すべては君を守るため
喉を焼くような感覚を残して落ちていく液体。ヴィーナは琥珀色の液体が波打つコップをテーブルに置いた。
「はー。やっぱ酒って良いわねぇー」
「お前、ほんとよくそんな度数の高い酒飲めるな……ヒック」
既に真っ赤な顔をしたアレンが横目で呆れたように見てくるが、知らん顔でヴィーナはもう一度コップを呷った。アレンがそこまで酒に強くないことはよく知っている。それに比べヴィーナはいくら飲んでも基本的にはけろっとした顔をしていることが多い。実際は多少は酔っているのだが顔に出ないらしい。
ヴィーナは少しだけ頭に上った熱を冷まそうと、カウンターに頬杖をついて数秒間目を閉じた。体に回るアルコールを感じるとともに、耳には飲み屋特有の喧騒が入ってくる。
目を開くと、テーブルに置いたコップに隣から伸びてきた太い腕が届いたのがちょうど見えた。あ、と気づいた時にはヴィーナのコップはアレンの口元へと運ばれていた。
「ちょっと、あんたはそろそろやめときなさいよ」
「うるせぇ。うわ、やっぱり度数高ぇな」
「じゃあなんで飲んだのよ。私のなのに」
せっかくの高い酒が。大分かさの減ってしまったコップの中身を見てヴィーナはため息をついた。
そして案の定彼は度数の高い酒にやられたらしく、更に顔を赤くして頭をふらつかせていた。隣にいると圧迫感すら感じる引き締まった巨体がゆらゆらと揺れているのは見ていて不安になる。
ヴィーナはそんな彼の様子を横目で見ながらコップに口をつけちびちびとやった。しばらくするとアレンはカウンターに突っ伏してしまう。苦笑いでそれを見つめた彼女は、その火のように赤い髪の毛にそっと手を伸ばした。
手のひらに感じるのはまっすぐな硬い髪。あんなに小さかった男の子は今はもうこんなごつい男になってしまったが、髪の毛の感触は昔から変わらない。
「わっ……」
髪を撫でていた左手首を急にがしりと掴まれて、ヴィーナは小さく声を上げた。痛いくらいの力を込められ、わずかに顔をしかめる。
骨ばった大きな手は多少抵抗してもびくともしない。それどころか、抵抗すればするほど力が強くなっていく。
「アレン、痛いわ。離してよ」
「嫌だ。そうしたらお前はまた、……知らない男のところに行くんだろ。そして、泣くんだ。俺の知らないところで。だから、離さない」
彼女は一瞬言葉を失った。
彼が一体何のことを言っているかなんて、痛いほどよく分かった。それは忘れたい過去だった。そしてこの過去が彼を深く傷つけたことだってよく分かっている。
「どこにも行ったりしないし、泣いたりだって、しないわ」
「嘘つくな。昔からそうだ。お前はいつも誰も見ていないような物陰で泣くんだろ。知ってんだよ、お前のことなんて全部」
酒と熱に溶かされて潤んだ金色がヴィーナを見つめていた。そこに滲み出すひたむきさと、わずかな狂気に彼女は小さく息を呑む。
「泣きたいときは泣けばいいんだ。だけどお前の涙を見るのは俺だけじゃないと駄目だ。他の奴になんて見せるなよ」
この男はそういう恥ずかしいことをサラっと言うから。ヴィーナは目を伏せて苦笑した。頬に熱を感じるのは酒のせいだと思いたい。
昔はアレンの方がずっと泣き虫だったのに。泣いた目を擦りながらとぼとぼ歩く彼の手を引いて歩いた、あの帰り道を思い出す。
昔から彼は優しかった。口調が乱暴だから勘違いされやすいが、彼はヴィーナに対しずっと優しかったのだ。
ヴィーナの母親は娼婦だった。父親は気づいたころにはいなかった。幼いころのヴィーナにも母があまり大声では言えない職業に就いていることは何となく分かっていた。しかし子供というのは残酷な生き物で、それを理由に彼女をよく虐めてきたのだった。「あばずれ女の娘」と。彼らの両親らがヴィーナの母親についてそう言っていたのだろうということは簡単に想像がついてしまう。
訳も分からずぶつけられる悪意に、ただ膝を抱えてうずくまるしかなかったヴィーナのことを守ってくれたのが、アレンの小さな背中だったのだ。
アレンの家はヴィーナの家の隣にあった。昼はほとんど寝て過ごす母親の代わりに、ヴィーナは彼とよく遊んでいた。昔から正義感が強く、友達や家族を大事にする男の子だった。
彼は、ヴィーナが心無い言葉をぶつけられて体を縮こませる度にその細い腕を広げていじめっ子達に立ち向かってくれた。時には彼だってヴィーナと同じように暴言を吐かれたり暴力を振るわれることすらあったが、それでもヴィーナを庇うことだけはやめなかった。泣き虫の彼が、ヴィーナを守って傷ついた時だけは一滴だって涙など零さなかった。
小さな背中だったけれど、そのころのヴィーナにはその背中がヒーローに見えたのだ。
アレンは毎日、剣を振るう練習をした。そして剣を扱うのに必要な筋肉をつけるためのトレーニングも毎日欠かさなかった。なぜそんなに頑張るのか、と聞くといつも「お前を守るために決まってんだろ」とさらりと答えた。
なぜ彼がここまで自分を守ってくれるのか分からなかったが、彼だけはこれからもずっと信じ続けよう、と彼女は幼心に思ったものだった。
そんな彼はいつの間にか年上のはずのヴィーナの身長を越し、みるみるうちに誰もが振り返るような美丈夫に育ってしまった。それでもアレンはいつだってヴィーナに優しかった。
そして、あの戦争が起きた。
戦争はいとも簡単に彼と彼女の家族を奪っていった。天涯孤独の身となった彼らは流れるままに王都へ辿り着いた。――今思えば、その頃から優しい彼の心は少し狂い始めていたのだろう。息絶えた家族の手を握る、光の消えたその瞳が妙に印象に残っている。家族を失ってからの彼はやたらとヴィーナと離れることを嫌がり、彼女に執着するようになった。それも仕方ない、と彼女は繋がれた手をそっと握り返した。
しかし王都では彼と離れてしまうことになった。彼らは軍に所属することになったのだが、違う配属先になってしまったのだ。離れたくない、ヴィーナにそんなことをさせるな、とアレンは暴れたが国の権力の前ではそんな抵抗など無意味だった。そして数年後ようやく同じ部隊になり再び出会ったときには、彼はもうヴィーナが幼いころから知っていた彼ではなかった。
――アレンはあんな顔で人を殺すような人間ではなかったのに。
目の前で今まさに敵兵を切り捨てたアレンの広い背中を見ながら、彼女は呆然と立ち尽くしていた。
でも、返り血を浴びた彼は後ろにいるヴィーナに向かって笑ったのだ。「お前は俺が守るから。これから先もずっと」と言って。その笑顔だけは昔のままだった。
ヴィーナは自らの手首を強く掴む彼の手に、そっともう一方の手を重ねた。過去のことを少し思い出して彼の小さな手が懐かしくなった。いつの間にこんなにも骨ばった大きな手になっていたのか、と撫でるように手を動かしていると、アレンの手に込められていた力が少しずつ抜けていく。彼女は拘束の緩んだ手からするりと手首を抜いて、指を絡めるようにして手を繋いだ。
驚いたようにこちらを見てくるアレンに、彼女は照れたような笑いを向けた。
店のドアがカラン、と鳴る音がした。
それだけなら別に気に留めることでも何でもない。しかし、その瞬間に店の中の空気が凍り付いたことにヴィーナは気づいた。繋いだ手も緊張したようにわずかに強張る。
音の方向を見ると、やや小太りの男がそこに立っていた。その姿を見たヴィーナは、全身の温度が少しだけ下がったような感覚を覚えた。アレンと繋いでいた手は自然と離れていった。
面識のない男だが、男の着ている服には見覚えがあった。この地域を取りまとめる役人の制服。その胸には、国に仕える者だということを示すメダルが鈍く光を放っている。
大嫌いな役人。ヴィーナは男を鋭く睨みつけた。
「視察に来た。おい、何か料理を出せ。あと酒もな。もちろん最上級のワインで頼む」
にやにやと嫌な笑いを顔に張り付けながら、役人の男は空いていた席に着いた。その後ろには帯剣した護衛らしき数人の男たちもついてくる。彼らは席に着いたりはせず、表情のない顔で役人の後ろに立っているだけだった。
「か、かしこまりました」
すっかり竦み上がった店主は慌ててワイングラスに酒を用意し、役人の男の前に置く。グラスの中の赤色の液体がたぷんと大きく揺れた。
役人の男は満足そうに笑うと、グラスに口をつけた。まぁいいだろう、と呟いたのを聞いたのか、店主はぺこぺことしながら店の奥へ引っ込んでいき料理の準備を始めたようだった。
そんな様子をヴィーナは冷めた目で見つめていた。隣にいるアレンに至っては、その視線だけで殺せそうな勢いで睨みつけている。
彼も彼女も、役人やら大臣やらというお国に仕えるご立派な職業の人間が大嫌いなのだ。それは彼ら以外の周りの人間もそうだったらしい。店内には冷え切った空気が流れていた。
ここ最近のところ地方の役人は横暴な振る舞いが目立つ。この地域も例外ではない。戦争で国が荒れたため中央からの監視の目がなかなか届かないのだ。そういうわけで、役人が我が物顔で『視察』だなどと言いながら無銭飲食を繰り返したり、ありもしない不備を指摘して罰金を巻き上げたり、他にも領民から重い税金をとるなどの悪行が横行している。
「……ん?」
役人の男がこちらに目を留めた。そして眉根にしわを寄せて何やら考え込んでいる様子を見せる。
ヴィーナもその様子に少したじろぎ、わずかに目を眇めた。男はヴィーナとアレンの顔を交互に見ては、何かを思い出すかのように視線を斜め上に向ける。
やっとその『何か』を思い出したのか、納得したような顔をした男はねっとりとした嫌な笑みをその顔に貼り付けた。
「あぁ、お前ら見たことがあると思ったら‟あの”小部隊の連中だな。俺は昔、中央にいたんだ。特にそこの女。金の髪に紫の瞳、男を惑わすその美貌。お前『金星』だろう?」
全身の筋肉が硬直したように感じた。呼吸が止まる。
まさか、こんなところにそれを知っている役人がいたなんて――。
隣のアレンが、ヴィーナを守るように半身を寄せた。その横顔を見上げると、金の瞳から発せられる視線は先ほどまで酔いつぶれていた人間だとは思えないほど冷たいものだった。
「だったら、何だって言うのよ」
冷たく返した彼女に、役人の男はさらに笑みを深くする。
「お前の噂はよく聞いていたぞ。ハニートラップばかりやっていたそうじゃないか。今日は俺のところに来ないか。いい思いさせてやるぞ」
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
自分の体を舐めるように眺める、欲に塗れた視線には慣れている。この男みたいなだらしのない体格の男を相手にしたこともある。噂を聞きつけてか、この男のように誘ってきた男も数知れないというのに。
男の下卑た笑いと周囲の無数の目が彼女の目に映った。
きっと、私は『そういう』風に見られている。
多くの視線が彼女に突き刺さった。
この地には、私達の過去を知っている人間など、いないと思っていたのに。だから私達は、こんなにも遠く離れた都市まで――。
冷えていく体。止まりそうになる息。
ヴィーナには、もうどうしていいか分からなかった。
「……ヴィーナ」
冷えた指に、温かい手が触れた。その手は彼女の手を包み込むように優しく握る。
ヴィーナはようやく空気を胸いっぱいに吸い込むことができた。
温かい手は、怒りを抑えるように少しだけ震えていた。それを感じて、ヴィーナの心に冷静さが戻ってくる。
彼女はまた一つ息を吸って、氷のような視線を作った。
――ありがとう、アレン。
そんな気持ちを込めて、握られた手を軽く握り返した。
「良いわよぉ。ただし、」
ヴィーナは冷え切った視線はそのままに、唇の端を片方だけ持ち上げた。精々冷酷に見えるように。役人の男を精一杯怯えさせられるように。
そして、太腿に仕込んであった拳銃を右手に持つ。撃鉄は上げないまま、引き金の部分で人差し指にぶら下げて見せた。
男の笑った顔が引きつるのが見えた。
「――私、お役人サマって大っ嫌いなのよねぇ。行ってあげても良いけど、あんたの命の保証はしないわ」
ひっ、と息を呑む音がした。
隣からは、カチャリという音がする。見ると、アレンが腰に下げていた剣を抜いた音だった。抜いた剣をスッと小太りの男に向け、獲物を狙う猛禽類に似た視線をその男に固定していた。
酔っていてもなお分かる痛いくらいの殺気が隣から発せられている。ヴィーナは、この殺気を向けられる側ではなくて良かったと本気で思った。向けられるのは恐ろしいが、隣にいる分にはこれ以上頼りになる男はいない。
「俺たちが所属していた小部隊の存在を知っているなら、『火星』である俺の異名を知らない訳は無いだろう? 俺の剣の錆になりたくなければ、ここから去れ」
役人の男の顔には、明らかな怯えがあった。その手がグラスを倒し、真っ赤な血のような色のワインがテーブルにこぼれた。
アレンの異名――それは、『戦場の悪魔』だ。誰が名付けたかは知らないが、彼が戦場で戦う姿を見た者はその異名に納得するだろう。それほどまでに彼は強くて、そして無慈悲だった。
二人でじっと視線を向けていると、役人の男は椅子からずり落ち無様に転んだ。
そして、一目散に店から逃げていった。
後から、護衛らしき男たちもぞろぞろと店を出ていく。彼らの顔も緊張で少し歪んでいた。
彼らが出ていった後の店に、沈黙が落ちる。ヴィーナとアレンは戦闘の構えを解いた。数秒の後にパラパラと拍手が起こり、何事かと見まわすうちに歓声が巻き起こった。
「ありがとうな、あんたら。これは店からのお礼だ。食べてってくれ」
店主が奥から出てきて、おそらく役人の男に出すはずだったであろう料理を二人の席に置いた。
「え、でも。私たちは何も」
「いちゃもんつけられる前に追い払ってくれただろう。それだけでも店の損失が防がれたよ。それに、俺たち庶民はああいう役人に対して鬱憤が溜まってたんだ。スッキリしたよ。ありがとう」
「そう。それなら良かった」
そうは言ったものの、どうにも周りの歓声や感嘆の目が恥ずかしい。
ちらりと彼らの方を見る。そこに何の軽蔑の意味も込められていないことを確認して、ヴィーナはほっとひと息ついた。
ヴィーナとアレンは顔を見合わせ、苦笑いする。お互いに目配せをすると、出された料理を手早く食べ始めた。
「ごちそうさまでした」
「お代はいらないよ」
「いや、払わせてくれ。そうでないと俺たちもあの役人共と同じことをすることになっちまう」
「そうかい、分かったよ。悪いね」
でもまぁ割引はさせてもらうよ、という店主の言葉に甘え、支払いを済ませたヴィーナとアレンは店を出た。
酔いは先程の騒動で醒めてしまい、ほとんど残っていない。しかし店の熱気は体に残っており、夜の少し冷たい空気が心地よい。
右隣を歩く男は先ほどから黙ったままだ。ヴィーナは高い位置にある彼の顔を横目で覗き見た。まだ多少酒が残っているのか少しふらついてはいるが家までは帰れそうだ。
繁華街を抜け、人通りの少ない路地に出る。ガス灯の明かりなど無くうら寂しい道だが、隣にアレンがいることが安心感に繋がっていた。
「ヴィーナ」
「な、に……」
呼びかけられると同時に、右手を引かれて視界が何かに阻まれた。男の厚い胸板がヴィーナの視界を埋めていたのだった。
「どうしたの?」
たまにこういうことがあるためあまり動じずにヴィーナは問いかけた。背に回されていた大きな片手が背筋をなぞり、うなじを覆うように当てられる。
「お前、……あの男にあんなことを言われて、平気だったのか。しかも、あんな大勢の前で」
「へ、平気だったわよ。心配しないで」
「嘘つくんじゃねぇよ。真っ青な顔してたくせに」
ヴィーナは何も言い返せなくて黙り込んでしまった。うなじのところにある手に力が籠められる。
「辛かったんだろ。違うか?」
間近で発せられるアレンの声は低く、彼女はその中に何か暗いものを感じて彼の顔を見上げた。
周りにろくな明かりもないこの道。当然のことだろうが彼の瞳は何の光も映しておらず、光の下なら金色に輝いているだろうその瞳は暗くぽっかりと空いているように見えた。
なぜかヴィーナは背筋にぞわりとしたものを感じた。
いつの間にかアレンの角ばった手はヴィーナの両耳に添えられている。彼の冷たい手が耳朶に触れ、彼女はわずかに肩を跳ね上げた。
「ああいうことを言われるのは辛いだろう。嫌なら、耳を塞いだままでいい。――俺が、お前の耳を塞いでいてやる」
彼の手は彼女の耳を覆うように当てられていた。少し周りの音がくぐもったように聞こえるが、アレンの低い声はしっかりと耳に届く。
「ああいう人間の屑を見るのが嫌なら、お前の目だって俺が塞いでやる。そうすれば、お前は、傷つかなくて済むだろう」
アレンは、笑っていた。唇の端を吊り上げるようにして。
目を細めるようにしてヴィーナを見つめた彼は、うっとりとしたような口調で彼女の名を呼んだ。
「ヴィーナ。安心しろ、目も耳も塞いだって、俺がお前を守るから。今までだってそうだっただろ。――お前のためなら、俺は何でもするから」
囁くような彼の声に、彼女は一瞬圧倒されたがすぐに苦笑いを浮かべた。
彼のこれは、執着だ。もうずっと昔から、彼はこうだった。言葉の裏にある真意に、ヴィーナは薄々気付いている。だって、もう何年も一緒にこの人と歩んできたから。
執着でもなんでもいい。彼が傍にいてくれさえすれば。
そういう風に思ってしまう自分も大概だ、とヴィーナは薄く笑った。
そっと両手を持ち上げて、耳を覆うアレンの手に軽く添える。冷たい手と手が触れあって、それでもその隙間に暖かい温度を感じた。
「――嫌よ。だって、そうしたらあんたの声も聴けないし、顔も見れないじゃない。後ろで守られるだけは嫌だわ。私がいたいのは、あんたの後ろじゃなくてあんたの隣なのよ」
重ねた手が、彼女の耳から離れた。そっと右手を彼の左手の指と絡め、頬を寄せる。
一瞬言葉を失った彼は、視線を宙に漂わせた。そして彼のもう一方の手は、彼女の頭をそっと慈しむように撫でた。
「……なら、あの役人を殺してやろうか。いや、あの男だけじゃなくお前の過去を知ってる役人ども全員、地の底まで追いかけて殺してやるよ。俺ならできる。お前を悲しませる奴なんて、この世に存在する価値なんかないんだからな」
ヴィーナは笑った。
「大丈夫。そんなことしなくても、あんたが守ってくれるんでしょ? 私のこと。そんなことをしに行く暇があるなら、あんたは私の隣にいて私のことを守ってよ。私だって、あんたのことを守りたいんだから」
「……分かった。俺から、離れるなよ――ヴィーナ」
いつから、彼はこんなにも歪んでしまったのだろう。
――それでも、私はあんたのその優しさがずっと昔から好きだったわ。これからも、私はあんたのその歪みごと愛してあげる。
ヴィーナはそっと、抱き寄せてきた腕に身を任せて胸に頬を寄せた。
久々の投稿ですみません……。
これで8/10人出揃いました。あと2人を登場させられるように次のお話のプロット練りますね。(笑)