第十五話
「――っ、一体何が……」
ハルは、既に山に入っており、この山に生息するサンダーバードの毛をとるために奥へ進むとある地点で驚愕に足を止めた。
そこにあったのは、数十体のサンダーバードの死体と、血をべったりとつけて倒れている女性冒険者の姿だった。戦いの影響か砂埃や返り血などで薄汚れている。
「っと、こんなことしてる場合じゃないな。大丈夫か!?」
ハルは、ぼうっとしていたことに気づいて、慌てて女性冒険者のもとへと駆け寄った。
頭を揺れ動かさないようにそっと抱きかかえて様子を窺うと、彼女の顔色は真っ青になっていた。
「これはまずいな……」
ハルは、周囲を見渡すと彼女を抱えて木陰に移動する。この辺りはポーター時代の経験が生きた。
そして、木にもたれかからせるとカバンの中から回復薬を取り出す。
「買ってきてよかった……まずは、頭からかけるか」
彼女が気絶している原因がどこにあるかわからなかったが、回復薬をかけることで多少のダメージを回復させることができる。
そっと流しかけながらハルは女性冒険者の様子をじっと見ていた。
「あとは、魔力回復薬を……」
こちらは一本しか買ってきていなかったが、出し惜しみをするわけにもいかず、彼女の口元にあてて、少しずつ飲ませていく。
まだ、意識は完全には戻っていないようだが、呼びかけに微々たる反応があり、口の端からこぼしながらも少しずつではあったものの、魔力回復薬を飲んでいる。
どうやら魔力の枯渇が原因の一つであったらしく、魔力回復薬を口にした彼女の頬に少し赤みがさしたように見える。
彼女の状態が少し安定したのを見て、ハルは荷物から布を取り出して彼女にかけて、自分は周囲の警戒をしていく。
まず最初に確認したのが、倒れているサンダーバード。
綺麗な死体であるため、ハルは毛を抜いてカバンにしまっていく。
採集するのはどの毛でもいいわけではなく、雷の魔力が多く蓄えられている数本の毛のみが依頼の対象になっている。
死体はいくつもあるが、どれも目立った傷はなく、魔法によるダメージもみられなかった。
「……彼女がやったのか?」
近くにいたのは彼女だけであるため、そう予想したがもう一つの可能性もハルは考えていた。
ハルは山を登ってここまでやってきた。
今いる場所は山の中腹あたりで、ここのあたりから徐々にサンダーバードが現れてくる――はずだったが、実際にいたのは数十体のサンダーバードの死体と気絶した冒険者が一人だけだった。
しかし、ここに来るまでに冒険者パーティとすれ違っている。
会釈をすると、相手も会釈を返してきたが、彼らは慌てている様子で急いで山を下りて行った。
「もしかしたら……」
彼女を囮にして逃げたのか? と自身が囮にされた嫌な記憶を思い出しつつ、疑問を抱いたハルが木陰に戻る。
しばらく周囲を警戒しながら過ごしていくが、魔物が現れることもなく、彼女の目覚めの時間がやってきた。
瞼を揺らし、ゆっくりと目を開いた彼女はゆっくりと身体を起こすと、戸惑いながら周囲を確認し、ハルを確認したところでぽやっとした表情のまま、その視線を止めた。
そして、自らの口元に人差し指をあてると何が起こったかのかを寝ぼけまなこのまま、思い出していく。
そして、数十秒ほど経過したところで彼女の目が大きく開かれる。
「――なっ! わた、どう、なんで! 何が!?」
混乱した状態の彼女が縋りつくようにハルに問いかけるが、それは言葉になっていなかった。
「まあまあ、落ち着いて。まずはこれを飲もう」
彼女の混乱する気持ちがわかるため、優しく声をかけつつハルはカップに水を注いで手渡す。
喉が渇いていたのか、彼女は動揺したままカップを受取ると、ごくりと喉を鳴らし、こらえきれないようにカップを傾け、一気に水を飲み干してしまう。
「ははっ、もう一杯飲むか?」
彼女のいい飲みっぷりに笑みがこぼれたハルの問いかけに、彼女は何度も頷いた。
そして、空になったカップに再度水筒から水を注いでいく。
今度はさっきよりもゆっくりと飲んでいく。
そして、それを飲み終わったところで恐る恐るカップをハルへと返す。
「落ち着いた?」
「は、はい、あの、ありがとうございます。多分、ですけど……あなたが助けてくれたんですよね?」
改まったように姿勢を正し、落ち着いた彼女は少し伺うように遠慮がちな態度でハルに礼を言う。
彼女を運んだ時は、細かいことを気にする余裕がなかった。
そこで、改めてハルは彼女を見ていく。
いまだところどころ汚れている彼女が狐の獣人であることはぴょこんと髪から大きく飛び出す耳と腰のあたりから出ているふわふわの尻尾が証明している。
その顔は可愛らしく、年齢はハルと同じか少し下。綺麗な栗毛色の長い髪をしている。
一般に美人と言えるが、どこか陰がある雰囲気だった。
「……あ、あの? どうかしましたか……?」
無言で彼女の様子を窺っているハルに対して、居心地の悪い様子で彼女が質問する。
「あ、いや、すまない……いまのは不躾だったな。俺は冒険者のハル――この間なったばかりだ。ここにはサンダーバードの毛の採取に来たんだが……そこで、サンダーバード数十体の死体と共に倒れているあんたを見かけてここに運んだんだ」
ポーター時代の癖で、観察するように思わずじろじろ見てしまっていたことに気づいて我に返ったハルは謝罪と共に、自己紹介、そして、ここに至るまでの流れを簡単に説明する。
「そうだったんですね。本当にありがとうございます……」
きゅっと胸元で拳を作った彼女はハルの言葉を聞いて、深々と頭を下げた。
「あっ、申し遅れました。私の名前はルナリアと言います。私も冒険者で、期間はそれなりなんですけど、ランクはまだEランクです。改めて、ありがとうございます」
彼女は自己紹介をすると、再度ぺこりと頭を下げる。
「あぁ、それは気にしなくていいんだが――何があったか教えてもらっていいか?」
ハルの言葉にルナリアは表情を暗くして視線を地面の方に落とすと、ポツポツと語り始める。
「……あの、私見てのとおり魔法使いなんです」
彼女が身に着けているローブ、そして彼女を抱きかかえた時に一緒に拾っていた杖。
それらは彼女が魔法使いであることをしめしている。
「あぁ、そう、みたいだな」
当たり前のことを言われたため、ハルは戸惑った反応になる。それがなんだというのだろうと不思議だったのだ。
「――でも、私魔法が上手く使えないんです……」
泣きそうな声音でそう言うと彼女は杖を持ち上げて、誰もいない方向に構える。
「ファイアーボール!」
ファイアーボールとは、火魔法の初級魔法で、名前のとおり火球が杖の先や手のひらから飛び出していくものである。
しかし、彼女の杖からは小さな火種がぽふんと飛び出ただけですぐに消えてしまう。
「アイスボール……!」
今度は氷の魔法を使おうとする。しかし、ほんの小さな氷の塊がその場にポトリと落ちるだけだった。
「こう、なんです……」
基本的な二つの魔法のどちらも発動はするが、結果は本来のものとはかなりかけ離れている。
悲しげにハルを見つめながらルナリアは唇をかみしめた。
「その、ギフトは……?」
「私のギフトは”火魔法”、”氷魔法”、”風魔法”、”土魔法”、”雷魔法”の五つです」
それを聞いてハルは驚く。
「い、五つ!? ファイブエレメントだって!?」
先ほどの魔法の威力とギフトのあまりの相反具合にハルは思わず食いついてしまった。
神より与えられるギフトの最大数は五つと言われている。
その上で、五つの属性が使える者を敬意を表してファイブエレメントと呼ぶことがある。
一生のうちに一人会えるかどうかという、五つのギフト持ちの中でも、その全てが各属性になっているというレア中のレアな存在――それが彼女、ルナリアだった。
「えっへん! ……と言いたいところなのですが、先ほどの魔法を見てわかるとおり、ギフトがあるはずなのに、どの魔法も上手に使えないんです。使えるのは、魔力をそのまま放出する無属性魔法なんですが、私の場合、細かい出力調整ができなくて、無属性の場合、持っている魔力のほとんどを失ってしまうのです……」
最初はちょっと自慢げだったルナリアだったが、次第に落ち込んでいく。
彼女の話を聞いてハルはようやく合点がいく。
「じゃあ、あのサンダーバードを倒すのに無属性魔法を使ったということか……そして、そのまま気絶した、と」
「はい……本当は一緒に来た人たちもいたんですけど、大量の魔物に追われてしまって……その、私は押されて転んで、えっと、あの、囮に……」
もごもごと口ごもるように最後は言葉にならなかったルナリア。彼女のパーティメンバーは、魔法がろくに使えない彼女を囮にしたということだった。
恐らくは、ハルがここに来るまでにすれ違った連中が彼女のパーティメンバーだったのだろう。
「……許せないな」
自身も囮にされた経験を持つハルはぎりっと悔しげにこぶしを握る。
仲間を囮にするなど冒険者としてあるまじき行為であるため、ハルは怒りを覚えるが、ルナリアは静かに首を横に振った。
「いいんです、私なんかをパーティにいれてくれただけでありがたいので……」
彼女は足手まといであると自覚しているため、それだけのことをされても怒りを覚えていないようだった。
だが彼女の耳と尻尾が悲しく垂れ下がっているのを見れば、何も思わなかったというわけではないのが伝わってくる。
その姿が酷く悲しく見えたため、ハルはその原因を探ることにする。
「――少し、見せてもらうぞ」
そう言って、ハルは悲しみに揺れるルナリアの目をしっかりと見て、彼女のステータスを『鑑定』する。
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名前:ハル
性別:男
レベル:1
ギフト:成長
スキル:炎鎧2、ブレス(炎)1、ブレス(氷)2、竜鱗1、耐炎2、耐氷1、氷牙2、甲羅の盾、鑑定
加護:女神セア、女神ディオナ
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