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 ムルナ魔術学院の地下には堅牢な石牢がある。その存在を知るのは限られた者のみで、学院内で罪を犯した者や危険な人物を幽閉するために使われる。過去に何度か使用された例があるが、やはりそのことを知る者も少ない。


 その石牢に二人の人間がいた。片方は檻の外、もう片方は檻の中。獄中の人物は来訪者に何の関心も示さず、横たわる。

「堕ちたものじゃの、スタンプよ」

「………………」

「お前が作ったカエルパン、ありゃあ美味くなかったぞ。カエルを食べるにしても、違う調理法がよかったの」

「………………」

「……少し、話をしようか」

 反応がなくても構わず学院長は言う。

「お前、“魔法”についていろいろ探っていたようじゃが、察しの通り、そんなものはありゃあせん。お前が望むようなものはな。“魔法”とは技術であり、工夫であり、知恵である」

「………………」

「だがな、ひとつ疑問が浮かばんか。何故ただの工夫に“魔法”などと大仰な名前を付けて秘密にしなきゃならなかったのか。蓋を開ければ何の秘術でもない、奇跡でもないものに何故蓋をしなきゃならんかったのか」

「………………」

「あらゆる生物は神様から魔力を授かっておる。神罰を受け、魔力を持たない者を蛮族といい、区別する」

「………………」


「しかし、人間でありながら魔力を持たない者も、中にはいるんじゃ。……彼らは『異世界人』と称しておる」

「………………!」


「冥府魔術で繋がる異界とは全く違う、儂らの常識の埒外のところからやってくる者じゃ。彼女、イオン・テイルの母親もその『異世界人』、あるいはその末裔だったんじゃな。何らかの要因でわしらが生きるこの地へやってきた彼らはこの地の神の祝福を受けておらん。だから魔力を宿していないんじゃよ。魔力を持たない者は蛮族とみなされる。そうなると迫害されるのは目に見えているし、実際に悲劇も起こったようじゃ。彼らの故郷はわしらとは全然違う文明が発展したんじゃな、彼らは己の身を守るために元の居場所の知識、知恵を使って魔術めいたことをやってのけ、人々に蛮族ではないと証明した」

「………………」

「魔力がないことを“魔法”というベールで隠し、“魔法使い”を名乗ることでこの地の人間として溶け込むことに成功したんじゃ。それが“魔法”にまつわる真実じゃ」

「……何故、儂にそんな話をする」

「お前が“魔法”を欲していると知りながら放置していた結果が暴走を招いた。わしにも責任の一端がある。せめて真実を告げてやるのがお前にできる償いだと思ったのじゃ。学院長としての責任、かつての友としての責任、そして、彼らの末裔のひとりとしての責任じゃ」

「お前……」

「しばらくそこにおれば魔力を失って毒気も消えるじゃろう。その後のことはゆっくり考えるといい。反省して罪を償うもよし、そのままそこで朽ち果てるもよし。もしも出られるようになったら……一度、カエルでもつまんで酒でも飲もうか」



 結果的に、僕たちは退学にならずに済んだ。


 あの後すぐにロックくんが学院長を連れてやってきて、スタンプは連行されていった。どこかに閉じ込められるらしい。

「個人的に、インプについて探ってたんだ。そしたらキューク先生の研究室の近くで怪しいインプを見つけてね。学院長に報告して調べたら、どうもスタンプ先生が召喚したらしいってことがわかった。疑惑の証拠が挙がったからには学院長を動かすのは簡単だったぜ」

 もしかしたら僕たちが動かなくてもロックくんならひとりでスタンプの悪事を暴けたかもしれない。ただ、それではイオンさんも僕も、ひょっとしたらフランさんも危険な事態になっていた可能性が高かったので、僕たちが動いたことは正しかったと言える。


 そんなこんなで翌日。

いろんなことがあったけどそれはまだ昨日のこと。疲れが抜けきってないけど、僕は学院内を散歩していた。まだこれからもいられる学び舎を見ておこうと思ったのだ。

授業はないので、自由に散策できた。昨日の戦いの痕がそのまま残っている。何か言われるかと身構えていたけど、一切のお咎めなしだった。学院長に感謝。

「ん、あれは……クロテちゃん?」

 そろそろ昼時かなと思い食堂に向かうと、裏口から出てくるクロテちゃんと遭遇した。

「おや。ライトさんでしたっけ。お久しぶりというほど間は空いてませんが、とりあえずお久しぶりとしておきましょう」

「なんで食堂の裏口から出てきたの?」

「言ってませんでしたっけ? うちのパンはここの食堂にも卸しているんですよ。学生の数が多いからうちだけじゃなくて町中のパン屋からも取り寄せているようですが」

 ああ、そうか。彼女のパンを食べた時、どこかで食べたような懐かしい感じがしたのはそのためか。知らないうちに食べたことがあったんだ。

「ところで、イオンちゃんは一緒じゃないんですか?」

「うん、まあ。別に、ずっと一緒にいるってわけでもないし」

「当たり前です。ずっと一緒にいたかったのはわたしなんですから。でもまあ、こうして縁の薄いあなたと出会えたのですから、いつか必ずイオンちゃんとも出会えるってことですね。あなたはその試金石として重要な役目を果たしてくれました。感謝しますよ」

「……どうも」

 そういえばこういう子だった。本当、イオンさんのことが好きだな……。

 ふと思いついて、質問してみる。

「ねえ、クロテちゃん。イオンさんのどんなところが好き?」

「それはまたまた。愚問ですね。好きに言葉なんていらないでしょう。わたしはあの人の一部分が好きなのではなく、イオンちゃんの全てが愛しく思っているのですから!」

「そ、そうなんだ……」

 若干引きそうになる愛だけど、言っていることにははっとさせられる。

 好きに言葉はいらない、か。

「おや、おやおや? もしかしてライトさん、あなた、イオンちゃんのことが」

「いやいや、そういうんじゃないって! そういうじゃなくって」

 友達として、そう、友人として……一緒にいたいんだろう、この気持ちは。


「何がそういうんじゃないの?」

「うわぁ!?」

「うきゃあ!?」

 青い髪の少女が突如現れた。

 もう名前を忘れない、僕の友達。

 イオン・テイルさん。

「ど、どこから聞いてた?」

「ライトくんがそういうんじゃないーって言ってたとこ。何の話?」

「い、いや、なんでもないよ」

 ちらりとクロテちゃんを見る。なんとか誤魔化してくれ!

「い、イオンちゃん……ご、ごきげん麗しゅう…………。わ、わたしはまだ仕事があるのでまた今度ーっ!」

 逃げてしまった。

学院では恥ずかしがって逃げ回ってたって言ってたっけ。イオンさんに対する想いが強すぎるのも考えものだ。

「仕事ならしょうがないね」

「そ、そうだね」

 僕とイオンさんの二人きり。

 直前にクロテちゃんとあんな話をしていたからか、変に意識してしまう。

「ねえ、何の話だったの?」

「まだ続いてた!」

「言わないなら直接記憶を覗いてもいいんだよ」

「反則だ!」

 何のルールなのか知らないけど。

「ほらほら、私のことがなんだって?」

「イオンさん、もしかして全部聞いてた?」

「三秒以内に目を閉じてください。いーち」

「うわ、待って待って!」

 何をするつもりなのか、とりあえず従う他ない。


「ちゅっ」

「!?」

 頬に当たる柔らかい感触。目を開けると、もうイオンさんの姿はなかった。

「早く食堂行こっ! 座る場所がなくなっちゃうよ!」

 手を振り、先を行く彼女。

 しばし惚けた後、僕も続く。

 どうやら僕は彼女の“魔法”に――魔法にかかってしまったようだ。

 魅了の魔法に。

 

 僕たちはこれからもここで学び続ける。

 立派な魔術師になるために。

 何故なら、僕たちはムルナ魔術学院の“魔法使い”なのだから。

(了)

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