「異世界聖都のあれやこれ」
※この話の中に握り方で作者のオリジナルの名前が入ります。実際にはあるかどうかわからないです
旬亭が開店して一カ月が経過した。従業員も増え常連も二人、さらに流行物ということと常連の新聞記者のおかげもありそこそこ名が知れ渡ってきたといったところだ。
その店前。大柄な男が苦虫を噛み潰したような顔で立ちすくんでいる。身の丈2mはあり、背中には巨大な剣を背負っている。
「・・・本当にここに入るのか?」
隣には猫の耳と尻尾をつけた女の子2人とやけに耳の長い優男、その中の優男が大男に声をかける。猫の二人も声をあげる。
「お腹減った〜」
「お寿司〜」
「そんなデカイ図体で何言ってるんですか?巨大魔物の群れにであったわけでもあるまいし」
優男はクスクス笑い大男を引きずって店に入っていく。
「いらっしゃいませ!」
店の中は見たことない飾り、カウンター8席、テーブル席が2つ、座敷席が1つ。
カウンターには2人の男。1人は物静かに酒を飲んでいる、傍に日本刀。もう1人はビール片手に店主と店員と楽しそうに話している、格好から冒険者か情報屋といった感じだ。
4人はテーブル席に腰掛ける、すぐに給仕らしき女がかけよってきた。
「ご注文は何になさいますか?」
「トクジョウを4つ、ガルバさんと僕は・・・ビールでいいですよね?」
「あ、あぁ」
優男がキビキビと注文をしていく、猫耳の娘たちは嬉しそうな顔で尻尾を左右に振っている。
「彼女達には・・・なんか果実の飲み物あります?」
「愁さん何かありますか?」
「オレンジジュースならあるよ」
聞いたことがない名前だったが果実ならいいかという感じで注文する優男。大男は慌て顏に、そんなわけのわからないもの頼んで今後の仕事に支障をきたしたらどうするんだと。
「トクジョウ4人前、お願いします」
「はい、かしこまりました!」
店主はものすごい速度で4人前を作っていく、しかも早いのに綺麗な握りだったが、不意に手を止め
「苦手なネタはありますか?」
と聞いてきた。優男が大丈夫ですと答えたため大男は余計慌て、キッと優男を睨みつけた。
大男の名はガルバ・ジュード、『冒険者ギルド聖都支部:アヴァロン』に所属している。かなりの実力を持ち巨大魔物も倒したことがあるが苦手なものは現在流行の生魚。
優男はフィード・アルファンソ、同じくアヴァロンに所属している魔術士。ガルバとは同じパーティで後衛担当、魔法で回復から攻撃も繰り出す。
猫耳の少女2人は姉妹で姉のリネ・ラナード、妹のユネ・ラナード。ガルバ、フィードと同じギルドでパーティメンバー。弓術を得意とし姉のリネは前後衛対応できる実力、妹のユネは後衛専門だがバリエーション豊かな撃ち方が得意。しかも2人共かなりの容姿とプロポーションのためレストパーティに誘われることが多い。(レストパーティとは即席パーティのこと)
「お待たせしました、トクジョウ4人前です。」
トクジョウ4人前を仕上げた愁は自身の世界ではありえない格好の4人に唖然とする。疑問をそっとゼノに話しかける。
「あの方達って一体何者ですか?人間じゃないですよね」
「ん?あぁ。4人とも種族人間じゃないね。猫みたいな耳の少女2人は『ナミージュ族』、優男は多分『エルントア』、大男は『ビースタス』かなぁ」
「・・・名前だけ言っても通じんだろう」
バージルの正確なツッコミにゼノはそうだったという表情、慌てて補足に入る。
「ごめ、シュウちゃんこの世界の人じゃなかったよね。えっとまず『ナミージュ族』ってのはこの聖都のある大陸から南の諸島にいる種族で男女全員猫耳と尻尾があるの。弓術が得意でね、結構大陸に冒険者として流れてくる人多いよ。で、『エルントア』は魔術が得意な人物かな、耳が長いのが特徴。世界中にいるけど主に出身は魔法の森かな。最後の『ビースタス』は見た目は人間とそう変わらないけど力と体力は人間より圧倒的に高い。そして一番の特徴は獣に変身出来るってことかな。獣人っていうのかねぇ、夜しか出来ないらしいけど」
夜に変身って大丈夫なのか?と一瞬ギョッとしたがコントロール出来るらしく今現在見た目に変化はない。この聖都は紛れもなく異世界なのだ、人間以外の種族が存在している。愁は改めて自分が店を出した場所がニホンではなく異世界なのだということを痛感した。
ただ、迷いは一切なかった。どこだろうとどの世界だろうと自分の技術でお客様を満足させる。その一点だけであった。
ふと見ると、猫耳娘達は満足な顔で寿司を食べていた、優男も同様の顔をしている。大男は恐る恐る寿司を掴み口に入れる、最初は苦々しい顔だったが徐々にその顔は笑みへと変わっていく。この表情が答えなのだろう。そんな気がした。
「アカリっち、俺っちビールもう一杯ちょうだい」
「わかりました、どんどん飲んでたくさんお金をおとしていってください」
「・・・アカリっち、言い方キツイなぁ〜」
愁はクスッと笑い、バージルも口元は少しニヤけているように見えた。
今夜も旬亭には笑顔がたえない。ハッとした顔で愁が何かを握り始める。その様子はゼノとバージル、そして4人の冒険者にも伝わったようだ。
「本日より入荷しましたネタです、1カンはサービスになりますのでどうぞ、ご賞味下さい」
アカリが冒険者のもとへ出来上がった寿司をもっていく、カウンターの2人は愁が直接笹皿の上へ。
「・・・ボタンエビか」
「お〜、生エビってはじめてかも」
「わ〜、嬉しいよーお兄さん!」
「生エビ・・・じゅるり・・・」
「これはご丁寧にどうも、サービスなんですからちゃんと食べてくださいねガルバさん」
「む、無論だ!この店の寿司は俺の生魚への印象を変えてくれたのだ、ここで食わなければ店主への面目がたたん」
4人は握りたてのボタンエビを食す、たっぷりと量感のある身、食感も楽しめ、ねっとりとした甘さに驚く。エビ一カンでここまで感動させられるとは・・・。
圧巻の美味しさだったのだろう、満足な表情を浮かべた。
バージルとゼノも握りたてを頬張る。
「・・・この時期ならではだなボタンエビは。たしか基本生でしか使わないネタだったな」
「ですね、一応通年食べられますが春と秋が旬なのでこの時期は本当に美味しいです」
「この甘さ、たまんないねぇ〜」
お客様の満足の顔、これが見たかった。場所が異世界だろうとやっぱり美味しいものはどんな世界でも共通なんだなぁと愁は感慨に耽るのだった。
「すみません、先ほどのエビをもう4ついただけますか?リネちゃんユネちゃんも気に入ったみたいですがガルバさんもお気に召したようなので」
フィードがにこやかに注文、それを受け愁は得意の細工寿司で彩る。その違いにガルバが歓声を上げた。
「おぉっ、これは先ほどとは形が違うな」
「細工寿司になります。こちらは、俺のオリジナル『絆結』という握り方です」
愁が独自に編み出した細工寿司や飾り握りは400ちょっと。元々ある伝統的なものはもちろん、お客にあった握り方で目でも楽しませる。
「お客様、見たところ4人で仕事をされているみたいなので、4人の絆がもっと深まるようにと願いを込めてこの形にしました」
「へぇ、嬉しいものですね。僕たちのことをよく見ていらっしゃる」
「美味しそう〜」
「・・・うむ、うまい!」
にっこりと笑顔を返す愁、ガルバはもうすっかり生魚を克服したらしくトクジョウの握りもすっかり平らげていた。
フィードはビールのお代わりを注文、リネとユネの2人はボタンエビを本当に気に入ったらしくもう1カンとフィードにねだっている。
今旬亭にいる皆が笑顔、この店を開店して本当に良かったと愁も笑顔になるのであった。
ボタンエビ(牡丹海老) タラバエビ科に分類されるエビの一種
旬:春 秋
別名:キジエビ
体色は橙赤色であるが、赤い斑点が見られ、これが名前の由来。体調は20cmほど
ねっとりとした肉質は甘みで卵や味噌(エビ味噌)も食用。
漁獲量が少ないため高級品