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第2話:相沢拓海

いつものようにまずい昼食を残し、看護婦さんの小言を聞き流した後、私はなにをするでもなく、ベッドに横になっていた。

時刻は午後二時。病院内が最も静かになる時間であり、私がこの生活で唯一好きな時間だった。


「昼寝でもしようかな」


普段は小説でも読んで時間を潰しているのだが、あいにく昨日、最後の一冊を読み終えたばかりだった。

テレビでも見ようかと考えたが、平日の昼間では、特に面白い番組をしているわけでもなく、結局、昼寝くらいしか選択肢が残されていなかった。


ちょうど、うとうとし始めたときだ。足音が近づいてくるのが、私の耳に届いた。

最初は気にしていなかったが、その足音が確実にこの病室の手前で止まったのがわかると、私は体を起こした。この時間にいったい誰だろう。検温はとっくに終わったし、回診の時間でもない。


(コンコン)


やけに遠慮がちのノック音。ゆっくりと開いていく扉の隙間から、頭が一つ飛び出す。

その頭は、部屋をぐるりと見回して、最後に、まだ覚醒し切れていない私と目が合った。

そこまできてやっと思い出す。そうだ今朝看護婦さんが言ってたっけ、新しい患者さんが入院してくるって。


「失礼しまーっす」


真昼の静寂を打ち消すような明るい声と一緒に、男の子が一人、病室に入ってきた。背格好から見るに、私と同じくらいの年齢だろうか。右手にカバン、左手には包帯が巻かれている。


「俺、相沢拓海。今日から、ここで厄介になるけど、よろしく!」


拓海と名乗った男の子は、カバンを置き、空いた右手を私の前に差し出した。


「よろしく……」


しかし私は差し出された手に答えることなく一言だけ返すと、テレビをつけた。今の私はとても握手する気分なんかにはなれなかった。

ただでさえ睡眠を邪魔されて不機嫌なのに、新しい患者が自分と同じくらいの年齢で、しかも男の子。病院ももう少し配慮してくれてもいいのではないか。

相沢は右手を元に戻す。普通の人ならむっとするところだが、特にそんな気配も見せず、口笛を吹きながら自分のベッドへ歩き出した。


「拓海君、荷物の整理できた?」


しばらくして、看護婦さんが入ってきた。


「あ、ほとんど終わりました」


「そう。入院期間は一週間くらいだから」


一週間もこいつと一緒いなくちゃいけないのか。私は誰も気づかない程度のため息を吐いた。


「じゃあ、なにかあったらナースコールしてね。あとは――そうそう、千瀬ちゃん」


看護婦さんが振り返る。


「ごめんね、今空いてるベッドがここしかないの。いろいろ気を遣うと思うけど、我慢してね」


ここで文句を言ったって仕方がない。私は黙ってうなずいた。


「ありがとう。拓海君もあなたと同じ高校三年生だし、それにとってもおもしろい子だから、すぐに仲良くなると思うわ」


彼女は笑顔でそう言ってのけるが、私にはそんな気持ちはさらさらない。

今は一週間をどうやって過ごすか考えるのが先決だ。


彼女が出て行ったのを確認すると、私はテレビを消した。ベッドの周りのカーテンを引いて、昼寝を再会しようと思ったからだ。

しかし、これがどうやらマズかった。

会話のきっかけでもつくりたかったのだろうか。テレビを消した途端、向こうのベッドから『なあ』という声が聞こえてきた。

「なに?」


とりあえず、その呼びかけに答える。


「なんかごめんな。でもさ、看護婦さんもいったとおり、病室がここしかなかったんだよ……」


「いいわよ、別に気にしてないから」


ウソだけど。


「そっか。あんまり気ぃ遣わなくてもいいからな。千瀬」


私は一瞬耳を疑った。知り合って間もない人間に呼び捨てにされたからだ。


「わかったわ――。あのね、私今から昼寝しようと思うから、あんまりうるさくしないでね、『相沢さん』」


最後の言葉を少しだけ強めに言うと、私は勢いよくカーテンを閉める。

が、カーテン越しに聞こえてくる『おう、お休みー』という彼の声を聞き、私は今日一番のため息を吐いた。

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