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量子頭脳の休日

 外宇宙調査船エオース、その管理システムであるリザに休日はない。

 だが彼女のヒューマノイドボディとそれに内蔵されたサブシステムであるリトル・リザには、時々だが休日が設けられる。

 今日がそうだ。

 負傷したライルを回収した際にまたボディに負荷を掛けてしまい、この機会にということで全身まとめてオーバーホールをした結果、一日かけて慣らし運転を済ませるまでエオースから出られないことになってしまった。

 慣らし運転のついでに、普段はメインに追いやられて出てくることのないリトル・リザがボディを操作している、のだが……


「退屈なの、です……」


 廊下を何十往復かしたところで、リトル・リザはうんざりと呟いた。

 もちろん、ロボットであるリトル・リザに本来退屈などという概念はない。

 だが、ローバーはほぼ全機が発電機の回収に向かっており、ライルも連絡艇の操縦を猛訓練中。つまり、船内でやる仕事もなければ、リトル・リザが仕えるべき相手も今はいない。

 返す返すもリトル・リザには退屈という概念はない。

 だが、単に廊下を往復するという今の時間の使い方にはどうやら問題がありそうだぞ、ということにも当然気付いてはいた。

 リトル・リザは普段からメインシステムを通して外部の情報を与えられてはいるものの、あくまで受け身であり、自分から周りに話しかける機会には恵まれない。ロボット同士で会話する学習プロセスもあるにはあるのだが、本物の人間との会話を経験させておくに越したことはない。

 そのため時々こうやって情操教育がてら呼び出されてボディを任される。

 ……のだが、唯一の人間であるライルが多忙で構ってくれない。

 困った。


「背に腹は代えられない、のです……」


 このまま漫然と廊下を往復していても本当に時間の浪費でしかない。ボディの慣らし運転は一通り済んでおり、リトル・リザの量子頭脳だけが何もしていない状態である。これは実に良くない。

 若干、どころではなく不本意なのだが、あのシミュラントとかいうガラクタどもを話し相手にでもしてお茶を濁すしかなさそうだ。


「メイン。例の奴らはどこなの、です?」

『レイシーの部屋に二体ともいるのです』

「わかった、のです」


 船内のことはメインシステムがだいたい隅々まで把握している。当然シミュラントどもの居場所もだ。

 廊下を数歩踏みだそうとし、だが、そこで数秒間足が止まった。

 疑問が浮かぶ。

 奴らは本当にあてになるのだろうか。あのミス・ウィットフォードの偽物は能なしで、あのやかましいちびは故障品だ。


 エオースの本来の乗員たちは本当に良かった。

 リトル・リザが出てくるとみんな自分の娘か妹のように接してくれた。こんなただの予備のロボットを、だ。

 ベイカー船長は何かにつけてお菓子をリトル・リザに食べさせようとし、そんな機能はないと言って断っていたら、真顔で食事機能を搭載しようと検討し始めていた。

 あと何十年か彼らとの旅が続いていたら本当に追加されていたかもしれない。

 マリーナとユーリは徒党を組んでいつもリトル・リザにひらひらの可愛い服を着せようとした。何とわざわざ手縫いで作ってくるのだ。

 着るとみんなが喜ぶので、乗員への福利厚生の一環として着せ替え人形になることもやむを得なかった……が、まあ、その、ロボットにあるまじきことかもしれないが、まんざらではなかったことも認めよう。

 あの頃は、何というか、そう、今よりもずっと人間の役に立てていた、気がする。

 人間的に表現するならば、あれだ……幸福な日々だったのだ。とても。


 それにしても、たった一人の人間になってしまったライルが構ってくれないのは、人間への奉仕を使命とするロボットにとっては、実に張り合いのないことである。

 ライルがいちいち気にするから今だって全身ぴかぴかにオーバーホールしたのに。


「……行く、のです」


 つまらない感傷は時間の無駄だ。リトル・リザは先ほど言われたレイシーの部屋に向かうことにした。



 部屋のドアを開くと、レイシーとシャーロットは二人並んで行儀良く椅子に座り、壁に映し出した映像を凝視している。

 背後のリトル・リザには気付いていないようだ。


 映し出されているのは地球の古いアニメーション作品のようで、何故か宇宙空間を全裸の少年少女がくるくると回っている。

 正気を疑う絵面だ。実際にそんなことをしたらきっと短時間のうちに酸欠で昏倒するだろう。意味が分からない。

 そしてそのまま映像が切り替わり音楽が流れ始めた。

 と――


「……!」


 カッと目を見開き、突然レイシーが振り向いた。

 そのまま無表情のままのリトル・リザと睨み合う。数秒遅れてシャーロットがこちらを向く。

 しばらくリトル・リザとレイシーは睨み合いを続けたが、あちらが固まって動かないので、仕方なくこちらから訊ねることにした。


「どうかした、のですか?」

「……何故ここに? ドアにはロックがしてあったと思うのですが……」


 ドアはロックしていようがしていまいがリザが開けようと思えば簡単に開くし、ライルと違ってシミュラントどものプライバシーなんぞ知ったことではない。

 用件は……何だろう? おしゃべりに来た、と答えるのは何かしゃくだ。

 つまり、そう――


「お前達の、休日の生活を、調査しにきた、のです」

「……はぁ……?」


 リザの宣言に対し、レイシーはいぶかしげに首を傾げる。

 その隣のシャーロットはというと、同じく不思議そうにこちらを見ている。が、ふと思いついたように、余っていた椅子をずいっとリトル・リザの方に差し出した。そしてぱっと何が嬉しいのか満面の笑顔を浮かべる。


「はい。どうぞ。あたしたちは地球文化のお勉強をしてたの」

「地球文化、ですか」


 リトル・リザとしては別に立ちっぱなしでも構わないのだが、勧められたものをわざわざ断る理由もないので座ることにする。

 地球文化、というのはあれか、オリジナルのミス・レイシー・ウィットフォードが好んでいたやつだ。ライルも彼女に影響されて地球文化を趣味としているので、それを理解しようというのは評価できる。

 もっとも、このシャーロットとかいうちびは、故障品だ。一応問題は先送りとなり破棄は免れたものの、安全が確認されたわけではない。

 名探偵気取りのライルの話に乗ってやりはしたが、現実問題としてシャーロットの三原則は壊れている可能性が高い。

 有り体に言ってライルの選んだ詭弁は、リザが思いついていた数百通りのパターンの中ではかなり悪いものだったのだ。このガラクタを、わざわざより手近に置くとは。


「ねえ、リザ?」


 シャーロットが唐突に、何やらもじもじと言いづらそうに声を掛けてきた。

 何だろうか?

 言いづらいことなら黙っていればいいのに。

 ……とは思うのだが行きがかり上は聞き返してやらなければならないのだろう。


「なん、なのです」

「あたしってほら、あれじゃない? これからは、その……身も心も……本格的にライルのモノになるっていうか……わっ、言ってて恥ずかしくなってきちゃった……」

「は?」


 赤らめた顔を両手で覆いながら、このガラクタは何をほざいているのだろう。

 やはり本格的に壊れたのだろうか。

 あまり男女の機微に聡いとは言えないリトル・リザから見ても、ライルがシャーロットを異性として意識している様子は見られない。

 レイシーについては若干気にしている様子はあるが、結局のところライルはいまだにオリジナルのミス・レイシー・ウィットフォード一筋と言っていいだろうと思われる。

 率直に言って、シャーロットの女性としての序列なんぞ、リザよりも下なのではないか?

 うむ、やはりこのガラクタは壊れたに違いない。


「わかった、のです」

「うん、それでね……」

「破棄処分の準備を、するのです。ライルさんには、私から伝えておく、のです」

「な、なんで⁉」


 なんでもへったくれもない。

 ここまで深刻な故障であれば一刻の猶予もない。ライルに危害を加える前にさっさと分解槽の藻屑にしてやるべきだ。

 リトル・リザが力強く決意しつつあるのをよそに、シャーロットはバタバタと手と首を振って見せる。


「あ、あのね。そうじゃないの。ライルが私のご主人様で、専属で仕えるわけだから……」


 シャーロットがちらりとレイシーに視線を送ると、レイシーはさっとその視線を避けた。

 ああ、どうやらこれからレイシーですらフォローしたくないような馬鹿げた発言が来るらしい……

 覚悟が必要そうだ。

 しかしこのガラクタも、ライルを命の危険に晒したのはともかくとして、自らの量子回路と引き換えにするほどライルのために尽くしたのだ。同じロボットとしてその忠義は認めてやろうとは、リトル・リザも思っている。

 だからこそ、故障した彼女がこれ以上奇矯な言動を繰り広げる前に、名誉ある破棄処分を受けさせてやるべきではなかろうか……?

 そんなリトル・リザの懊悩をよそに、シャーロットは馬鹿発言を続ける。


「つまり……めいどふく! めいどさん!」

「……は?」


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