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5-2

「ライトくん、これはどういうこと?」

 先生の様子が変わったことに、警戒を抱く。

「先生は黒いウサギばかり集めていた。それは、こいつを探していたんじゃないですか?」

「…………」

「僕らの試験内容を記憶しているウサギ。記憶を覗かれると、不正がバレてしまうから」

「面白い冗談だね。だけど、そんな証拠はどこにもない。色が偏ったのはたまたまさ」

 当てずっぽうの思いつき。だけども、僕には確信があった。

「証拠は……こいつ自身です。こいつの記憶を学院長に見てもらえば、何が正しかったのかが判明します!」

 果たして。

 先生は。


「我が内に流れる魔力よ! 彼の者を光の紐で縛れ! バインド・カー!」


 先生が詠唱すると、光の紐が僕の腕、足を縛り上げる。

「きゃあっ!」

「何をするんですの!?」

「そんなことされちゃ困るからね。儂の仕事が終わらなくなる」

 一歩ずつ、じりじりと距離を縮めてくる。

「イオンさんへの脅迫文も、あなたの仕業ですね」

 その足が止まった。

「ライトくん、どういうこと……?」

 イオンさんの顔から血の気が引いていく。

「こうしてこのウサギを求めていることがその証しだよ。あの机にあった脅迫文は、スタンプ先生によるものだ。イオンさんを退学させるために」

「脅迫? 儂がその子の部屋に入って、机に彫ったとでもいうのかね。冗談も休み休み言ったらどうかな」

「先生、僕はイオンさんの部屋とは言ってませんよ。机は学院内にいっぱいあります」

「…………ッ!」

 僕もイオンさんもフランさんも、その動向に注視する。


 長い沈黙。僕の腕の中でウサギがきゅうと鳴くだけ。

「いやあ。歳をとると感情がコントロールできなくてうまくいかないね。反論よりも先に、君を殺したくてしかたないよ」

 イオンさんを見て言った。


「『お嬢ちゃん、すごい魔術を見せてあげよう』」


 最初は怪訝な顔だったイオンさんだったが、すぐにその表情が驚愕のそれになった。

「まさか……あの時の魔術師って……」

 彼女が過去に犯した、たったひとつの間違い。

 どこの誰とも知らない魔術師に“魔法”のことを話してしまったこと。

 その直後、不幸が彼女を襲った。

「公用と私用で姿を使い分けるのは基本だよ。儂のような魔術師にはな。……そういえばあの時も儂は失敗したっけな。君のお母さんから“魔法”を聞き出そうとしたんだけど、なかなか強情でね。つい殺してしまった」


 あまりにも普通に話される残虐な行為。

 告白でも懺悔でもなく、雑談でもするように。

「どうしても“魔法”が欲しかったから焦っちゃったんだな。その苦い経験にひどく落ち込んだものだよ、当時は。“魔法”を受け継いでいるはずの君も見失って、手がかりを失った」

 戦慄する僕たちをよそに、話を続ける。

「だからね、君が入学してきたときは喜んだよ。小躍りしたさ。この幸運を授けてくれた神様を信仰してもいいと思える程に。成長していてもすぐにわかったよ。そのきれいな青い髪、可愛い顔には昔の面影があったからね」

「わ、私も……殺すの?」

 声が震えている。無理もない。悲劇の引き金が目の前にいるのだから。

「聞きたいことを聞き出して、さっさと処分するのが一番いいんだけどね、そうもいかなかった。学院に所属した以上、不審な死は疑われる。学院が本腰を入れて動いてしまうと、儂といえどもここに留まるのは難しい。だから、学生じゃなくしてやればいいと考えたわけだ」

 自然な形での追放が、実力不十分での退学。脅迫は、それを促すものだった。そう考えると学年主任という立場は、実行しやすい立場だ。

「じゃあ何でライトくんまで退学にする必要があったの。関係ないじゃない」


「ああ、誤解のないように言っておくが、ライトくんが実力試験を落としたことに儂は干渉してないぞ」

「…………」

 は、恥ずかしい。

「しかしね、君らに繋がりがあったと知ったら放っておくわけにもいかなくなった。イオンくんから“魔法”について聞いている可能性があったからね。保険のためにも、逃がすわけにはいかないのさ」

「保険、ですか」

 学生じゃなくなり、学院の後ろ盾がなくなったところを――――

「どうしてそこまでして“魔法”なんかを求めるの」

「簡単なことさ。儂が弱いからだよ。ライト・アングルくんならわかるんじゃないかな。使い魔として召喚したインプもろくに制御できない魔術師なのさ。……そう、君らを襲ったあのインプは、儂の支配から逃げたものだ」

「僕にはわかりませんよ。人を不幸にしてまで求めようとすることなんて」

「そうか。儂と君は違うんだな。……学院長と儂は昔馴染みで、昔のよしみから学院にいさせてもらっている。そのことが我慢ならんのだ。奴を越えたい。奴の先をいきたい。そして願ったのが――“魔法”だった」

 どこまでも利己的で、自分本位で、自己的な願い。そんなことのためにイオンさんは悲しい思いを背負った。

 許されるわけがない。

 そんなこと、僕が許さない。

「儂を捕まえるか? 儂をねじ伏せ、従わせるか? 言っておくが、こんな儂でも見習い程度の君たちごときを葬るなんて、赤子の手を捻るよりも簡単だよ。それでも戦うかい?」

「いいや、戦わない。そんな必要はない。僕たちは……逃げる! フランさん!」

「お任せなさい!」

 拘束されたままの僕を担ぎ上げ、イオンさんの手を引いてフランさんは走り出す。

「それは面白い。君たちを逃がしてしまったら儂は大変なことになる。だけどね、もっと面白いシナリオがあるよ。『採点に不満を持った学生が先生を襲撃、やむなく応戦し死亡』とね。ちと時期が早いが、ここまで我慢してきたんだ。待ち遠しくって、少しくらい予定を早めたっていいはずだ」

 追いかけてくる。


「我が内に流れる魔力よ! 彼の者を、衝撃でもって撃退せよ! フォース・カー!」


 イオンさんが放った光の球は、当たると衝撃を発生させてダメージを与える魔術。実戦向けの術だ。真っ直ぐに飛んでいく光球は、目標に当たって弾ける。

はずだった。


「ムウン、小癪!」

 スタンプ先生……スタンプが手のひらで光球に触れた途端、球が消滅した。


「ディスペルといってね、上級の魔術師は弱い魔術程度、手で触れただけで無効化できるんだよ」

「そ、そんなのってあり……?」

「君たちがもっと勉強すれば習得できるんだがな。ここで死ぬ者には関係ないことだ!」

 いくつもの苦難を潜り抜けてきた魔術師。僕たちとは次元の違う強さを持っている。

「……あ」

 老人ながらも矍鑠とした動きで近づいてくる。だというのに、イオンさんはプレッシャーに呑まれたのか動かない。

「イオンさん!」

「何をしてますの!」

 僕たちが呼びかけるも、動き出せずにいる。

 僕は腕を伸ばそうとするけど、魔術の拘束が解けない。

 と、僕の腹の辺りでむずむずと何かが蠢いた。

 抱えたままだった黒ウサギが顔を出した。


「~~~~~~ッ!」


 ウサギが鳴いた。耳を突き抜けるような、耳を突き刺すような高い音で、学院中に轟くんじゃないかと思うような大きな声で鳴いた。

「――、行こう、二人とも!」

 今ので重圧から解き放たれたようだ。フランさんと共に逃走を始める。

「びっくりした。そのウサギ、自分の死期を悟って命乞いでもしたのかな? まあ、見逃すわけもないがね」

 唐突に、僕を縛る術が解かれた。いったい何故?

「注意なさい! 仕掛けてきますわ!」

 見ると、スタンプは曲がりくねった魔術杖をこちらに向けている。詠唱を始めたのか、光が集まっている。

「速く! もっと速く走りますわよ! 光になるくらい!」

「む、無茶言わないでーっ!」

 魔術に呼応するように、奴の足元に黒い渦が発生した。どんな魔術を使う気だ?

「むおッ! な、なんだこれは!」

 うろたえている? 黒い渦も含めて奴の魔術じゃないのか?

「……あ」

 あれは……ウサギだ。

 さっきまで眠っていた、二十、三十ものウサギがスタンプの体にまとわりつき、杖によじ登ろうとしている。

「あれはお前がやったのか?」

 腕の中の黒ウサギはじっとその光景を見ている。さっきの鳴き声はウサギを起こして命令するものだったのか。

「とにかく今の内だよ。逃げましょう!」

「おのれ、待てい! 絶対逃がさぬぞ!」

 怨嗟の声がどんどん遠くなる。

 かくして、僕たちは一旦魔術師の脅威から逃げ出すことに成功した。


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