竹田風太はバイトをはじめる。
はぁー。マジで金がない。この前3000円も払っちゃったしなぁ・・・ほしかった漫画も全巻一気に買ったし、おかげでお年玉貯金が底をつきそうだ。
でもなぁー、バイトとか人と関わるイベントしかないよな。俺はそういうの苦手だし。どうするかなぁ・・・と学校の自習室で財布をジーっと見つめながら悩んでいると、アニメみたいな可愛い声で、声をかけられる。
「どうしたの?深刻そうな顔して。」
それを聞き、声の方向に目をやると、そこにはヒナが立っていた。絶壁。
「いや、金がなくて。」
俺は財布を見せながら言う。
「うわ、ほんとだ・・・すっからかん。」
ヒナは哀れむように俺を見る。
「だろ、でもバイトするのもめんどくさいと思って。」
「ないなら、バイトしろ。」
と間を空けることなく言われた。たしかに、バイトすることが一番の方法。
「そういうヒナは、バイトしてるのか?」
「してるよ!メイドカフェで。」
どんどん自信がなくなるように声が小さくなり、俺は聞き取れなかったので
「え、なんて言った?」
「だ、だから、メイドカフェでバイトしてるの。」
なんで一回で聞き取れないのよ、ぷんぷんと怒っている。メイドカフェか、行ってみたかったんだよなぁ、とメイドカフェ童貞を捨てようとしていると
「変、だよね。メイドカフェでアルバイトしてるっていうと、なんか変な目で見られることが多くて・・・」
ヒナが俯きながら言う。そんなことない立派な職業だ。コミュニケーションのプロにしかできないからな。
「いや、俺はすごいと思うぞ。客にああやって奉仕できるのはすごい、すごいよほんとすごい。」
とすごさを伝えようとするあまり語彙力をなくしてしまった。
「そういう反応されるのはじめてかも。」
ヒナはビックリした顔で言う。
「そうなの。まあ世間はそういうのにつめたいからな、ほんと生きにくいよ。」
とアニメとか漫画見てるだけで、キモい扱いされる世の中への不満を吐き出していると、ヒナがニコニコしながら
「ありがとっ!あのさ、今度来てよ?」
と誘ってくる。でも、ちょっと恥ずかしいな、クラスメイトにやってもらうのは・・・
「いや、いいわ。」
というとヒナはガサゴソカバンを漁り始めた。目当てのものを見つけ、それを取り出して
「そっか・・・せっかく特別ご奉仕券あるのに。」
と、取り出した紙をピラピラ見せびらかしてくる。
「あ、ごめんなさい。さっきの取り消します、行きます、店の住所と名前よろしくお願いします。」
「いいよ、えっとね・・・」
と携帯を取り出して、住所を送ろうとしていたが、何かに気づいて
「あっ!ふーちゃんのLINEなかったんだ。だからLINE教えて?」
「分かった。」
俺はポケットから携帯を取り出して、QRコードを表示した。それをヒナが読みとって
「ふーちゃんのLINEゲット!」
と喜んでいる。
「じゃあメイドカフェのやつ送っといてくれよ。」
「うん、分かった。」
と携帯をぽちぽちイジり送信してきて、俺の携帯に通知音がなり確認した。
「あー、あそこか。」
「そうだよ!あ、あとあげた特別ご奉仕券ちゃんと確認しといてね。絶対にきてくれないと許さないから。」
と言い残して去っていった。行くに決まってるだろ、ニャンニャンしたいんだよこっちは。あ、そうだ特別ご奉仕券確認しとかないと・・・えーどれどれ、ん?メイドに俺が特別ご奉仕?は?3000円!くそっ騙された。俺が特別ご奉仕(現金)かよ・・・
本当にどうしよう、さらに出費が増えた・・・頭を抱えて悩んでいると、またまた声をかけられる。
「どうしたのふーちゃん?」
と声がした方向に目をやると、加藤さんが心配そうにこちらを見ている。
「あのですね、お金がなくてですね、困ってるんです。しかもメイドカフェ予約しちゃったし・・・」
「お金ないと困るもんねぇ・・・え!なんでないのにメイドカフェいくの?」
加藤さんはノリツッコミみたいなことをしてくる。
「まぁ、それはいろいろあってですね・・・」
「そ、そう。いろいろあるんだね。」
と少し引き気味だった。まあそれも仕方ない、金がないやつが金がかかるとこに行くんだから、引いてもおかしくない。
「だから、バイトしようと思うんですけど、なかなか決断できなくて・・・」
というと加藤さんはうーんと考えながら
「バイトね・・・僕は、飲食店だったよ。結構つらかった思い出があるよ。でも慣れると簡単だけどね。」
「じゃあ、飲食店はやめときます。辛いのはいやなので。」
「ふーちゃん・・・働くことはつらいんだよ。」
と加藤さんに神妙な面持ちで言われた。現役でサラリーマンしている人に言われると、説得力がある。
「ですよね・・・そうですよね。」
「そうだよ、つらくない仕事なんてないよ。そうだ!僕も一緒にバイト探すよ。」
と手をグッドにしてこちらに向けてきた。
「は、はぁ。じゃあお願いします。」
「よし!じゃあ決まり。どういうことしたい?」
と空いていた隣の席に座った。
「どういうの、ですか・・・できるだけ楽なやつですかね。」
「そういう考えは捨てよう。」
と一瞬で切り捨てられた。俺の希望は却下されるの?まあ、でも一緒に探してくれるのは嬉しいな。
だめだ、まったく決まらない。楽なやつを探そうとすると、「アットホームな職場です。」といかにも地雷感のあるものしか出てこない。
「ほんとバイト探すのって、難しいですね。」
「だねぇ。昔と比べていろいろありすぎて難しいね。」
加藤さんも少し疲れている。
「少し休憩しますか。」
「そうだね。」
はぁー、と2人でため息をしていると、またまたまた声をかけてくる。
「2人で何してんの?」
この声は、と見ると西川が立っていた。ビッグマウンテン。
「いや、バイト探してんの。」
「ふーちゃんお金がないみたいでさ、僕も一緒に探してるんだ。」
それを聞いた西川が、俺の前の席に座る。
「へぇー、あんたバイトするんだ。多分向いてないよ。」
と西川は辛辣な言葉をぶん投げて来る。ほんと口悪いなこいつ。まあでも間違ってはいない。
「向いてないよなぁー、やっぱバイト探すのやめよっかなぁー。」
と俺は愚痴るように言った。すると西川がそれを聞いて俺を睨みながら
「だから、そんなブクブク太るんだよ。運動のつもりでバイトしろ。」
そうか、今までは働くという気持ちで探していた。だから、あまり気持ちが乗らなかったんだ。しかし、運動して痩せる目的としてなら、お金ももらえて、痩せて、一石二鳥じゃん。やるじゃん西川!と俺は立ち上がって、西川の肩をポンと叩き、大きな声で
「ありがとう。おかげで働く気力が湧いてきたよ。よし、おれはやるぞーーーーーー。」
西川と加藤さんはドン引きしていた。
「あいつ、急になんなの?頭おかしいの?」
「ふーちゃん、時々おかしいときあるからね。」
なんか悪口を言われてるような気がするけど、そんなことどうでもいい。働く気になったからな。ガハハ
いやいや、働く気は出たけど・・・決めきれなくなったちゃったよ。コンビニとスーパーには絞り込めたけどなぁ。相談するにも加藤さんと西川は授業に行っちゃったし。スマホをジーっと見つめながら悩んでいると、またまたまたまた声をかけられる。
「ねぇ、そんなスマホ見つめて何してるの?」
と声の方向を見やると、中島が首を少し傾げながらこちらを見ている。
「いや、あのねバイトしようと思ってさ。」
というと中島は目を見開いて
「え、ふーちゃんが、、働く・・・明日雪でも降るのかしら。」
どんな奴だと思われてるんだよ、動くときは動くよ、ごく稀に。
「そんな反応やめて。傷ついちゃうから、メンタルブレイクされちゃうから。」
と某有名ボッチみたいな口調で喋ってしまった。すると中島が
「ご、ごめん。ちょっと意外だったから。」
「まあいいけど。」
「で、何を悩んでるの?」
と俺のスマホを見るために近づいて覗いてくる。中島の顔が俺の顔のめちゃくちゃ近くにきていて、女の子のいい匂いがしてくる。すると中島がスマホの画面を見て
「コンビニでバイトするの?」
とただでさえ顔が近いのに、横を向いて俺の目を見てくる。あまりに近いので俺は少し体をのけぞり、目をそらしながら
「いや、あの、コンビニかスーパーで迷ってまして。」
それを聞いた中島は、俺の横から前に移動し、えっへんと言わんばかりに腰に手を当てて
「私、どっちもしたことあるよ。」
と自慢げに言ってくる。
「マジで!先輩教えてください。どっちがいいですか?」
と俺は神様が舞い降りたとおもいテンションが上がった。すると先輩と言われた中島は天狗になっていた。
「先輩が教えてあげよう。ズバリ・・・」
「ズ、ズバリなんだ?」
中島はテレビ並みにためてためて
「コンビニが一番楽しい!」
「理由は?」
中島は少し考えてから
「廃棄がもらえる!」
「決めた。俺、コンビニでバイトするわ。」
「え、はや。」
廃棄もらえるなんて最高じゃん。弁当食い放題ってことだろ・・・決めたよ。俺、コンビニ行きます。痩せる?そんなのどうでもいいんだよ、食べれればそれでいい。俺は立ち上がり、中島の手を握った。
「ありがとう。おかげでニート脱却だよ。」
中島は突然手を握られて顔が真っ赤になっていた。
「お、おめでとう。あの、手、離してくれない?恥ずかしいから。」
それを聞いた俺はすまんすまんと手を離した。普段なら俺も恥ずかしくなっているが、これからエンジョイ廃棄LIFEが始まると思うと、そんなこと頭にすら浮かばなかった。
だが、こんな夢を見ている俺は、これから地獄のコンビニバイトが始まることを、そして一切廃棄がもらえないことをまだ知らなかった。