第八十二話
「ごめんなさい、ファロス……でもすぐにもどってきますから」
名残惜しげに頬を寄せてくるファロスの頭を撫でたルナリアは、置いていくことを悲しげな表情で謝罪する。
「調査が終わったら戻ってくる。変なやつがいたら蹴飛ばして逃げてくれ」
ハルはファロスを馬車から外して、自由に動けるようにしていた。
「ブルル」
うなづくファロスは、馬車は自分が守る。だが、危険だとあれば自らの身を守ることを優先する――そうすべきであることを理解していた。
「よし、ファロスなら大丈夫だ。ルナリア、調査に行くぞ!」
「はい!」
二人はファロスに一時の別れを告げて、森の中へと入っていく。
今度はただただ道を進んでいくのではなく、道から外れて道なき道を進んでいく。
剣を使ってできる範囲で草を刈ることで少しでも進みやすくしていた。
「ルナリアは俺のあとをついてきてくれ、その代わり周囲に対する警戒は頼んだぞ」
「了解です」
ハルが草刈りと前方への注意を行い、ルナリアはそれ以外の警戒をする。
それぞれの役割を分担することで、進行と警戒を同時に行っていく。
「……ハルさん、止まって下さい――上、います」
そっとひそめた声でルナリアが小さく上を指さす。ハルは手を止め、身をひそめるようにしながら上を見る。
そこには、先ほどもハルたちを襲ったインプとガーゴイルの姿が複数あった。
「あれが上空を旋回して地上を行く者を狙っているんだな」
ただただ森にいるだけでなく、哨戒任務を請け負っているように見える。
それが事実であるように、魔物は地上の、それも街道を中心にキョロキョロと確認しているように見えていた。
「私たちは、木で隠してもらいながら進みましょう」
「わかった」
そこからハルは草木を刈る量を最小限に抑え、上空から見ても目立たないように進んでいく。
幸いにも二人の姿は周囲に生い茂る木々たちが隠してくれていた。
二人の目的――一つ目はどんな魔物が森にはいるのか? 二つ目はどれだけの魔物がいるのか? 三つ目はこの空気中の魔力量が増えている原因はどこで起きているのかだった。
一つ目の目的は徐々に達成されていく。
噂に聞いていた通り、ルナリアがこの森を初めて通過した時には見られなかった魔物が二人の調査記録に記載されていく。
ポーター時代からの経験で大抵の魔物に対する知識があるハルがいることでそれはとてもスムーズに進む。
二つ目の目的は、さすがに森の中全域を二人だけで調査するのは難しいため、ある程度の予想に基づいたものになっていく。
しかし、森の入り口あたりから、これから向かう中心地まで魔物の数を確認することで、おおむねの魔物の数は調べることができると考えていた。
三つめは既に予想ができている。場所はもちろん森の中心あたり。
街道は森の中を通過しているが、中央よりは東寄りに位置している。
そのため、ここ最近この森を通過した者たちもその中心に行くことはなかった。
冒険者の中には魔力の変化に気づいた者もいたが、目的が護衛であったり、スイフィールへ向かうことであったりするため、そちらを優先していたようだ。
また、気づいた中でも、ランクの低い冒険者は魔物に殺されてしまうケースも少なくなかった。
「――ルナリア、かなり近づいてきた。少し進むペースを落とすぞ」
「了解です」
互いの声が聞こえるギリギリの声量で話し、二人は意思確認のために頷きあう。
徐々に濃くなっていく魔力を吸い込まないようにハルとルナリアは風魔法で、口と鼻を覆いながら進む。
しばらく、慎重に、ゆっくりと進んでいくことで魔物に見つかることなく、そこが原因の場所だ――そう思われるエリアが見える範囲まで近づいていた。
「……ルナリア、あそこだ」
「はい……」
二人の視線の先にあるエリアは魔力がさらに濃く、まるで靄がかかっているかのように見える。
どろりとまとわりつくようなもったりとした靄がうねりを伴いながら周囲に魔力をまき散らしていた。
「あの靄の中心あたりから魔力が漏れ出しているように見えるな……」
「でも、あの周囲には魔物の気配はないですね」
魔力にひかれて魔物が集まってくるのであれば、一番濃いこの場所に集まっていても不思議ではなかった。だが二人がいくら気配を探ってみてもその気配はない。
「とにかくさっさと片付けよう」
「わかりました」
すぐにでも飛び出せる態勢でハルは剣を抜き、ルナリアはいつでも魔法を使えるように準備をする。
「行くぞ……3、2、1、ゴー!」
合図とともに、ハルとルナリアが飛び出していく。
まず最初にルナリアが魔法を放つ。
そこにいる何かを攻撃するためではなく、そこに滞留している魔力を吹き飛ばすため。
「“ウインドブレス”!」
風の息吹。息吹というには優しさはなく、巻き起こった風が魔力を上空に吹き上げた。
一気にたたくつもりであるため、仮にこの場所にいることを知られてもすぐに離脱すればいい。
それが二人の作戦だった。
ルナリアの風魔法により一気に魔力が吹き上がって霧散し、そこに何があるのか視認できるようになる。
「――やっぱりな」
二人の予想どおり、そこにはあの湖の島でハルが真っ二つにした紫鬼と同種のソレがいた。
だが身体は深緑といった色合いで、細身の身体で冷たい雰囲気を持つ者だった。
「さしづめ、緑鬼ってところか」
そんなことをつぶやきながらもハルの動きは素早く、接近すると同時に思い切り剣を振り下ろした。
「せやあああ!」
剣はまっすぐ緑鬼へと向かっていく。
このまま緑鬼が殺され、森は徐々にもとに戻っていく――そうすればたくさんいる魔物、強力な魔物もギルドにいる冒険者たちや騎士隊などによって討伐され、徐々にその数を減らして、落ち着いていく。
そんなビジョンがハルの脳裏に浮かんでいた。
しかし、ハルの剣はカキーンという金属音とともに弾かれた。
「おいおい、気持ちよく寝ていたと思ったら何をやってるんだ」
ハルの剣を弾いたのは、巨大な大剣。緑鬼を守るように立ちはだかった何者か。
それを持っているのは、皮膚が赤く、左目がない、そしてハルが見上げるほどの大きさの魔物だった。
頭部と肩には角が生えており、黒い腰布を巻いている。
「魔族? いや、オーガ?」
ハルはすぐさま後方に跳躍して、緑鬼と大剣の持ち主から距離をとる。
「魔族ではない。オーガのほうが近いかもしれないな。俺はお前たち人間がオーガキングとか呼んでいる種族になる」
大剣をひょいと肩で担いだオーガのこれを聞いて、ハルとルナリアは身体に電撃が走る。
オーガはそもそも頭のよい魔物とは言えず、もちろん人語を理解することはない。
身体が大きく、筋肉が発達した、単に力が強いだけの魔物といわれている。
しかし、それがオーガキングともなれば知能は人間と同等であり、力だけでなく頭を使って戦うこともできる。
もちろん単純な戦闘力もかなり――という言葉では足らないほどに強力だった。
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名前:ハル
性別:男
レベル:3
ギフト:成長
スキル:炎鎧4、ブレス(炎)3、ブレス(氷)4、ブレス(毒)1、竜鱗3、
耐炎3、耐土3、耐風3、耐水3、耐氷3、耐雷2、耐毒4、
氷牙2、毒牙2、帯電2、甲羅の盾、鑑定、
皮膚硬化、腕力強化4、筋力強化4、敏捷性強化2、自己再生
火魔法3、爆発魔法3、水魔法2、風魔法1、回復魔法1、解呪、
骨強化3、魔力吸収3、
剣術4、斧術2、槍術1
加護:女神セア、女神ディオナ
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名前:ルナリア
性別:女
レベル:-
ギフト:オールエレメント
スキル:火魔法2、氷魔法2、風魔法2、土魔法2、雷魔法2、
水魔法1、光魔法2、闇魔法1
加護:女神セア、女神ディオナ
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