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3-3

 僕は地上にいるイオンさんを見る。彼女も僕を見ていた。決して冗談を言ったわけではない、真剣な眼差し。

 僕が“魔法”を使うって?

(そんなの無理だよ!)

 この僕がいきなり“魔法”なんて使えっこない。それでもイオンさんは確信を持って言う。

(大丈夫だよ。“魔法”は中身を知っていれば誰でもできる。私にもできるし、ライトくんにもできる。だって、“魔法”は……ああっ!)

 途中で悲鳴に変わる。

「よそ見していてよろしくて?」

 フランさんの声が近くから聞こえる。突き刺さっていたところへ目を向けると、石畳に穴が空いているだけですでに彼女の姿はない。どこに行った?

(下だよ! 壁よ!)

 屋根の淵から下を覗き込む。

 フランさんが、歩きながらこちらに向かってきていた。

 階段を優雅に登ってくるのか? 否。


 壁に足を突き刺して、垂直に歩いてきたのだった。


「――――ッ!」

「おほほほほほほほほほほほほほ。この程度の高さで逃げおおせたなどと思わない方がいいですわよ。わたくしにとっては散歩道も同じッ!」

 心底楽しそうに笑いながら壁に穴を空け、優雅に登ってくる彼女。

 怖い! インプなんかよりよっぽど化け物じみてる!

(すぐに離れて!)

 慌てて飛行する。

僕の魔力じゃ、あまり長い間飛行できず、高くも飛べない。基本的にどこへでも行けるのがフリーエリアルールだけど、学院外に出る時は魔術杖の持ち出しに許可が必要なのは変わらず、必然的にフィールドは学院内だけになる。

だから、僕が逃げられるところはより限られてくる。

「逃がしませんと……言いましてよ!」

 フランさんが壁を蹴り、飛び上がると僕の杖にしがみついた。

「え? うわあああ!」

二人乗りができるほど僕は器用じゃない。飛行状態を保てず、高度が下がっていく。

「お、重いいいいい!」

「誰が重いですってぇ!? 失礼にもほどがありますわ!」

「うわ眩しい!」

 激しく赤色に輝く彼女の姿に、目がくらむ。

 その隙を突かれた。ぐんと体を大きく揺らし、反動でくるっと回り――僕の頭が足で挟まれた。太ももでがっしりと捕えたれ、締め付けられる。

 そして、そのまま前に回るようくるっと回転し、クルっと回転し狂って回転し回転し転回し。

「ですわですわですわですわーッ!」

「うわああああああああああああ!」


 地上へと叩き付けられた。

 頭が、首が、背中がしたたかに打ち付けられ、骨が軋みを上げて激しく痛む。情けなのか、叩きつけられたのは硬い石畳ではなく、生け垣だった。もしも地面にぶち当たっていたら、命にかかわっていたかもしれないと思うとぞっとする。


「ライトくん!」

 意識が飛びそうになるのを繋ぎとめてくれたのは、イオンさんの声だった。魔術による通話ではなく、生の声。目を開けると、彼女が駆け寄ってくるのが見えた。その手には、僕の魔術杖。白かった杖が黒く変色している。さっき受けた攻撃が杖にも及んでいたようだ。これでもう一度攻撃を受けてしまうと、僕の負けだ。

「もうやめよう! これ以上は命に関わるよ!」

 泣きそうな声で懇願する。

 諦めた方がいいのか?

 僕じゃ勝てないのか?

 僕の力じゃ勝てないというなら――――


「イオンさん、僕に“魔法”を教えて」

 できるだけ小さな声で言う。圧倒的な力量差を埋めるのはそれしかない。

 ここで負けてしまうとフランさんに口止めができないし、僕は約束通りイオンさんから離れなければならない。

 それは嫌だ。

 イオンさんのために、そして僕自身のために、負けたくない。

 言葉を口にせず、彼女の目に訴えかける。正直、喋るだけで肺が痛む。

「………………」

 やがて、イオンさんは言ってくれた。

「……わかったよ。ここまできたら、最後まで足掻いて――勝っちゃおう!」

 僕に顔を寄せ、“魔法”のなんたるかを教えてくれる。

「いい、“魔法”っていうのはね。――――」

 その事実にまずは驚き、それなら誰にも使えるという先の言葉にも納得した。

 僕は立ち上がる。

「相談は終わりまして?」

 フランさんは待っていてくれたようで、腕を組んで僕らの後方で佇んでいた。

「わたくしに倒される覚悟はできまして?」

「残念ながら、僕は負けるまで諦めないんだ」

「それは立派な心がけですこと。ならばせめて、わたくしを楽しませてから負けなさいな!」

 杖を構え、術を行使する。


「我が内に流れる魔力よ! 彼の者を吹き飛ばす大風となれ! ウィンディ・カー!」


 杖から発生した強風がフランさんに向かう。

「この程度で吹き飛ばされるような足腰はしておりませんわ!」

 顔を腕で覆うも、まるで効いた様子はない。普通にやって吹き飛ばせるなんて思ってない。

 だけど、枝や小石くらいなら風に乗せることができる。

「こ、この、小癪な……」

 フランさんが僕を生け垣に落としたことで、折れた枝や葉がたくさんある。それらを巻き込むように風を送っている。

「我が内に流れる魔力よ! 彼の者を燃やして打ち砕く火の玉となれ! ファイアボール・カー!」

 それに紛れるように火球を飛ばした。

「なんですって!?」

 二種の魔術を同時に行使するのは確かに難題だ。元々の魔力が弱く、威力が低い術しか使えない僕以外にとっては。

 弱い威力ということは必要な労力も小さく、それが二倍になったところで劇的に扱いが難しくなるわけではない。ちょっとばかり踏ん張れば、僕でもできるのだ!

「ですわーーーー!」

 火球が命中したフランさんが、軽く悲鳴を上げた。強化状態の彼女に、それほどダメージが通るとは思ってなかったのに。

 風は火に勢いを与え、より強い炎となる。


「続けて命じる! 我が内に流れる魔力よ! 彼の者を燃やして打ち砕く火の玉となれ! ファイアボール・カー!」


 続けて火球を放つ。

強風の中では目を開けていられないようで、手で風を防いでいなければならない。加えて、枝や小石による障害。それに続くように、火球が飛ぶ。彼女にとって避け辛い攻撃となった。

これが“魔法”の成果なのか。

イオンさんの言葉を思い返す。


――いい、“魔法”っていう魔術は存在しないの。言ってることが矛盾しちゃうけど、まずは思い込みをなくしてね。私がインプを倒した“魔法”、覚えてる? あれはね、インプを燃えやすくする仕込みをしていたの。妙な臭いがしてたのに気付いたかな。あれは火が燃えやすくなる液体だったの。逃げられる直前にその液体をかけておいた。そこに火球を打ち込むことで、火の勢いを増したの。それが私がお母さんにもらった“魔法”のタネ。


――つまり、“魔法”の正体は、別の要因で威力を底上げした魔術なのよ。持っている魔力の弱い魔術師が編み出したって聞いたわ。魔術師っていうのは己の魔力のみを信用し、術を使うもの。何かの力を借りちゃったら、自分の力が弱いって言ってるようなものだからね。だからこそ、その発想がない。簡単に騙せ、大きく見せることができる。


――ライトくん、自分の力だけで戦うんじゃないの。ここにあるもの全てが魔術の助けにつながる。木、土、水、空気、どんなものでもだよ。何が使えるかを見極めるのよ。


「こういうこ……となんだね」

 とっさに思いついたのがこの策だった。「風」で「障害物」を飛ばす。ひとつひとつをばらばらに放っていても通用しないそれらを組み合わせることで、フランさんにダメージを与えることができた。


 力が及ばないならば、足せばいい。

 これが“魔法”。


(今だよ、ライトくん!)

(うんっ!)

 作戦通り、飛行の術で上空へ飛ぶ。

「ッ! 待ちなさいな!」

 それを阻止しようとフランさんが跳躍する。そのジャンプであっさりと僕の足を掴まれた。

 これでいい。

(さあ、今だよ!)

 正直、心の準備その他もろもろの時間が欲しいところだったけれど、四の五の言っている場合じゃない。せめてもの防護策としてフランさんの顔を直視しないように目を瞑って叫ぶ。


「や、やーい、脳みそ筋肉!!!!」


「な、な、ななんですってぇ!!!?」

 激昂した彼女の体から強い赤色の光が放たれた。

 目が眩むほどの眩い光。

 この瞬間、彼女自身も見えてないはずだ!

 僕は急上昇を始める。すると、足に掴まった手があっさりと離れた。

「んなッ!?」

 強化された握力がそう簡単に外されるとは思ってなかっただろう。だけど、イオンさんにはわかっていた。

 強化の効果時間がこのタイミングで切れることを。


――気持ちが昂ると魔力が漏れ出て、光となって見える体質の魔術師がいるって聞いたことがあるの。フランちゃんもそのひとりだろうね。わざと怒らせて隙を作り、かつ強化魔術が切れる瞬間から意識を遠ざければ攻撃のチャンスが作り出せる!


 この作戦を立てたのは言うまでもなくイオンさんであり、さっきの暴言も彼女が用意した台本なのであって、決して僕の意見ではなかったことは強く主張しておく。

「おのれええ!」

 鬼のごとく顔を歪め、落下していくフランさんはとっさに防御の構えを取った。素の力でも僕を凌駕する自信があるのだろうし、カウンターで逆に僕がやられる危険性が高い。だけど僕の狙いはまだ攻撃じゃない。急旋回し、彼女に向かって術を放つ。

「我が内に流れる魔力よ! 彼の者に安息なる眠りをもたらせ! スリープ・カー!」

「そんなものが効くとでも……ッ? な、なん……ですって……!?」

 その驚きは二重のもの。攻撃のチャンスに攻めてこないこと。そして、僕の魔力じゃ通じないはずの、眠りの魔術が効いたこと。

 肉体にかける術は解けた直後は気が緩みやすく、精神に作用する魔術に対する抵抗力が低下する、とはイオンさんの知識。

「うおおお!」

 だらりと手足を投げ出し、落下していくフランさんを追いかける。勢いが付けば飛行の術を解いても追いつけた。

 彼女の杖に手をつき、唱える。


「我が内に流れる魔力よ! この手に触れしものに火を付けよ! ファイア・コー!」


 手のひらから熱が生まれ、火が杖の表面を焦がした。すると、杖全体が白から黒色に変わる。僕の攻撃が成功したとの判定だ。

「やった!」

 この僕がフランさん相手に一矢報いることができた。

(ライトくん、下、下!)

「あ」

 どかん、と。

 避けようもない落下の結末、すなわち地面に激突した。

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