第百三十二話
ハルが精霊に向かって走り出す。
タイミングをずらし、更に横に広がりながらルナリアとエミリが追走していた。
『くっ、いくら堅いとはいえ小さき人間風情が精霊にかなうものか!』
自らの力に自信をもっている精霊は、正面から向かってくるハルを最初に倒してやろうと決めて右の手を振り下ろす。
ハルが走りこんでくるタイミングに合わせた攻撃は、そのまま命中するものと思われた。
「――当たらない」
しかし、ハルが生み出した甲羅の盾によってその攻撃は防がれることとなる。
『なっ!?』
これは精霊がこれまでの戦いで何度も使った技だったが、それだけに信頼しているものでもあった。
あっさりと攻撃を塞がれたため、精霊の攻撃を防ぐだけでなく、驚かせ隙を作ることができる。
勢いよく振り下ろした攻撃であったため、いなされた精霊の右腕は大きく弾かれている。
そんな大きな隙をハルが見逃すはずがなく、精霊の顔面目掛けて炎に燃えた拳が飛んでいく。
『ぐはぁ!』
精霊が目の前に迫る拳に気づいた時には痛みが身体を襲う。しかもその攻撃がクリーンヒットしたことにとても驚いていた。
精霊種は物理攻撃に強いという特性があり、当たったとしても大したダメージは喰らわないと踏んでいた。
しかし、ハルの攻撃は燃える拳であり、魔力も込められていたため、見事に精霊にダメージを与えることに成功する。
『な、なぜ燃えている? なぜ人の拳で我にダメージを!?』
精霊は混乱のさなかにいる。
人などという種族は精霊よりも劣っており、ましてや効果的な攻撃を繰り出すのありえない――そう思っていただけに、ハルの攻撃を受けてふらついている自分自身のことが信じられなかった。
「せえええええええい!」
そこに次の一撃が降りかかってくる。
今度はハルの右側を少し遅れて走っていたルナリアだった。
彼女が持つメイスは魔力を流して攻撃力に転換することができる。
『ちょこざいな! 獣人の攻撃なんぞ!』
威勢の良い掛け声と共に振り下ろされたルナリアのメイスに気づいた精霊はすぐに思考を切り替えて迎え撃つ。
ルナリアの攻撃は素直な軌道であり、頭部めがけて真っすぐ振り下ろされていた。
精霊は左の拳でメイスにつかみかかろうとする。
ここでおかしいことに気づく。
気合のこもった声で振り出された攻撃の割に、やけにゆっくりとした動きであった。
『まさか!?』
ハッとしたように振り返った精霊は気づいた――ルナリアの攻撃は誘導である、と。
精霊が振り返った先にはすでに強く拳を固めたエミリの姿があった。
エミリは怒っていた。
自分を守るためにハルが危険な目にあったことを。
精霊の動きが素早いとはいえ、落ち込んでいたせいで、攻撃を許す隙を作ってしまったこと。そんな自分への不甲斐なさに怒っていた。
だから、この一撃は怒りが込められ、そして練りこんだ魔力が込められて、更に小さな自分の身体のバネを使った全力の一撃。
「せやああああああ!」
トーンの高い、気合のこもった一撃が山中に響き渡る。
エミリの小さな拳が精霊の腹をえぐりこむように突き刺さる。
『ぐあああああああああああああああああ!』
今まで感じたことのない痛み、苦しみ、熱さ、辛さ、それらが入り混じって精霊は頭が真っ白になり、何も考えられずにいた。
「――悪いが、まだだぞ」
エミリの一撃をくらって、立っているのもやっとな精霊の耳に届いたハルの言葉が絶望という言葉を体現していた。
『ま、まままま、待ってくれ!』
一番小柄なエミリがあれだけの強力な攻撃を繰り出してきた。
そして、一番最初に攻撃をしてきた男は得体が知れない。精霊たる自分の攻撃を防いだ方法がまず理解できない。未だに拳がなぜ燃えていたのかもわからない。
そんな男が本気になってしまっては、自分は生きていられないかもしれない。
精霊とは基本的に寿命がない。しかし、消滅することはある。その消滅の危機に直面していると、直感で感じ取っていた。
その恐怖が精霊を一番追い詰めていた。
「何を待つんだ?」
感情をこめずに淡々とした声色でハルが尋ねる。
『と、とにかく待ってくれ! 話がしたい! 落ち着こう!』
「先に手を出してきたのは精霊さんの方なのに?」
冷たい表情と声音でエミリが追撃の問いかけをする。
『そ、それも謝罪する!』
「精霊さんの領域に入ったら許さないとか言ってませんでしたか?」
更に冷ややかに微笑むルナリアによる追い打ち。
『うううっ、ご、ごめんなさあああああい!』
謝罪の言葉を吠えるように吐き出し、ぴょんと土下座のように身体を小さく縮める精霊。しかし、その口調は先ほどまでの尊大なものとは異なり、まるで小さな子どものようなものだった。
「どういうことだ?」
「ど、どうしたんでしょうか?」
「精霊さん、なんか変なの」
あまりの変わりように三人はそれぞれ戸惑いを見せる。
『うぅ、僕本当はここの主でもなんでもないんだよ。精霊なのは本当だけど……』
めそめそと泣きながら少しずつ本当のことを話し始める精霊。そんな精霊の姿を見ていると、ハルたちも落ち着いてくる。
「ここの主でもなんでもない……ということは別にここの主がいるってことか?」
ハルの質問にコクリと頷く精霊。
それと同時に精霊は上空を見上げた。
この段階になってハルたちは気づく。上空から強い魔力と気配が降りてきていることに。
「なんだ、この魔力は!?」
「上から降りてきます!」
「鳥、さん……?」
美しく輝く光を纏った巨大な鳥が羽をはばたかせながら、頂上の広場へとゆっくり降り立つ。
その羽は虹色に輝いており、ひと目で普通の魔物とは違うということがわかる。
透明感のあるその身体から放たれる魔力は神々しさを感じさせるものだった。
「あれも精霊さん……」
淡々とした口調でそう口にするエミリだったが、頬を汗がつたう。最初に戦った精霊とは圧倒的に格が違うことを感じ取っているためだった。
「これは、すごいな」
新たな精霊の存在に好奇心がそそられながらも、緊張感に身体を震わせたハルは腰にある剣に手をかける。
「逃げる準備、は間に合わないですね……」
ぐっと表情を引き締めつつ尻尾をぶわりと逆立てたルナリアも覚悟を決めてメイスを握りしめた。
『……ふむ、汝らは何か勘違いしているようだな。私は汝らと敵対するつもりはない。そやつが泣いていたのも恐らくはそやつ自身が撒いた種だろう』
美しい羽根の鳥の精霊は先ほど降り立ったばかりだったが、既に状況を把握しているようだった。
『うぅ、先生……ごめんなさい』
『はぁ、やはりか……』
再び大粒の涙を流しながら謝る小さな精霊に呆れたように大きな精霊はため息を吐く。
どうやらこの精霊たちは師弟の関係性であるらしく、今回のようなトラブルも日常茶飯事であるようだった。
『この場所には強い結界を張っていたから、こやつが誰かに会うこともないと思っていたが……なるほど、汝らはよほど特別な星のもとに生まれたようだな』
興味深そうにゆったりとそう言いながら巨大な虹鳥の精霊はハルたちの顔を順番に見ていた。
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名前:ハル
性別:男
レベル:3
ギフト:成長
スキル:炎鎧4、ブレス(炎)3、ブレス(氷)4、ブレス(毒)1、ブレス(闇)1、
竜鱗4、鉄壁2、剛腕1、統率1
耐炎3、耐土3、耐風3、耐水3、耐氷3、耐雷2、耐毒4、
氷牙2、毒牙2、帯電2、甲羅の盾、鑑定、
皮膚硬化、腕力強化4、筋力強化4、敏捷性強化3、自己再生
火魔法4、爆発魔法3、水魔法3、回復魔法1、解呪、
骨強化3、魔力吸収3、
剣術5、斧術3、槍術1、弓術1、短剣1
開錠1、盗み1、
加護:女神セア、女神ディオナ
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名前:ルナリア
性別:女
レベル:-
ギフト:オールエレメント
スキル:火魔法2、氷魔法2、風魔法2、土魔法3、雷魔法2、
水魔法1、光魔法2、闇魔法1
加護:女神セア、女神ディオナ
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名前:エミリ
性別:女
レベル:-
ギフト:体術2、格闘術2、魔闘術1、先読みの魔眼
加護:武神ガイン
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