第百六十七話
しばらくハルたちが穏やかに談笑していると、部屋にノック音が響き渡る。
「失礼します、巫女様の使いです。伝言を預かってまいりました」
「はいはーい、今あけますね」
ルナリアが返事をして扉を開ける。
そこには表情なくたたずむエルフの女性がおり、巫女のシルフェウスと同じような服装をしている。
「失礼します。巫女様からの伝言を持ってまいりました。もし話がひと段落して、方向性が決まったら巫女様の部屋へ来てほしいとのことです」
なんの感情もない淡々とした声でそれだけ伝えると、使いは小さく礼をして部屋をあとにしようとする。
「あー、待って下さい。もう気持ちは決まっているので……だよな?」
「うん!」
ハルの確認にエミリが力強く頷く。
「……承知しました。エミリ様、とてもいい表情をしてらっしゃいます」
それまで何の表情もなかったが、今のエミリを見た女性は目を細めていて、幾分か優しげな雰囲気が見えた。
使いの女性はハルが目覚めるまでの数日、エミリのことを遠くからそっと見てきていた。
ルナリアやミスネリア、そしてシルフェウスと話をしている時は笑顔だったが、その後に必ずと言っていいほど暗い表情になるエミリ。
そのことは使いの彼女の眼にも悲しく映っていた。
「ありがとうなの!」
自分で感じる変化、仲間から見た変化だけでなく、他人から見ても変わったというのがわかる。
そのことはエミリにとって嬉しいことであり、素直に笑顔で感謝を口にした。
「っ……いえ、私はただ感想を述べただけですから。それよりも、巫女様のお部屋へ向かいましょう。お二人も同行して下さい」
「えっ、いいんですか?」
「てっきり巫女候補しかダメだとばかり……」
ハルとルナリアはてっきりエミリが一人で話に行くものだと思っていたため、驚いていた。
「エミリ様にとってお二人はとても大事な方だと巫女様がおっしゃっていました。そのため、大事な決断をエミリ様がされる時には、お二人がいたほうがいい、と」
シルフェウスはハルたち三人の関係を理解しており、三人そろって話を聞くのがベストだと判断していた。
「うん、二人にはいてほしい!」
「……わかった、俺たちも行こう」
「はい!」
仲のいい三人の様子を見た巫女の使いは長い時を過ごしたせいでどこか冷え切った心に、温かな気持ちが芽生えたのを感じた。
神殿の中を進んでいき、巫女の部屋へと案内される三人。
外から巫女の使いが声をかけると、三人はすんなり中へと通される。
「――どうかみなさまに、良きお導きがあらんことを」
巫女の使いはそう言って一礼すると、自分の持ち場へと戻っていった。
「失礼しまー……あれ? ミスネリアさん?」
ハルが声をかけて部屋に入ると、そこでは巫女候補のミスネリアと巫女のシルフェウスが話をしていた。
「三人ともよく来たね。まさかこんなに早く決めるとは思わなかったよ」
シルフェウスは笑顔の中に驚きを交えた表情をしている。
ミスネリアはちらりとハルたちを見ると静かに会釈をする。
「適当に座っていいよ……さて、それじゃ話を聞かせてもらおうかな」
ハルたちがそれぞれ手近な席についたのを確認すると、エミリに話を促す。
答えを知っているのか、どんな結果でもいいと思っているのかシルフェウスは笑顔でいる。
「うん、私は――巫女候補になります!」
「……へっ?」
いきなりこんな宣言から来ると思っていなかったシルフェウスは間抜けな声を出してしまう。
もし、神官が近くにいたとしたら咳ばらいをして注意したであろうことは容易に想像ができる。
「えっと、二人といっぱい話したし、ハルが目覚める前にミスネリアさんからも色々とお話を聞けたの。それでね、決めたの、巫女候補になって頑張るって! ミスネリアさんのほうがきっと優秀で色々できて、色々知っているし、私なんてまだまだまだまだ全然ダメだと思うけど……」
一度は決心したこととはいえ、自分で言いながら自信が揺らいだエミリは肩を落とす。
しかし、次の瞬間ぱっと顔をあげた。
「でも、それでも頑張って巫女になれるように努力していきたいと思ってるの! で、巫女として成長した姿をハルとルナリアに見てもらいたいの!」
強い決意、抱えている思い、そして未来を見据える目。
それまで庇護されるべき小さな少女だったエミリが初めて自分で決めて踏み出した一歩だった。
「ふふっ、いいね。うんうん、君たち三人の間には何か特別な絆があるようだ。それが頑張る気持ちの糧になっている。とてもいい! そして、巫女を目指すという気持ちもすごく真摯に思っているというのがわかった。私は大歓迎だよ!」
シルフェウスは笑顔で両手を開き、エミリを迎えていた。
その隣に座っていたミスネリア。ツンと澄ました表情で座っていた彼女もここで初めて口を開く。
「エミリさん、私の話があなたに影響を与え、その結果巫女になりたいと思ったというのであれば……とても光栄です。私もまだまだ未熟ですが、あなたと切磋琢磨して一人前の巫女を目指そうと思います!」
「うん!」
もしかしたら、ミスネリアはライバルであるエミリを受け入れてくれないかもしれない――そんなことをどこか不安に思っていたエミリだった。
だがその不安も吹き飛び、笑顔で返事をする。
前代未聞の巫女候補が二人という状況だったが、シルフェウスはそれを楽しんでおり、ニコニコと二人のことを見比べていた。
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