竹田風太は人生のどん底を経験する。
現在の俺のスペックはごく普通だ。竹田風太という普通の名前だし、勉強は中の上、運動神経はなく、暗くて歪んだ性格、人の気持ちを考えないし人と関わることをやめたデブで、顔は痩せたらイケメンというまさに「THE普通の人間」だ。じゃあ紹介が済んだので、なぜこうなったかを俺の過去の話を見て知ってもらおう。
俺は小さい頃から親に言われていたことがある。
「人の気持ちを考えて行動しなさい。」
正直「勉強しなさい!」よりよく聞いた言葉だと思う。
たしかに重要なことだ。人の気持ちを考えられないことはクズだ。そう考えながら学校生活を送っていた。重い荷物を持って困っている友達がいたら
「手伝うよ」
と声をかける。泣いている友達がいれば
「大丈夫?」
と声をかける。怒っている友達がいれば火に油を注がないように徹底していた。そんなことをしているうちに自然と友達が出来ていた。
順調に小学4年生まで上がった。大人になっていくのは嬉しいものだが、この頃からデブだった俺にとって嫌な行事が1つ始まってしまう。マラソン大会だ。毎年秋になると始まるこの行事は、4年生以上は絶対に参加しないといけない。まずグラウンドを一周し、そのあと校外にでて3キロ先にある大きい公園を目指すのだ。運動神経は自信をもって「ない!」と断言できる俺には本当に憂鬱な行事だ。休めるなら休みたい。
そのことを伝えようと、家に帰り母に相談した。だが母は許してくれない。母は俺の頭を優しい笑顔で撫でながら
「私は風太にマラソン大会にでてほしいの。お母さんの気持ちわかるでしょ?」
俺は母の撫でる手を振り払い
「そんなのわからない!」
優しい笑顔の母だったが、その笑顔がなくなり険しい表情に変わった。その表情に恐怖を感じ、一歩後ろに下がろうとしたのだが、母に腕をつかまれた
「風太は人の気持ちがわかるのでしょう?ならいうことを聞きなさい。」
表情と違い声は優しかった。
たしかにそうだ。俺は人の気持ちを考えて行動してきた。なら母の気持ちも考えるのは当たり前の話だ。そう自分を納得させ、母を見つめた。
「ごめんなさい。俺・・・マラソン大会頑張るよ。」
その言葉を聞いた母はにっこり笑いながら
「さすが風太ね。ほんといい子。」
母のいつもの暖かくて優しい声だ・・・よかった。そう思った。でもどこかで寒さと違和感を感じた。
それからは毎日、家の周りを走り続けた。学校が終わるとダッシュで家に帰り。ランドセルを置いてすぐに
「お母さん!走ってくるね」
家じゅうに響く声で伝えた。母はそれに負けないぐらいの声で
「頑張るのよー!でも車には気をつけてね」
「わかってるよー」
とドアからとびだした。
毎日走ることをはじめてから数週間・・・いつもより体が軽く感じ、まるで宙に浮いてるような感覚だった。スタミナもつき、クラスの友達からは
「風太やせたじゃん!」
「最近かっこいいね」
と言われるぐらいになった。多分この時の俺の鼻は天狗以上に長かっただろう。やはり努力は裏切らないんだなぁと心の中で思っていた。
季節は変わり、半袖では少し肌寒くて長袖の生徒が増え、木々も紅く色づき秋を感じさせてくれた。
それと一緒に俺も変わっていた。世間ではデブと言われる体型だった俺が、ちょいぽっちゃりぐらいの体型になり、色白だった肌もコッペパンの茶色の部分くらいに焼けていた。俺は鏡をみながら
「別人じゃん」
と呟くくらいに引き締まっていた。いやいやこんなこと言ってる場合じゃないと顔を2、3回ほど叩き
「今日はマラソン大会だぞ。頑張るんだぞ。俺。」
と言い聞かせていた。そう、今日は待ちに待ったマラソン大会だ。日々の練習の成果を披露する時がついにきた。俺は足早に準備を済ませて、母に
「いってきます。」
といいダッシュで学校に向かった。母は用事があり今日は応援に来れないらしいががんばろう。
学校に着くと、いつもとは違う光景だった。学校の名前が書かれたテントがたくさん張られて、大きくスタートと書かれた看板がたっていた。それをみて本当に今日が本番なんだなと実感した。
教室につくと同時に朝の会のチャイムが鳴った。席につくと先生が話をはじめた。
「今日は、待ちに待ったマラソン大会です。頑張りましょう!」
「はーーーーーーい」
クラスのみんなが元気よく返事をした。先生はそれを聞くと笑顔になり
「お!みんな元気いっぱいだね~。よしっ、じゃあそろそろ運動場に移動しようか。」
いよいよ本番だなと、緊張で喉がカラカラなのを水筒に入ったお茶で潤して席を立った。
運動場につくとそこには4年生以上の生徒が集まって、始まるのをまだかまだかと待っていた。俺は指定された場所に座り、スタートの合図をまっていた。
するとマイクを手に取った校長先生が
「おはようございます。」
と元気よく挨拶をした。まあ校長の話が長いのは決まっているので割愛。
全員が一斉にスタートするわけではなく、学年ごとに走っていく。最初は6年生、次に5年生と、もうすぐはじまるんだなと手を強く握っていると、体育の先生が
「4年生。位置について・・・よーい」
パーンッ
と大きい音とともに一斉に4年生がスタートした。まずはグラウンドを一周する。だいたい200メートルだろうか、俺はみんなに必死についていった。
グラウンドを走り終えると校門から外に出る。この時点で俺はビリだった。みんなに合わせることに必死でもう息が上がっていた。俺が校門から出た頃にはみんなと大分差をつけられていた。でも俺はやると決めたらやる男だ。自分の胸を強く叩き、絶対完走するぞと心に決めた。
周りが工場地帯になり海が見えてきた。ここは夜には綺麗な工場夜景がみえることで有名な場所だ。ということはもうすぐゴール地点の大きな公園だ。沿道にはたくさんの保護者がいた。当然ビリの俺は応援されながら歩くスピードと同じくらいで走っていた。応援をうけてスピードを少し上げ最後の力を振り絞った。応援の声がどんどん大きくなり、生徒の姿がたくさん見えてきた。
「ゴールだ」
思わず声を出してしまった。あとはもうゴールテープまで走るだけだ。
「ガンバレーーーーーーー」
たくさんの声援に思わず手を振りながらゴールまでひたすら走る。そして両手を上げながらゴールテープを切った。やった!その瞬間クラスのみんなが駆け寄ってきて
「おめでとう!」
と言われた。みんなに祝われたことと完走したことに嬉しくなり涙がでてきた。するとなぜかみんなが泣きだし、なぜか先生も泣いていた。先生は俺を抱きしめると
「本当に本当によく頑張ったな。風太の努力しているところはみていたからな。ほんとすごいよ」
先生はちゃんとみてくれていたようだ。それを感じてまた涙が流れた。努力してよかったとそう感じた1日だった。
日付は変わり、学校につくと昨日の光景とはちがった。というよりいつもの日常に戻ったという感じだ。今日は愛校時という時間があり、いつもの朝の会の時間が清掃に変わる。清掃といってもほうきで教室を掃除するわけではなく、草むしりが主になる。俺は昨日の余韻に浸りながら雑草をひとりで毟っていると、目の前に2人の足が見えた。俺はそれに気づき顔を上げると、一人が声をかけてきた。
「昨日・・・かっこよかったよ。ふーちゃん。」
ふーちゃん?え、俺はじめてそんな呼ばれ方したよとかしかもカッコいいってマジかよとか思っていると、さらに喋ってきた。
「なんかさ、がんばって走ってる姿みてたら、あの・・・」
と頬を赤らめ声もだんだん小さくなっていった。そうするともう一人の方が
「真衣と一緒であたしもカッコいいなって思ったよ。」
こちらも頬を赤くしている。俺は突然のことで他に言葉が浮かばず
「そうなんだ・・・ありがとう。」
としか言えなかった。突然のことというのもあるが彼女たちに声をかけられたのがうれしいしありえないことだったから。なぜなら彼女たちはスクールカースト最上位に君臨する、超かわいい女の子達だからだ。最初に話しかけてくれたの有元 真衣だ。ショートカットでどっちかというと美人系で身長も高く、スタイルもいい。正直芸能人にいてもいいぐらいだ。ベースボール部に所属しており、運動神経は抜群だ。男子の中では一番人気の女の子だ。そしてあとから話しかけてくれた方は花川 優衣。ヤンキー美女という感じで、小学生のくせに茶髪巻き巻きロングヘアだ。気が強くクラスを仕切るタイプで怖いが、その綺麗な顔とツンデレな感じが男子からは2番目に人気だ。その2人がスクールカースト中位の俺に声をかけてくれて、しかも2人ともカッコいいって・・・明日、俺死ぬのかなと思うほどだ。とか考えていると有元が俺の身体を揺さぶりながら
「ねぇ?わたしの話聞いてる?」
と上目遣いできいてくる。俺は目を逸らしながら
「あぁ・・うん。聞いてるよ。」
「それならいいけど・・・」
と頬を膨らまして言った。俺はそれをみて悪かったと思い
「ごめんね。その、突然だったからさ、どう対応していいかわからなくてさ。あの」
「いや、全然いいの。でもこれからはちゃんと聞いてね。あとこれからは一緒に帰ろ。」
突然の誘いに戸惑っていると花川と有元が
「あ、あたしも一緒だよ」
「約束だからね」
と言い返事する間も無くそのまま2人は手を振って遠くに行った。
それからは、毎日学校でしゃべって、学校が終われば一緒に帰るという日々が続いた。たぶん、今思えばモテ期だったのだろう。スクールカースト中位だった俺はいつしか上位にまで上り詰めた。たくさんの友達ができて、たぶん100人くらいいた。たぶんね。特に仲が良かったのは有元だ。クラスもずっと一緒だったし、班も一緒だった。何をするにも常に一緒だった。そして俺はいつしか彼女のことが好きになっていた。
6年生になり、卒業式ももうすぐだ。花川は他に好きな子でもできたのか知らないがあまり喋ることは少なくなっていた。
それ以外はいつもと同じだ。授業をうけ、休み時間は友達と喋り、一緒に給食を食べて、午後の授業をうける。そして放課後は掃除の時間だ。掃除はいつも有元と一緒だった。2人で理科室に行き、俺が掃除用具入れから一式取り出し、ほうきを有元に渡す。そして楽しくおしゃべりをしながら掃除する。いつもの流れだ。
だが今日はいつもの有元とちがった。俺との会話がぎこちなく感じた。俺はその違和感に我慢できずに有元に聞いた。
「今日、どうしたんだ?」
有元は恥ずかしそうに目を逸らしてこう言った
「あのさ、ふーちゃんって好きな子とか、、いるのかな?」
俺は目の前にいるんだけどとかおもいつつもそんなこと言える勇気もなく、恥ずかしかったので声を絞り出すようにいった
「好きな人は・・・いないかな。」
有元の瞳はプルプルと揺れていた。ほうきを持っている手は震えていて今にも落としてしまいそうだった。俺は何を思ったのか知らないがさらに彼女を傷つけるようなことを言ってしまった。
「好きな人とかそういうのあんまりなんだよ・・・その・・・勉強が大事というかさ。とにかく今はそんなのいらないんだよ。」
俺は、彼女のことが好きなのに拒絶するようなことを言ってしまった。昔から人の気持ちを考えろと言われてきたのに・・・こんな大事な時に考えることができなかった。ほんと最低だ。でも言ったことはもう訂正できない。リセットできないのだ。
有元は持っていたほうきを落とし、理科室から立ち去った。ほんと、俺って最低だ。クズだ。
綺麗に桜が咲いている。満開だ。まわりには新しい生活が始まることにウキウキしている人や、どんよりしている人とさまざまだ。俺も中学生になり新生活を始める1人だ。あの出来事以降は有元とは常に一緒というわけではなくなった。たまに喋る程度だ。でも、俺の好きという気持ちはいまでも変わらない。あんなことがあっても。
中学2年生ぐらいになると携帯を持ち出して色気付くやつが多くなる。とかいう俺も親にねだり携帯を買ってもらった。だって思春期だもん。まあ、とりあえず仲良いやつとメアドを交換した。もちろん有元とも。久しぶりにしゃべった気がする。でも実際に会ってしゃべったわけではないが、メールはそれほど遠くない距離でつながっているような気分になる。そして普段言えないようなことも言えるようになる魔法のアイテムだ。こうしているとなぜか昔のことを思い出してしまう。常に一緒にいて楽しかった日々を・・・俺はついメールに自分の好きという気持ちを有元に突然送ってしまった。するとすぐに返信がきた。
差出人 有元
宛先 xxxx.docamo.jp
ごめん。いまは他に好きな人がいるの。
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そりゃそうだ。一回拒絶しているから。それにあれから1年以上経ってるしなと思い、返信した。
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宛先 有元
差出人 xxxx.docamo.jp
わかった。返信してくれてありがとう。
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少ない言葉だったが、ずっといっしょにいたから伝わるだろう。さあ、今日はもう遅いし寝るかと目をこすりベッドに寝転んだ。
朝、学校に行くといつもと様子が違う。俺が通るとヒソヒソと話している声が聞こえる。まさか告ったの知られてるのかと思い不安になりながら自分の席に座った。だがその不安は的中していた。クラスによくいるリーダー格のひとりが俺の前に来て大声で
「おまえさ、有元に俺の女になれとか言ったらしいじゃん。まじキモいよ。」
と笑いながら言ってくる。それを聞いたみんなも指をさして笑ってくる。たしかに告白はしたがそんなことは言っていない。俺は立ち上がり反論した
「たしかに告白はしたけど俺の女になれとか言ってない!」
するとリーダー格の男が俺を睨みつけながら
「ふーん。それで?キモいからまじでしゃべんなよクソデブ。」
クラスのみんなもそれにつづいて
「クーソデブ」
と復唱する。俺は悔しくて悲しくてその場にいられなくなり家に帰った。
そして有元にメールを送った。
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宛先 有元
差出人 xxxx.docamo.jp
昨日のことみんなに言ったのか?
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すると1分もたたないうちに返事がかえってきた
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差出人 有元
宛先 xxxx.docamo.jp
言ってないよ!本当に。そのことについて相談するために優衣に言っただけだよ。
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そうか、そんなものだよな。広まったことはもうどうしようもないよな。俺は問い詰めることは辞めた。有元は何も悪くない。悪いのは俺だ。拒絶したくせに今更告って・・・気持ち悪いよな。そうだ有元に返信しとかないと
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宛先 有元
差出人 xxxx.docamo.jp
いや、俺が悪かった。ほんとうにごめん。お前が気負う必要はないからな。学校でもみんなに訂正しなくていいから。
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せめて彼女を守るためにも噂はそのままにしておこう。
いつものように学校にいっても、もうそこにいつもの日常はなかった。上靴は隠されていて、机には死ねだのキモいだの落書きだらけ。ヤンキーに校舎裏に連れていかれて暴力まで振るわれた。耐えれるわけがなかった。そんなことが始まって1ヶ月。俺は学校に行くことをやめた。惨めな自分が嫌になり自殺を考えたこともあった。担任からは
「クラスの子が待ってるよ」
とか、クラスみんなの早く来いよみたいな手紙を持ってきて見せてきたり・・・俺はこれ以上傷つきたくないので先生にお願いした。
「もう、やめてください。・・・これ以上俺に関わらないでください。放っておいてください。放っておいてください。頼むから放っておいてくれ。」
涙を流しながらそういった。自分が悪いのはわかっている。自分が原因なのもわかっている。でもこれ以上傷つきたくないのだ。
中学校には卒業するまで行くことができなかった。担任は普通科の高校にはいけないと言われた。それはそうだ出席が足りないのだから。なので選択肢は通信制の高校しかなかった。私立の通信制ではたくさんのサポートがあり自立支援してくれるらしいが学費が大学並みに高い。俺はこれ以上親に迷惑をかけれないと思い、家から近い公立の通信制の高校に入学することを決めた。授業料は年1万以下で安い。ここしかないと思った。
こうして俺は人の気持ちを考えることをやめた。人と関わることもやめた。そんなことをしても意味がないし傷つくだけだと気づいたからだ。
そんなことで傷つくくらいなら友情なんて必要ない。
次回から、高校生編がはじまります。お楽しみに。