第九十八話
「さあ、ありがたいことにベヒーモスは俺たちのことを待っていてくれたみたいだ。期待を裏切らないような戦いをしないとだな」
もちろん、そんなことがないのはわかっているが、あえて軽口をたたくことでハルは雰囲気を少しでも軽くしようとしていた。
「ふふっ、本当に待っていてくれたのなら面白いわね。何をどうすればいいのかわからないけど、やりましょう!」
エリッサはハルの言葉につられて笑うが、緊張は解けていないようだった。
「エリッサ、私は魔法で援護をするからなるべくベヒーモスの視界から外れて戦うようにして、正面は……ハルさんに任せましょう!」
気合の入ったルナリアの言葉に、エリッサは驚く。
あれほど巨大な魔物の、強力な魔物の相手を一人でさせると強い言葉で言うルナリアを彼女は知らなかった。
友達思いのルナリアであるなら、仲間を危険な目に合わせる判断を決して下さないと思っていただけに、エリッサは驚きと戸惑いを覚えたのであった。
「あぁ、俺に任せておけ……と言いたいところだが、俺だけの力じゃさすがに無理だから援護を期待しているからな」
当のハルはまんざらでもない返事をする。
「さあ、お喋りもここまでだ、行くぞ!」
のそりと動き出したベヒーモスを見て、ハルは踏み込んで走り出す。
先ほどは動きを止めるために正面切ってベヒーモスの攻撃を受け止めた。
しかし、今は対峙しており、ベヒーモスの意識はハルたちに向いている。となれば、攻撃を受ける必要はもうない。
「――はっ! 威力が強くても当たらないと意味がないぞ!」
振り下ろされる左の拳を軽やかなステップで避けると、そのままベヒーモスの腕を駆け上がっていく。
「GUOOOO!」
それを見て、ベヒーモスはすぐに腕を大きく動かしてハルを振り払おうとする。
しかし、その動きは読まれており、ハルはジャンプして顔に切りかかろうとしていた。
「せやあああ!」
炎鎧の熱がこめられ、更に強力な魔力が流し込まれた剣はベヒーモスの右目を狙っている。
そのハルを握りつぶそうと左手でつかみかかる。
「させません!」
「させないよ!」
女性二人が同時に声を出す。
ルナリアは、ベヒーモスの腕の付け根を狙って氷魔法を放つ。少しでも動きを阻害することでハルに命中する可能性を減らす。
今回の魔法はピンポイントで狙っており、一発だけではなく数発発動させている。
その目論見は成功しており、ベヒーモスは全力を出すことができていない。
「にゃあああああああ!」
猫耳をぴんとたてて気合の叫びを上げながらとびかかったエリッサもルナリアに負けず劣らず強力な魔法を放つ。
狙う先はベヒーモスの手のひら。
かまいたちを球に込めて発動した魔法は手の勢いを止めつつ、手のひらに無数の真空波の攻撃を放つ。
今回、ベヒーモスの行動がハルを殴りつけるものではなく、つかみかかろうとしているのが功を奏していた。
拳に比べて、手のひらはベヒーモスの身体の中でも柔らかい部位であるため、真空波は見事にダメージを与えてひるませることに成功する。
二人のアシストを受け取ったハルは見事ベヒーモスの右目を斬りつける。
ただ剣で斬っただけでは、瞼に弾かれる可能性もあったが、ハルの一撃はただの攻撃ではなく熱剣によるものであり、筋力も腕力も増強されているものであるため、綺麗に傷を負わせることに成功する。
ベヒーモスは片方の視界を奪われたことで、顔をのけ反らせるがハルの攻撃はこれにとどまらない。
「“アースウォール”!」
ハルの行動を助けるようにルナリアが、空中に彼の足場を作り出す。
彼女が作った足場を駆け上がったハルはのけ反ったベヒーモスを追撃して、目に剣を突き刺した。
「BUOOOOOOOOO!」
雄たけびをあげるベヒーモス。
しかし、黒鉄竜の時と同じでハルの攻撃は剣を突き刺すだけでは終わらず、剣先に魔力を流して爆発魔法を発動させた。
ドカーンという音とともに、身体の内部から強力なダメージを与えることに成功するが、ベヒーモスは怒りに任せて身体を思い切り動かしたことで、剣が抜けてハルも吹き飛ばされる。
「うおおおお! ぐはあっ!」
勢いよく飛ばされたハルはそのまま、地面に強く身体を打ち付けてしまう。
「ハルさん!」
「きみ!」
悲痛に叫ぶ二人が心配して声をかけるが、あちこち汚れながらもハルはすぐに立ち上がる。
「だ、大丈夫だ。まだ動ける」
吹き飛ばされることを知ったその時、ハルはとっさに自分の身体に回復魔法をかけ、更には自己再生のスキルを発動させていた。それでじわじわとダメージを回復させる。
自己再生も魔力を使用するため、無限に使えるわけではないが、これによってハルは剣を構えるまでの状態に戻る。
「っ……す、すごいね。あれだけの攻撃ができて、思い切り吹き飛ばされたのにまだ動けるなんて……」
エリッサは、ベヒーモスに視線を向けたままだったが、ハルが起き上がったのを視界の隅で捉えて驚いていた。
実際には背中のダメージを減らすために皮膚硬化と竜鱗を発動していたり、ルナリアが急いで薄いものではあるが風の障壁を生み出していたとか、そういった小さな積み重ねではあったが、なんにせよハルは立ち上がり再び戦おうという意思を見せている。
「かなりダメージを与えられました! でも、まだまだ戦えそうですね……」
ハルがなんとか無事であることを感じ取ってルナリアは内心ほっとしながらベヒーモスを睨む。
目を貫かれ、内側から爆発魔法を受けているにもかかわらず、ベヒーモスの残った左目にはギラギラとした憎しみをにじませた力があり、ハルたちを睨みつける。
ここで、ベヒーモスが他の魔物と違うところは、痛みに苦しみながらもハルたちが簡単に倒せる相手ではないと知り、怒りが収まって逆に冷静になっているというところだった。
「GRRRRR」
唸るような声も低く、むやみやたらに動こうという意思は感じられない。
「こいつは……やばいな。さっきは怒り任せだったから、隙をつけたんだが」
ベヒーモスの冷静さを感じ取ったハルの頬に汗がつたう。
先ほどまでよりも、明らかにまずい空気をベヒーモスはまとっている。
ハルが剣に力をこめて、一歩踏み出そうとすると、ベヒーモスは即座に反応していつでも迎撃できるように準備をしているのがわかる。
「ふ、ふふっ、冷や汗が止まらないんだけど」
空気が重たく張りつめていくのを感じ取ったエリッサは妙な笑い声を漏らしながら、額の汗をぬぐう。
「ま、まずいですね。冷静な強者なんて私たち三人だけじゃ……」
唇をかみしめながら悲しげに表情をゆがめたルナリアが弱音を吐いたところで声がかかる。
「――大丈夫だ、俺が来た!!!」
その時、そんな暗い空気を払しょくするように勇ましい声があたりに響く。
男性と思われるその声には聞き覚えがあり、胸に押し寄せる熱い気持ちとともに驚愕の表情になったハルは目の前のベヒーモスのことなど意識から消し去ったかのごとく、声の主へと勢いよく振り向いた。
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名前:ハル
性別:男
レベル:3
ギフト:成長
スキル:炎鎧4、ブレス(炎)3、ブレス(氷)4、ブレス(毒)1、ブレス(闇)1、
竜鱗4、鉄壁1、
耐炎3、耐土3、耐風3、耐水3、耐氷3、耐雷2、耐毒4、
氷牙2、毒牙2、帯電2、甲羅の盾、鑑定、
皮膚硬化、腕力強化4、筋力強化4、敏捷性強化2、自己再生
火魔法3、爆発魔法3、水魔法2、回復魔法1、解呪、
骨強化3、魔力吸収3、
剣術4、斧術2、槍術1
加護:女神セア、女神ディオナ
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名前:ルナリア
性別:女
レベル:-
ギフト:オールエレメント
スキル:火魔法2、氷魔法2、風魔法2、土魔法3、雷魔法2、
水魔法1、光魔法2、闇魔法1
加護:女神セア、女神ディオナ
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