3-2
「決闘はフリーエリアのロッドブレイクバトル一本勝負ですわ!」
戻ってきたフランさんは白く長い杖を二本持っていた。服装は動きやすそうなラフな格好になっていた。それでも各所に散りばめられた刺繍は上品さを際立たせる。
決闘には専用の魔術杖を使用する。いつも使っている黒い木の杖よりも長く、身の丈ほどもある。この杖は魔術による攻撃を二回受けたと判定すると粉々に砕ける仕様で、先に相手の杖を破壊できた方が勝ちとなる。
「さすがに学年トップクラスのフランちゃんとライトくんじゃ、実力に差があるよね。私がライトくんのセコンドにつきたいんだけど、いいかな?」
「いいですわよ。勝ち目がないからってやけっぱちになられても興ざめですわ。やるからにはわたくしも楽しめる戦いを望みますわ」
それを聞いて、イオンさんは僕に向き、杖を構える。
「ライトくん、戦闘中に私と意思疎通できる魔術をかけるよ。……我が内に流れる魔力よ! 彼の者に我が声を届かせよ! ツー・カー!」
杖から発せられる光が僕と彼女を包み込んだ。
(聞こえる? ライトくん)
「うわ、びっくりした!」
突然声が耳元から聞こえ、びっくりする。
(しゃべらなくてもこれで会話できるようになったよ)
(うーん、考えるだけで伝わるって慣れない感覚だなぁ)
まるでイオンさんが耳のすぐそばにいるようで、こそばゆいというか落ち着かないというか。
(あまり変なこと考えると私にもわかっちゃうよ)
(筒抜け!)
(そしてそれは私も同じ……)
(ブーメラン!)
あまりにも唐突に決まってしまった決闘。対抗策を考える時間なんてなかったために、戦う中で彼女に相談し、随時作戦を建てなければならない。アドバイスをもらう前にあっさり負けてしまう、なんてことがないようにしなければ。
フランさんが用意した決闘用の杖を受け取る。長い割に重量は軽く、取り回ししやすい。
僕はそれを手に携え、フランさんは背中に背負った。
「確認しますわ。わたくしが勝てば、ライト・アングル、あなたはイオン・テイルと縁を切り、わたくしの下へ来ること」
「僕が勝てば、フランさんは僕の望みをひとつ叶えること」
「異存は」
「なし!」
ギャラリーはいないし、公正な審判もいない。己の魔力に誓い、約束を違えないと宣言する。
互いに距離を取ると、場を緊張感が包む。
フランさんがコインを取り出し、それに口づけする。上に向かって放り投げた。これが地に着いた瞬間、戦いは始まる。
(ライトくん、始まりと同時に後ろに下がるべきだよ)
イオンさんのアドバイス。それに従おう。
チャリン、と。
戦いの合図が鳴った。
まずはバックステップで後退、相手の出方を伺う。
「我が内に流れる魔力よ! 我の武器は肉体、我を守るも肉体なり! ストロング・ワー!」
駆けてくる彼女が光に包まれる。と思った次の瞬間には、僕の目の前に足があった。
「ッ!?」
勢いを乗せた飛び蹴り。避けられず、腹に突き刺さった。穴が開くかと思うような痛み。胃液が押し出されるような不快感。矢じり形に折り曲がった僕の体は吹っ飛ばされる。
「逃がしませんわ!」
飛んでいく僕の足を掴まれ――逆方向に、力任せに叩き付けられた。
「がはっ!」
背中から落とされ、息が詰まる。
(前に!)
考えるよりも先にその声に従い、体を前に転がす。直後、後ろから爆ぜるような音がした。
顔だけ向けると、そこにはフランさんが生えていた。
いや、そんなシュールな光景じゃない…………突き刺さっている!
フランさんの両足が石畳を踏み抜いて、突き刺さっていた!
「杖を狙ったのですけど、あまりシャカシャカ動き回られるとあなたの体を蹴り貫いてしまいますわね」
そう言って、彼女はおほほ、と笑った。
フラン・メルカリー。
名門の令嬢にして学院有数の実力者。
怖っ!
「あ、あら?」
ん……なんだか様子がおかしい。
「足が……足が抜けませんわ!」
「…………」
突き刺さった両足を引き抜こうと悪戦苦闘する彼女の姿は、なんとも、その、間が抜けて見えた。
(ライトくん、今のうちに空に逃げて)
(う、うん)
杖にまたがり、飛行の術をかける。ふわっと浮き上がり、そのまま上昇した。ぐんぐん高度を上げ、そばの建物の屋根に降り立つ。
(大丈夫、ライトくん?)
(なんとか……すごく痛かったけど、ドングリの木のてっぺんから落ちた時よりはマシだよ。それより、フランさんのあのパワーは何?)
(あれは肉体強化の魔術だね)
自身の肉体に魔術を通し、骨肉を強化する。遠距離からの攻防が主となる魔術師同士の戦いには珍しい、接近戦向けの魔術。
(あの状態で杖を攻撃されたら、魔術攻撃と判定されちゃうから気を付けて)
とんだ魔術師もいたものだ。魔術師じゃなくて武闘家としてもやっていけるだろう。
(あの術を使ってる間は他の魔術が使えないはず。今のうちに準備を整えよう)
複数の魔術を同時に行使するのは難しい。行使に必要な集中力が倍以上になるので、どうしてもひとつひとつの魔術がおろそかのなり、結果的に別個に行使するよりも散漫な術になってしまう。治癒の魔術のようにあらかじめ組み合わせる術が決まっているものは、最小の労力で使えるように体系づけられているけど、そういった術は限られている。
僕が高いところにいれば、フランさんは追ってこない。
(準備って?)
(ライトくんが勝てるようにするために“魔法”を教えるの)