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第6話 明かせない vsクラゲ

 「あなたどうしてここに!?」

昨夜、サイに似た外見の巨大怪獣が暴れているとの通報に、スクランブル発進した丘チーフ率いるSDTUの攻撃ヘリが現地に到着した時には、既に怪獣はどこにも見当たらず、損壊した川手山麓の村と崖崩れか地面陥没が起きたような大きなクレーターが確認されるばかりだった。着陸して現場検証を行う丘のレシーバーに“サイが1頭増えた”との連絡が入り、地元警察車両に便乗して神奈沢動物園に急行すると、インドサイの展示スペースの前で雑班の名取仁子がおずおずと出迎えたのだった。

「実は通報を聞いて、居てもたってもいられなくなって皆さんが発進する直前、ヘリの貨物室に乗り込んじゃったんです。到着後はジェニファーの通信が気になって、真っ直ぐこっちに」

「あなた、谷底に落ちた時もシートベルトしてなかったって言うし、規則や命令違反が趣味なの?」

「申し訳ございません!」

丘に最敬礼する仁子。大きな仁子が腰を折った向うでは、初冬の澄んだ朝の空気のもと運動場で2頭のサイが気持ちよさそうに首をぶつけ合って挨拶を交わしているのが見える。

「まあいいわ、どっちがどっちか私には全然判らないけど、増えた方は例のサイだったの?」

「あっ、見た目少し大きい方がヒロ、それが彼の名前ですがスマトラサイです。先ほど遺伝子保存センターの職員が来られてDNA検査中ですが、外見上は間違いないとのことでした」

「昨夜大暴れしそして突然消滅した巨大な怪獣はやっぱり彼だったのかな?モグラやハヤブサと同様の事案ってこと?」

オレンジのユニフォームに防弾ジャケット姿の丘が、顎に人差し指をあてて首をひねる。

「それはわかりませんが、少なくともいっしょになった2頭はとても幸せそう。種の保存の問題があるにせよ、このまま暮らせるといいですね」

グレーのパンツスーツのお尻の汚れに両手をあてて、仁子が微笑んだ。腕組みしてあきれたような、諦めたような目つきで仁子を見上げた丘が、

「現地指揮権は私にある。名取仁子はこのまま本業に従事して」

仁子の鼻先に人差し指を突き付けた。

「えっと本業って?」

「何言ってるの、雑班のミッションは特殊災害被災地の現場検証と復興支援でしょ!」

「失礼しました!名取、行って参ります」

背筋を伸ばし自衛隊式の挙手の敬礼をして仁子は駆け出していった。


 「うわ~、地震災害と違って上部から強い力で圧し潰されたため、屋根すら原形を留めず本当にペチャンコだわ。その数十トンの強い力は私の背中がかけた荷重なんだ」

“アン!”サイに放り上げられ地面に叩きつけられ、蹴られて転げまわるシーンが仁子の脳裡でフラッシュバックする。

「パパ~、サキたちのお家なくなっちゃったね。モヒカンドリ大丈夫かな?」

黄色いジャンパーの下にアニメヒロインが胸に描かれたピンクのジャージが覗く幼い娘の手を引く、黒のジャージ上下の避難民の父親は、しばし呆然と瓦礫の原野で立ち尽くす。村民に犠牲者が出なかったのは、仁子がサイの突進をしばし食い止めた成果なのだが、今こうして崩壊した街区で呆然とする住民を目にすると、慚愧の念がこみあげてくる。

<大きくなって闘うリスクと責任ってこんなに重いんだ。一歩間違えれば、私があの人たちの命を下敷きにしたり踏み潰したりしてたかも知れない。宇宙生命体のウルトラマンなら”背に腹は代えられぬ”で割り切れても、私はこの通り地球人類。過失致死いやこの場合は未必の故意が当たるかも。でもそんな逡巡してたら、ウルトラマンもとっくに負けて、今のこの世界は存在しなかったのかな?あ~、また”どうしたら”って言っちゃうよ。。>

両手で頭を抱える仁子。その時さっきの父親が娘にこう答える。

「ねえサキ、大昔から人間はね、地震や台風やいろんな自然の災いや、時には昨日の怪獣みたいなのが現れて幸せな生活を邪魔されてきた。神様は”おい人間調子に乗るな”って戒め、試しているんだろうね。だからその都度”私たちはまた頑張りますよ!”って立ち上がるんだ。今回はサキやパパたちの番だね。モヒカンドリ救出作戦からだ!」

「うん、サキも頑張る!」

<私も頑張る>

零れ落ちる熱い涙、嗚咽の止まらない口元を左手で押さえて、何度も何度も頷く仁子であった。


 「マサコお姉ちゃんさようなら」

「あ~、モヒカンドリくん見つかったんだ。よかったね早紀ちゃん!パパやママやみんなとまた楽しい村にしていってね」

「任せてちょうだい!」

瓦礫の下から無事見つかったお気に入りの赤い鳥のぬいぐるみを大事に抱える少女に、だいぶ様になってきた自衛隊式敬礼を返す。仁子はあれから加藤班長ら雑班メンバーと合流して現地に留まり、寝る間を惜しんで特殊災害賠償法に基づく村の再建策を約2週間で立案して帰途についたのだった。


帰京して間もなく、仁子は庁舎内の解析ルームにいるジェニファーに呼び出された。ドアを開けると20畳ほどの部屋の目にする壁3面は、全国に設置されたセンサーデータや監視カメラ映像を表示可能なコンソール類で埋め尽くされ、機器作動表示LEDの点滅が眩しいほどだ。部屋の中央には腰ほどの高さの大きな書見卓が設置されているが椅子はない。この味気ない樹脂製のテーブルに、ワインレッドのタイトスカートの左右のスリットを強調するように軽く腰掛け、同色のショートブーツの足首をクロスさせたジェニファーが微笑みかける。

「いらっしゃい、仁子」

ブラックフリルの襟の付いた純白のブラウス、首元にはチョーカー風のゴールドネックレスが大粒のパールを一つぶら下げて、いつも通りエレガントな佇まいのジェニファーが、これまたいつも通りの味気ない青の防災服姿の仁子に静かに語りかける。

「これを見て。破壊された村の防犯カメラ映像よ。サイは何かにぶつかって前進を阻まれているように見えるわね。ほらここ、ムーンウォークしてるのかしら?後ろに下がってる」

そこでカメラが大きく揺れ映像が途切れた。ジェニファーが手にしたリモコンを操作する。

「現地に設置されてた他のセンサー類の反応データを切り分け分析してみたの。この震動波形を見て。震動波が重ならないのよ。つまり震動源はサイ以外にもう一つあったってことよ」

「二つ?」

仁子がひとつ唾を呑み込む。

「そう二つ、二体って言った方がいいかしらね。サイの進行経路データが途切れたこの巨大クレーターも変よ。段丘縁りの地質の境目だけど、そんなに都合よく断層や陥没が発生するとは思えない。この穴が一瞬で形成されるのに必要な自然エネルギーはマグニチュード6クラスの直下型地震よ」

「どういうこと?」

ジェニファーがゆっくりとテーブルから身体を起こし、両手で宙を続けて掻く。

「掘ったのよ。サイじゃないもう一体が」

瞳を揺らめかせる仁子の背中に冷や汗が一筋。

「つまり私たちは不可視な何者かに守られたってこと。例えば前世紀の怪獣大量襲来時代のウルトラヒーローとか。それならSDTU到着時にモグラが衰弱してたことや、ハヤブサが尾根の向うで突然消滅したことも含め合点がいくわ」

「でも彼らはちゃんと私たちの目に触れてたじゃない。映像も残ってる。それに一連の事象をウルトラヒーローの存在に帰結するのは、人間の甘えのような気がする」

「”高度に発達した科学は魔法と区別がつかない”、見えない理由はその辺りかな?彼らの目的は判らないけど」

再びテーブルに後ろ手でもたれたジェニファーが、ゆっくりと右手の人差し指を上げる。

「そうそう。もし不可視のウルトラヒーローがいたとして、今回は女性なんじゃないかと思うの」

「女性?」

「戦うっていうよりむしろ相手を救おうとしている。その行動は慈愛に満ちていてとっても優しいのよ。そうまるで仁子みたいに」

「何が言いたいの、ジェニファー!」

背中をつたう幾筋もの冷や汗が腰の辺りで合流していく不快感が、仁子の声を上ずらせる。腕を組んだジェニファーがゆっくりと彼女の周囲を巡り始めた。

「私がサイの進路を特定して通報したことがあったでしょ。その直後不可視のヒーローいやヒロインね。彼女の動き、さっき見せたサイじゃないもう一体の行動トレースが明らかに変わったわ。つまりヒロインは私の通報を聞いてたのよ。それに大事なことをもう一つ、一連の巨大生物出現時にあなたを。。」

彼女が言い終える前に仁子が強く言葉を被せる。

「ジェニファー!今日はとても興味深い仮説をありがとう。確かに話の前半は科学的分析に裏打ちされていて、見えない何かが存在するのかも知れないと思ったけど、後半はあなたの推理や感想だけじゃない。超優秀な科学者のあなたから、ファンタジーを聞かされるとは思わなかったわ。でもこれだけは言っておく、私たち人類が人外の力に頼って自らの努力を放棄したら、彼女は二度と現れないと思う」

本当はこの場から一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られつつも、ジェニファーの鳶色の瞳に自らの黒い瞳を敢えて暫く突き合わせてから、ゆっくりと仁子は解析ルームを出ていった。腕を組んだままふっと息をつくジェニファー。

「仁子ったら、現れてもいないのに”彼女”だって。解析データじゃなくてこの目で見てみたいなあ、強くそして美しく躍動するヒロインを」


 「やっと病院のベッドとおさらばしたと思ったら、最初の任務が雑班の運転手ってか」

「ミスターウエハラ、美女3人を同時にエスコートするチャンスなんて、任務以外のあなたの日常で起きる確率は1‰(パーミル)以下よ」

「へいへい。もっともこちらにおわす姫様たちは、怪獣も裸足で逃げ出す強者揃い。俺のガードなんて不要でやんしょ。ほ~らあっちも、あっちもそんなお顔をしてらっしゃいますぜ」

ここは太平洋上、SDTUのジェットヘリは南西諸島の中ほどに位置する阿嘉利(あかり)島へと向かっている。ぼやく上原の隣では丘がわき目もふらず運航計器類をチェックし、後部座席には操縦手に突っ込みを入れるジェニファーの隣に、そっぽを向いて窓の外を眺める仁子が座っている。あの一件以降仁子とジェニファーは仕事上の会話以外はしていない。

「上原君、沖縄本島を航過して東シナ海に出たら南南西に変針して。あと15分で現着」

冬晴れの陽光が、沖縄本島を挟んで太平洋の群青と東シナ海の翡翠、見事なコントラストを演出する。

「ワオ、ビューティフルシー!お仕事なのが残念ね」

「まもなく目標海域に入ります」

「ミスオカ、積んできたセンサー類のスイッチを入れてくださる。ミスターウエハラ、高度を海面近くまで下げて」

 2週間ほど前から阿嘉利島周辺海域の潮汐に異常が観測され始め、満干潮の時間帯以外で最高潮位が計測されたり、満潮予測水位を大幅に超える海面上昇により港周辺が冠水するという実害までもが報告された。近隣他島の潮汐に異常はなく、局地的この現象の原因に月の引力変化は考えづらいため、特殊災害の可能性を調査するため異変調査、災害処理班のジェニファー・コントレラス博士と名取仁子班員が派遣されたのである。更に今回は、巨大サイ出現時の初動対応の遅れをマスコミに糾弾されたことも踏まえ、二人の調査員に当初からSDTUが機材を提供し、隊員二名を帯同させている。

 「上空から目に付く異常はなさそうね。取得したデータを母船で解析してみましょ」

手にしたタブレットから顔を上げてジェニファーが指示した。

「阿嘉利島ってまっ平な島っすね」

「海底火山活動ではなく、サンゴ礁の隆起で出来た島ですから。なので島内に川もありません」

「じゃあ水源はどうしてるの?」

「島に大量に降る雨水を、浸透率の高いサンゴでできた石灰岩層と水を通しにくい土台の泥岩層の間に地下水として溜め込んでるので、琉球列島内では水利に恵まれている島の一つなんですよ」

丘の質問にすらすらと仁子が答える。

「お前、詳しいなあ」

「あっ、えっと私これでも土木工学専攻なんで」

実は仁子の両親はアーリーリタイアメントして、今この島に移り住んでいる。温暖な気候の沖縄への移住を決意した両親のため、沖縄各島の生活環境について細かな分析をして、阿嘉利島を推薦したのは仁子自身だった。

<本当は久しぶりに父さん母さんの顔見たいけど、こんな格好で突然会いに行って危険な仕事に就いていると覚られたらと思うと>

「あれが母船ね。上原君、着艦よ」

青い海原に白い航跡を引く海上保安庁の大型巡視船のアッパーデッキ後部、大きなHの文字の上にヘリがフワリと降り立った。


 早速船上で巡視船が海上、海中で、ヘリが上空からそれぞれ収集したデータをもとに合同検討会が開かれたが、潮汐異常の原因は特定できず、ただ異常発生の不規則性から自然現象によるものではないとの結論にはいたった。ジェニファーの提案で赤外線監視カメラやセンサー類を取り付けた自立型ブイを、島の隆起地盤と外洋の境目付近に等距離に投入することとなり、巡視船は日没過ぎまでにグルリと島を一周して作業を終え、そのまま沖に投錨したのだった。


 「何、この揺れ?」

居住スペースの簡易ベッドで仮眠していた仁子が身体を起こす。室内のデジタル時計は6時半を示しているが、舷窓の外は漆黒の闇。冬の沖縄の日の出は遅くまだ夜明け前だ。ゆらりゆらりと動揺が続き、ピピピピピイ~!隣のベッドのジェニファーの枕元に置かれたタブレットがけたたましい警報音を発する。似合わない防災服姿のジェニファーが、頭を掻きむしりながらタブレットを手にした。

「早速お出ましだわ。B3エリアに設置したブイからの映像よ」

仁子が駆け寄る。

「何これ、クラゲ、よね?」

「生物学的にはそのようだけど、この大きさよ」

ジェニファーが指を滑らせると、ポップアップウインドが開いた。

「傘の直径40m!ってことはこの揺れの原因はこいつが巻き起こしてるうねり?」

「そのようね。潮汐異常はクラゲの浮上と沈降によるものと結論付けられるわ」

横から指を出して仁子が別のデータを引き出す。

「こいつ島に向かってゆっくり移動してる。島に近付いて水深が浅くなるとうねりの周期が短くなって波長は大きくなる。平らな阿嘉利島はうねりに呑み込まれちゃう」

<お母さんたちが危ない>

キュ~イン!ハウリングの音に続いて船内放送が流れる。

「船内に達する。本船は現在大クラゲの進路上に位置している。危険を回避するため抜錨して緊急出航準備に入る。各員救命胴衣を着用して配置に付け」

続いて居住区にオレンジのコンバットスーツ姿の丘と上原が顔を出した。

「この船には大した武器は積んでない。ヘリで攻撃してヤツの動きを止め、進路を変えさせる」

「丘さん、私も連れてってください!」

「バカ言え、少しでも軽い方がヘリの運動性能が上がるんだよ!」

上原が拳を握った右腕を上げる。

「雑班は雑班の役割があるでしょ。これは私たちSDTUの仕事。上原君行くわよ」

「あいよ!」

駆け出す二人を追って、アッパーデッキに出た仁子の視界に阿嘉利島の灯が入る。風に乗ってサイレンの音も流れてきた。たぶん避難指示が出たのだろう。しかしそれも一瞬、ヘリのローター音がかき消して、丘たちが出撃していった。

<あの平らな島に逃げ場はない。変身してクラゲを何とかしなきゃ。でもついこの間ジェニファーにあんなこと言っちゃったばっかりだし、安易に手を出しては>

腹の下から震動がせり上がってきた。エンジンに火が入りプロペラが回り始めたようだ。さっきまでの船体の横揺れが収まる。ガラガラガラ!前方でアンカーを巻き上げるウィンドラスがフル回転している音が響く。舷側のハンドレールを握りしめ懊悩する仁子の後ろを、配置に付く乗組員たちが駆け足で行き交っている。彼らの足音に仁子が振り向いた。

<たった1機で巨大クラゲに立ち向かう丘さんたち、必死で船を守ろうとするこの人たち。みんな誰にも甘えてなんかない。みんな目の前のやるべきことに全力で取り組んでる。自分の力を出し惜しみして甘えてたのは私だったんだ>

「私もやるべきことやる!」

拳を握り力強く呟いた仁子の傍らに、いつのまにかジェニファーが立っていた。

「ねえ仁子。今から独り言をいうね。クラゲはね、漁網に引っかかったりして身体がバラバラになっても、発芽細胞から再生するのよ。ゆっくりとね。じゃあ私も私の仕事をしにブリッジに上がるわ」

ジェニファーはそう言い置くと、彼女にしては珍しく駆け足で振り返ることなくデッキを去っていった。コンコンチキチンコンチキチン、祇園囃子を奏でる仁子のスマホに映し出された映像には。


 「ふえ~、やっぱでけえ!」

上空からサーチライトで照らし出されたクラゲは傘を進行方向に傾け、収縮と膨張を繰り返すことで推力を得ているようだ。後方には数本の長い触手をたなびかせている。

「こいつはミサイルで駆除でいいんですよね?」

「クラゲに脳細胞はない。進行方向から刺激を与えれば向きを変えるはず。機関砲で威嚇してみよう」

ズドドド、ドン!砲弾が傘に着弾しているのは間違いないが、クラゲの動きに変化は見られない。旋回して再度試みるが結果は同じ。

「これ以上こいつを島に近付かせるわけにはいかない。駆除に切換える。ミサイル発射用意」

「了解!」

クラゲに正対したヘリからミサイルが飛び出す。シュ~ン!しかし着弾したミサイルは、クラゲの柔らかい傘に包み込まれるように受け止められて信管が作動しない。

「チクショ~!」

「上原君、もっと奴に近接して再攻撃するわよ」

高度を下げたヘリにスルスルと何かが絡みついた。

「何、どうしたの?」

クラゲの長い触手がヘリの後部を捉えて離さない。

「ジェット噴射で離脱!」

「ダメです」

その時シルバーボディにグリーンのストライプの巨大化したヒロインがクラゲの傘の上に現れる(もちろん丘たちには見えていない)と、すぐさま左腕のゴールドの蝶をブーメランに変えて、ヘリに絡む触手に投げつけた。スパン!ヘリに近い位置で触手が切断された。しかし、突然拘束を解かれたヘリはバランスを失い、ジェット噴射の勢いで海面に向かって突っ込んでいく。

<危ない!>

ヒロインが咄嗟にクラゲの傘を蹴って海面に向かってジャンプし、ヘリを受け止めた。ガシン!ザッブ~ン!お腹から着水しても懸命に腕を差し上げて機体を海面上に支える。

「どうしたんだ?」

上原がヘルメットを押さえる。

「何が起こったの?私たち何かに受け止められてる?」

水平面を取り戻したヘリはローターの推力で上昇し始めた。

一方、海に浸かった仁子はクロールでクラゲに向かっていくが。

<私、水泳は学校の授業でやっただけ。水中でどう闘えばいいんだろう?>

クラゲの傘に取り付いた仁子は闇雲にパンチやキックを繰り出すが、さすがのM90パワーも水の抵抗に減衰され、ダメージを与えられない。スルスルスル、触手が仁子の身体に巻き付き、海中に引き込んだ。両腕を張って縛めを解こうとする仁子に、触手から電流が流れる。ジ~~イ!青白く発光する触手からの激しい刺激がヒロインを襲った。

「ア~ン!」

悲鳴を上げ悶絶する仁子。腕ごと触手に巻き付かれているためアームレットにも触れられない。ボディのストライプがたちまちイエローに変わる。電気ショックに意識朦朧となったヒロインの抵抗が弱まると、クラゲは触手を巻き上げ、傘の中心の口吻から彼女の身体を吸い込み始めた。頭、胴体、脚、順々にヒロインの身体がクラゲの傘に取り込まれていく。今や膝にしか認められないストライプがレッドに変化し、仁子は完全にクラゲに呑み込まれてしまった。口吻から役目を終えた触手がスルスルと引き出される。このまま消化されてしまうのか?仁子最大のピンチ。

 動きを止めたクラゲは獲物の消化にエネルギーを使い始めたようだ。1秒2秒3秒。。

<もっと大きくなれ!>

縛めから解放された仁子はクラゲの体内で粘液に苦しみつつも、アームレットに触れて強く念じる。M90星人から教えられていない技だが、彼女に残された戦法はそれしかなった。

バチバチバチ!クラゲの傘が眩い光を発する。

「おいおい何だよ!」

態勢を立て直したヘリで上原が叫ぶ。丘は閃光に思わず顔に掌をかざした。

次の瞬間、ズッ、バ~ン!クラゲの傘が爆発し粉々に砕け散った。四散したクラゲの身体がバラバラと落ちた海面には、身長60mまで更に巨大化し、レッドストライプをスプラッシュさせた仁子が身体を仰向け大の字にして漂流する。飛び散った巨大クラゲの構成物をつぶさに観察すると、ポリプと呼ばれる発芽細胞が見られることを知っている者は極わずかしかいない。

 東の海面がオレンジに輝き出した。日の出の時刻になったようだ。

<やばい。見えちゃうよ>

曙光を顔に受け、仁子が慌てて縮小→瞬間移動→変身解除モードに入るが。

「うん?海面に大きな銀色のひと形が!」

「え、どこですか。何もいませんよ」

「黎明時の幻だったかな?帰ろう上原君」

「はいさ!」


 「やった~!」

母船のブリッジでは、ブイからの現場映像を映し出すタブレットをチャートテーブルに置いたジェニファーが、エレガントな彼女にはこれまた似合わないガッツポーズを作り、満面の笑みを浮かべていた。

「私は何も見てないわ。ねえ、仁子!」

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