ではないのだけど、最も回避しなければならなかった「不」がないだけでも僥倖といっていいだろう。

 不甲斐ない僕でも「不」がない。

 そんなレトリックを生み出す余裕が生まれる僕だけどもしかし、最後まで気を抜くべきじゃなかった。

 最後の行に記載された、初級冥府魔術――――判定「不」。

 見たくなかったその文字が目に入った。

 頭が真っ白になる。

 そして、最後はこの一文で締めくくられていた。


『上記の者は後日追試験を行う』


 退学に向けて一歩前進、あるいは帰郷に向けて一歩後退した。

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