第百六十五話
「――ん、あぁ……俺、寝ていたのか?」
「ハルさん……!」
「ハル!」
目覚めたハルが最初に見た光景は、知らない部屋。
そして呼びかけに視線を向けると、涙交じりに微笑みながらハルの右手を握るルナリアと嬉しさいっぱいで彼の身体に抱き着くエミリの姿が目に飛び込んできた。
「あぁ、二人とも無事だったか。よかったよ」
ハルは自分の身体のことよりも、最初に二人が無事であることに安堵する。
「っ……もう! それはこっちのセリフです! ハルさん、四日も寝ていたんですからね!」
「そうなの!!」
「ははっ、悪かったよ」
怒った口調で、それでも心配してくれる二人に対してハルは思わず笑顔になっていた。
「おやおや、やっと主役のお目覚めだね」
部屋に来たのは巫女のシルフェウスだった。ふわりとほほ笑みながら部屋の入り口のあたりで見守っていた。
彼女の魔力枯渇はすぐに回復して、翌日には動けるようになっていた。
「あぁ、これはどうも。最後の回復魔法のおかげで古龍を倒すことができた……できたよな?」
最後のほうの記憶が曖昧になっていたため、感謝の言葉を口にしつつも不安になったハルは体を起こしながらシルフェウスに念のため確認する。
「あぁ、君が見事に止めをさしたよ。もう真っ二つ、あれで動けたらゾンビだね」
肩をすくめながら近づいてきたシルフェウスは冗談めかしてそんな風に言った。
「倒せたならよかった。ゾンビじゃないことにも安心したよ。それで、どうなった?」
ハルが眠っていた数日の間に何が起こっていたのか、エミリやミスネリアの巫女の件はどうなったのか――それが一番の心配事項だった。
「うーん、それなんだけどねえ。ほら、最後にあらわれた古龍。あいつを倒した人が巫女ってするのが一番わかりやすかったんだけど、アレを倒したのは君だから。人族の男性を巫女にするわけにはいかないだろう?」
シルフェウスは困ったものだと両手を広げている。
「あー、まあでもあれはな」
「ふふっ、冗談さ。責めてはいないよ。まあ、そういうことなのでどうするかの会議もだいぶ長引いたのさ。その結果……」
最初は笑っていたシルフェウスは言葉をそこで止めると、真剣な表情になる。
ハルはごくりと唾を呑んだ。
「どちらも十分な実力があると認められた。エミリとミスネリアの二人とも巫女の修業を受けるに足る才能、人格、実力を兼ね備えているってね」
「つまり、どういうことだ? 巫女っていうのはそもそも一人だろ? 二人に修行を受けさせて、いい結果の方を採用とか?」
ハルの質問にシルフェウスは首を横に振った。
「ははっ、それじゃあ、ダメだった方がかわいそうじゃないか。脱落しない限り、二人とも巫女ということさ。前例はないみたいだけど、前例がないなら作ればいい……だろう?」
いたずらが成功したような笑顔のシルフェウスと打って変わって、ハルは少し考え込むような表情をしている。
「まあ、とんでもないことがあった後で、急な決定になるから君たちの意見も聞きたいと思う。だから、三人で色々話し合うといいよ。ここは治療室だけど、三人にはちゃんと一緒に過ごせる部屋を用意してあるからそっちで話すといいんじゃないかな」
ここでは他にも治療を受けている者もおり、職員もいるため、大事な話をしようとしても話が筒抜けになってしまうため、シルフェウスは配慮してくれたようだ。
「わかった……うん、身体は大丈夫みたいだ。部屋のほうはわかるか?」
「はい、私とエミリさんはそちらにいるので。ハルさんのベッドもあるので行きましょう!」
「行こ、なの!」
ハルはルナリアとエミリに手を引かれて、部屋へと案内される。
部屋は来賓用のものであるらしく、綺麗な部屋で調度品もそれなりに豪華なものが設置されていた。
「いい部屋だな」
「うん、巫女候補の私がいるのと、ハルとルナリアは古龍退治に多大な貢献をしたからだ、っていってたの」
ぐるりと見まわすハルに、すこし硬い表情になったエミリが答える。
「……それで、エミリはどうするつもりなんだ?」
彼女の悩む様子を感じ取ったハルはふかふかのソファに腰掛け、今後についての話としてエミリへと質問を切り出す。
「うん……」
対して、エミリはソファに座って頷くと、口をキュッと結んで黙り込んでしまう。
彼女は迷っていた。
最初は村からおしつけられた運命であり、魔法をうまく使えないことに悩み、なんとかその運命から逃げ出そうと考えていた。
それはハル、ルナリアと出会ってからも変わらなかった。
むしろ、一緒にいるようになってハルたちと旅に出たいという思いが高まっていた。
その状況でなにか気持ちの整理がつけばと思って今回の試練に参加したエミリ。
だが他の巫女候補たちは真剣に巫女という立場と向き合っていた。
そして、実際の巫女であるシルフェウスとの出会いも大きい。
凝り固まったエルフの神官たちのなかで前例を打ち破ることを認めさせるほどの巫女との出会いは彼女の考えをも変えようとしていた。
「悩んでるの……」
それら全てが集約され、頭の中でグルグル回り続けた末になんとか出した言葉がこれだった。
「なるほど、確認だけど悩んでいるのは村の人たちのため、っていうわけではないんだよな?」
「うん!」
この質問にばっと顔を上げたエミリは即答する。
既に彼女の判断理由に村のことはなくなっていた。
目の前にいるエミリの表情を見れば自分自身のために悩んでいるということがハルにはよくわかった。
「それじゃあ、聞かせてくれ。エミリが何に悩んで、どうして悩んでいるのか。俺たちはエミリの味方だ。悩んでいるなら、一番の答えに近づけるように協力したい」
「ですね!」
優しく力強いハルの言葉に、聖母のような笑顔を見せるルナリアも全力で同意していた。
「……うん、うん! 二人ならそう言ってくれるっておもってたの……! ――あのね……」
思ったまま言葉にしても受け入れてくれるハルとルナリアと一緒なら大丈夫だと安心したエミリはポツリポツリと考えていることを話していく。
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