5-3
学院の裏は木が植えられちょっとした林になっていて、隠れるにはもってこいの場所。そこに身を潜めたところで開口一番、フランさんが、
「そろそろわたくしにも説明してもらえます? とりあえずあなたたちに合わせてみたものの、細かい部分が見えていませんの」
と言った。
そういえば彼女はこの件に何の関係もなかったにも関わらず、助けてくれていた。すごくいい人だ。でもここまで来たら無関係とは言えず、経緯を手短に話すことにする。
「ふうん、なるほどですわ」
説明すると言うことは必然、決闘でも僕が“魔法”の考えに頼った、言いようによっては姑息な戦い方だったことを自白しなければならなかった。だけど、そのことについて彼女は特に責め立てることはしなかった。
「負けは負けですわ。いつまでも終わったことにこだわらないのが真の一流ですのよ。それより、あなたたちにリベンジを果たすためにもこんなところで死なれたり退学にされてたまるもんですか」
「ありがとう。あんな奴に負けるもんか」
うまく隠れつつ学院長のところへ行き、告発する。そうすれば僕たちの勝ち。
それまでが勝負だ。一瞬たりとも気を抜けない。
「…………」
「ん、どうかした? フランさん」
「い、いえ、別に、何でもありませんわ。ちょっとだけ頼もしく見えたなんて思ったりして……って何を言わせるんで……」
「わーっ! こんなところで光っちゃダメーっ!」
「むぐむぐ」
慌てて口元を押さえる。隠密状態で隠れている今光られてしまったら、台無しだ!
「おまたせ。……って何してんの?」
ちょうどいいタイミングで、偵察に出ていたイオンさんが戻ってきた。
「どうだった?」
「ダメだね。完全に張られてる。どこを通ろうともインプの見張りがいたよ」
さすがは老魔術師、行動が速くて抜け目ない。
「あれ、だけどスタンプは二匹のインプも制御できなかたんじゃなかったっけ?」
「うん。だからか、命令はすごく単純なものみたい。その場でじっとして、動くものがあったらそっちを見るような感じだった。おそらく、インプが見たもの感じたものがすぐにスタンプに伝わるようになってるんだろうね」
「スタンプ自身がそこにいるようなものか……。じゃあ、見られないように倒しちゃえば」
「召喚したものに何かがあれば、それは術者に伝わる。結局は私たちがどこに隠れて、どう動こうとしているのかバレちゃうよ。学院長がいる研究棟までは距離がある。罠を張られる時間は十分にあるよ」
この林に逃げ込んだのはまずかったかもしれない。助けを呼ぼうにも人は寄り付かず、学院長のいる研究棟は遠い。
「いつまでもここにいるわけにもいかないし、外に逃げるのもよくないね。あいつが私たちに不利になるようなことをねつ造するかもしれない。ここでうまく逃げられても、今後は圧倒的に不利な状況が生まれるわ」
「そう、だね」
退路は断たれ、前に進むしかない。うまくスタンプを出し抜く方法が思いつかなければ、直接戦わなければならない。僕たちだけでやれるのか。
「ところで、なんでフランちゃんの口を押さえてるの?」
「え? あ」
ずっと押さえっぱなしだった手を離す。フランさんの顔が危ない色になりかけていた。
「コ、コロス気ですの……?」
「ご、ゴメン! わざとじゃないんだ!」
「窒息するかと思いましたわ」
「……」
呆れたようにイオンさんは見ていた。
「とにかく、スタンプにはこっちの術を無効にする手を持ってる。それをどうにかしないと、私たちは突破口すら開けないよ」
「強化したわたくしが蹴っても、手で触れられてしまうと術を消されてしまいますわ。そうなると仕留められませんわね。ちゃんと当てることができれば、一撃で沈めて差し上げますのに」
実際に蹴られた僕なだけに、その言葉には説得力を感じた。
あの手を、ディスペルを封じる手段か……。
「きゃあッ!」
短く、イオンさんが悲鳴を上げる。彼女が見るその方向に、僕たちとは違う影があった。
「クケケッ! クケケ!」
醜悪な姿のインプ。邪悪な笑顔を浮かべ、小躍りしている。
「我が内に流れる魔力よ! 我の武器は肉体、我を守るも肉体なり! ストロング・ワー!」
咄嗟の判断でフランさんはインプに飛び蹴りを喰らわせた。
「見つかりましたわ! こうなったら一か八か、わたくしがお二人を抱えて研究棟まで……!」
だけど、もう遅かった。
スタンプに僕たちの位置が知られるだけで、終わっていた。
僕たちが潜んでいたこの林が。
消滅した。
緑の多かった林の風景は一変していた。
もうもうと煙が立ち込め、むせ返るような臭いが立ち込める。木々はなぎ倒され土がむき出しに、大きな穴が空いていた。
「……うう」
僕は無事だった。ついでに、僕の下に潜り込むようにして黒ウサギもいた。
林の景色を変えた攻撃の直撃は免れていたとはいえ、これだけの破壊にも関わらず無事でいられた理由はすぐにわかった。
「フランさん!」
僕とイオンさんに覆いかぶさっている。あの一瞬で、僕らを庇ってくれていたのだった。
「き、効きましたわー……むきゅう」
全くの無事というわけにはいかなかったみたいだけど、とりあえず大丈夫なようで胸を撫で下ろす。
「今のはなんだったんだろう」
イオンさんに話しかける。
「多分、スタンプが高等な魔術を使ったんだよ。インプを通して私たちの居場所を認識して、空から攻撃したんだわ」
「その通り」
突然の声。その声は上から降ってきた。
見上げると、空に浮かんだスタンプがゆっくりと降りてくる。
「今のはメテオの魔術だ。ファイアボールの上級魔術で、巨大な火球を目標に落とす。儂だからこそ、この程度の被害で済んだが、もっと強い魔術師なら町ひとつ消し飛ばすこともできる。誰とは言わんがね」
地面に降り立つと、憎々しげに空を仰ぐ。その方角の先は研究棟。
「さて諸君、第二ラウンドといこうか」
強力な魔術を使った後だというのに、疲労が見られない。まだまだ余力を残している。
そんな相手に僕らはどう戦えばいいのか。攻撃力のあるフランさんはまだ動けず、二人でやらねばならない。
必死に考えていると、不意に肩に手を乗せられた。
「イオンさん?」
僕に微笑みかけると、立ち上がる。
「降参します。だからこの二人は助けてください」
「な……!?」
何を言ってる? 降参だって?
「ちょっと待ってよ!」
「これ以上友達が傷つくのは嫌。“魔法”でも何でも教えるから、二人は逃がしてください」
混乱する僕に構わず、そう言った。
「二人とな? 君自身はどうなんだい? いろいろ話した後は死んでもいいと?」
「望みが叶えば、私の命を奪う意味もないでしょ。どうせ学院にはいられないんだし。メリットなんてないわ」
「……その二人が儂のことを密告したら?」
「フランちゃんには口止めをお願いするしかないかなぁ。ライトくんは私と同じく学院を去らなきゃならないから口止めの必要もないよね。そうだ、ライトくん。せっかくだから落第者同士、どこかで一緒に暮らさない? 魔術とは関わりのないところで平和に暮らすの」
そう笑う彼女。
「儂に危険分子を見逃せと言うのか。フフッ。面白い。ここよりももっと遠く、二度と学院に関わらないところへ逃げるというならその願い、考えてらんでもないぞ」
何の、話をしてるんだ。
何を、勝手に話を進めてるんだ。
「イオンさん! あんな奴なんて信じちゃダメだ!」
これだけは言える。“魔法”について聞き出した後、イオンさんを亡き者にしようとする。奴の残虐さは彼女がよく知ってるはずじゃないか。
「ライト・アングルくん。彼女が最善と思ったことを信じてやってはどうかね。君らは助かるのだよ」
「それじゃイオンさんが助からないって言ってるんだ!」
「わからない小僧だ。何故そこまで彼女に肩入れする? 君も“魔法”を知りたいのかね?」
「友達だから助ける。理由はそれで十分だ」
助け合うのが友達。助けたいから友達。
一緒にいたいから、友達なんだ。
「ライトくん…………ありがとう」
しかし、イオンさんは僕に背を向けると、スタンプの方へ歩いていく。
「イオンさん!」
届かなかった。僕の言葉が。僕の気持ちが。
どんどんその背中が遠ざかっていく。
僕はこれ以上、何を言えばいいんだ。
何と声をかければいいだ……。
…………ん?
彼女は真っ直ぐ歩いているけど、その行きつく先はスタンプのいるところとは少しずれている。僕から見て左、スタンプの右側へ逸れていくように見える。
魔術杖を持っていない方へ回り込むような。
「!」
その意図に気付いた僕は走り出す。イオンさんの逆、奴が杖を持っている側へ。
通話の魔術を使わなくても、イオンさんの考えがわかる。
「そこを動くんじゃないッ! 我が内に流れる魔力よ! 彼の者を貫く矢じりとなれ! フォースボルト・カー!」
出鼻をくじくように、スタンプが右手から撃ちだした光の矢が僕の足に突き刺さった。太ももに痛みが走り、血が噴き出す。立っていられなくなり、転倒してしまった。
「やれやれ、やはり何かを企んでいたか。君の動きに注意していてよかったよ。トドメもさしておいた方がよさそうだね」
「我が内に流れる魔力よ! 彼の者を燃やす炎の渦にて焼き尽くせ! ファイアボルト・カー!」
イオンさんが炎を射出する。
スタンプの右手は今、僕の方を向いている。反対側からの攻撃に対応する、手を引き戻すわずかなタイムラグ。そこを狙い撃つ。
が、しかし。
「当然、君に対しても警戒は怠らない。残念だったね、お嬢ちゃん」
予見していたかのように、予測していたかのように、何の迷いもなく、何の動揺もなく、僕に向けていた手を横にスライドさせて炎に触れる。そこで炎が遮断され、スタンプまで炎が届かない。
今が絶好の機会。僕が動くチャンス。
「我が……ッ」
足の痛みで詠唱の集中が切れてしまい、杖を取り落してしまう。
触れようにも、這いつくばった姿勢では手が届かない。
腕を伸ばす。届け、届け……!
「…………」
僕の視界を黒いものが遮った。
黒ウサギ。
ウサギが僕の魔術杖を引っ張り、触れさせてくれた。
「お前……ありがとう」
言葉はわからなくても、気持ちは伝わる。あの魔術師を倒せ、と。
「我が内に流れる魔力よ! 彼の者を吹き飛ばす大風となれ! ウィンディ・カー!」
僕が術を放ったのはスタンプの左側から。
杖を持った左手側。
右手はイオンさんの術を防いでいる。
手がふさがっていれば、ディスペルは使えまい!
「舐めるな小僧ども!」
そこでスタンプは。ぐねぐねと曲がった杖を、魔術師の魂といえる魔術杖を。
地面に――――投げ捨てた。
「フハハ! 何を仕掛けようとしたのかわからんが、こうすれば左手でも術を消せる! このまま君たちの力が底をつくまで続けてもいいんだぞッ!」
両腕を広げ、左右からの僕らの攻撃を打ち消すスタンプ。
これ以上、僕にできることはない。
これで……。これで終わりだ。
「上出来ですわ、ライト・アングル! イオン・テイル!」
これで僕の役割は終わり――お前は終わりだ!
「何だと!」
「目を覚ますのにグットなタイミングでしたわね。体はもう十分にあったまってますの。…………わたくしに倒されるお覚悟はできまして?」
赤い光を帯び、スタンプを見据える。両手が使えず、フランさんの攻撃を防ぐ手立てはない。
フランさんの足元が爆ぜた。強化した脚力でのダッシュは大地を削り、赤い髪をなびかせて赤い線となって疾駆する。
「わたくし流格闘術――全力で思いっきりキーック!!」
「ぐおおおお!!」
魔術師の体を蹴り抜くがごとく威力で、豪快に、爆発的に、暴力的にぶっ飛ばした。
どこまでも飛んでいき、壁にめり込んで止まる。磔のような姿で動かなくなった。
僕と戦った時とは比ぶべくもない。これが彼女の、フラン・メルカリーの本気の威力。
こうして老いた魔術師の恐ろしい野望は砕かれた。
「ふふふ、あっけないですわね」
「私たちがひとりひとり挑んでも敵わないなら力を合わせればいい。足りないなら補え、が“魔法”の基本にして秘訣だから、これも“魔法”と言ってもいいかもね。私たちが三方向から攻める作戦、名付けて『トライアングル戦法』! これはライトくんのフルネームにもかかっててね」
「いや、そこまで説明しなくていいから」
「ですわ」