第九十六話
「ふう……強かったですね」
ひと息ついたルナリアがハルのもとへとやってきて微笑みながら声をかける。
強敵を倒したことで、ルナリアもほっとしているようだった。
「あぁ、幼体でこれとなると、成長したらかなりの力を持っていそうだ……」
険しい表情のハルは剣についた体液を布で拭ってから、鞘にしまう。その視線は倒れた幼体黒鉄竜に向いたままだった。
「さて、素材を剥いでいくか。確か鱗や皮、それと牙と爪だったか」
「えっと、確か牙と爪はおまけ的な感じだと言ってましたね。とれるならとったほうがいいけど、絶対ではないと」
思い出すように言ったそれは受付嬢カナから受けた説明だった。
「とりあえず、裏返してっと」
幼体といえどもかなりの重さの幼体黒鉄竜をハルは力任せにひっくり返す。
「裏側なら確か強度が低いから……いけるな」
じっと身体を観察したのち、ハルは狙ったように剣を差し込んで裏側から切り開いていく。
「そっちはお任せします。私は鱗をとっていきますね」
反対側にしゃがんだルナリアは丁寧に鱗を一枚一枚はがしとっていき、ハルは皮を切っていく。
時間にして一時間程度でそれは完了した。
「はあ、疲れた……」
いくら幼体と言えどかなり硬かったため、皮を切り出すのもひとくろうだった。
「切り出し用のナイフとかあるといいかもしれませんね……」
ぐったりした様子で道具の問題をルナリアが指摘する。
「そうだな……あとは、慢性的な人手不足が問題だ」
ハルとルナリアは二人パーティであり、これだけの獲物の解体を二人でやるのはかなり重労働だった。
しかし、二人は人には話せない秘密を持っているため、誰でもいいから仲間に入れようというわけにもいかない。
「少し考えないといけないですね」
いつまでも二人では互いにフォローしきれない問題に出くわす可能性がある。
今までどちらも口にしてこなかったが、戦い以外の面を考えてもパーティとして二人、ないしは一人は増やしたほうがいいと二人とも考えていた。
「とりあえず、今回の依頼は達成ということで戻ろうか」
「そうですね……依頼成功ですね!」
嬉しそうにルナリアがそう言った瞬間、離れた場所から爆発音が聞こえてくる。
「……さっきより大きい、ですね」
思っていた以上の音量にルナリアは不安そうにつぶやく。
見える範囲に煙などの変化は見えないが、今までで一番大きな爆発音だった。
「他のパーティが戦っている音か、もしくは……」
二人は次の変化が起きないかと耳をすます。
すると、再度爆発音がする。その音は徐々に二人のもとへと近づいていた。
「――ルナリア!」
「はいっ!」
音の気配から戦闘しながらこちらに向かっているのがはっきりわかったため、二人はすぐに戦闘準備をする。
ハルは剣を構え、ルナリアはいつでも魔法を使えるように音がやってくる方向から距離をとっている。
二人が息を飲んで、音の正体を待っていた時間は数十秒。
「来た!」
姿を現したのはあちこち戦いの痕跡がある数人の冒険者。
「……ルナリア!?」
「エリッサ!」
そしてひときわ目を引いたのは冒険者ギルドで会ったルナリアの友達のエリッサ。
彼女もハルたちと同じ依頼を受けて、この岩場にやってきていたようだ。
「っ、逃げてええええ!」
知り合いの姿を見て一瞬驚いたエリッサはすぐに必死な表情で危険を知らせるように叫ぶ。
パーティメンバーと一緒に全速力で逃げている彼女のパーティの中にはケガをしている者もいた。
そして、彼女たちを追いかけているものの正体が見えてくる。
「――なっ!? デカい!!」
そのものを表現する最も的確な言葉が『デカい』だった。
ハルは一つの予想をたてていた――冒険者たちが逃げまどうほどの魔物となれば、黒鉄竜の成獣が出てきたのではないか? と。
「ハ、ハルさん! あれは……なんですか!?」
だが二人の目の前に現れたのは信じられない光景。ルナリアは驚き固まってハルに質問する。
そこにいたのは黒鉄竜ではなかった。
「あれは……」
だがハルの知識の中に、その魔物を表現する情報があった。
「ベヒーモスだ!」
自身の知識がハルに警鐘を鳴らす。黒鉄竜よりももっと危ない存在が二人の目の前に現れた。
ベヒーモス――巨大な二本の角を頭部に持ち、浅黒い皮膚に覆われた巨体は見ただけで筋肉がミッシリと詰め込まれているのが見える。
巨大な牛などと表現することもあるが、その凶暴さからはそんな表現がそぐわないと見たことのあるものは言う。
「なんでこんなところにベヒーモスが!?」
名前だけは聞いたことがあるルナリア。彼女の知識ではベヒーモスは、北の寒い地域に生息するというものだった。
だがこのあたりは比較的温暖な気候であり、季節的にも冬になるまでまだまだ期間がある。
だからこそ、ルナリアの驚き戸惑う言葉は的確なものだった。
「なんでかわからないけど、逃げてえええええ!」
混乱しているルナリアに対して、今できる最上の方法は逃げることであるとエリッサが必死に逃げながら叫んでいた。
エリッサをはじめとするパーティメンバーに逃げている最中にも後ろからヘビーモスによる攻撃が時折飛んできているが、彼らを弄ぶようにヘビーモスは余裕な様子で追いかけていた。
「くそ、やばいやばい……やばいけど、このままだもっとやばいよな!」
今のところエリッサたちはなんとかギリギリの距離を保ち、走って逃げているが、速度や体力を考えれば追いつかれるのも時間の問題だった。
更に、ここをなんとか逃げ延びても、このままヘビーモスを放置してしまうと、他の地域やもしかしたらルナリアの故郷にまで被害が及ぶ可能性がある。
「ハルさん!」
意思を確認するようにルナリアが強く呼びかけるが、ごくりと唾を飲みこんだハルは険しい表情で剣を構え、ベヒーモスへたち向かう。
「――ばっ! 馬鹿じゃないの! あんたも早く逃げなさい!」
まさか逃げるでもなく立ち向かうなど思わなかったエリッサがハルを罵倒しながら逃げるよう声をかけるが、ハルは深呼吸をして周囲の声をシャットアウトし、集中してベヒーモスを見ている。
「もう、なんなの! 馬鹿!」
最低限の忠告はしたのに反応が返ってこないことでエリッサは苛立ち交じりにハルの横を走りぬけていった。
いくらルナリアの仲間といっても、今は自分たちの命を優先するしかないというのが彼女の判断だった。
そんなハルの隣にいたルナリアは彼が何をしようとしているのか、理解していた。
ハルは難しいことは考えていない。
――ただ、今、ベヒーモスをなんとか止める。
それだけを考えて、神経を研ぎ澄まし、集中して、自分の持てる能力を最大限発揮しようとしていた。
ならばパーティメンバーとして彼を支えるのが自分の役目だと、ルナリアは震えそうになる身体を必死に鼓舞していた。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOO!」
ドスドスと地響きを起こしながらこちらに向かうベヒーモスの叫び声が周囲に響き渡る。
衝撃を伴うその声に耳を塞ぎたくなるルナリア。そして既に耳を塞いでいるエリッサたち。
しかし、集中しているハルにはなんの影響も及ぼさなかった。
接敵するまで、あと数秒というところでハルはカッと目を開く。
「――うおおおおおお!」
気迫を声に変えるハルに気づいたベヒーモスは、徐々に速度を落としながらも腕に力をため込み、勢いよくハルへと手を振り下ろした。
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名前:ハル
性別:男
レベル:3
ギフト:成長
スキル:炎鎧4、ブレス(炎)3、ブレス(氷)4、ブレス(毒)1、ブレス(闇)1、
竜鱗4、鉄壁1、
耐炎3、耐土3、耐風3、耐水3、耐氷3、耐雷2、耐毒4、
氷牙2、毒牙2、帯電2、甲羅の盾、鑑定、
皮膚硬化、腕力強化4、筋力強化4、敏捷性強化2、自己再生
火魔法3、爆発魔法3、水魔法2、回復魔法1、解呪、
骨強化3、魔力吸収3、
剣術4、斧術2、槍術1
加護:女神セア、女神ディオナ
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名前:ルナリア
性別:女
レベル:-
ギフト:オールエレメント
スキル:火魔法2、氷魔法2、風魔法2、土魔法3、雷魔法2、
水魔法1、光魔法2、闇魔法1
加護:女神セア、女神ディオナ
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