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寿司処旬亭 異世界営業譚  作者: ムラサキあがり
第一章;秋(オータム)
6/14

「タマゴの思いやり」

前回のあらすじ

閉店後、店の片付けをしようとして暖簾が出しっぱなしになっていたことに気付く愁。暖簾を仕舞おうと外に出た愁を待っていたのは髪にかんざしをつけた女の子、その娘はここで働きたいと言う

 突然の来客。営業時間終了後に訪れた(かんざし)をつけた女の子、愁はとりあえず彼女を店へと招いた。

 客が一人もいない店内、テーブルやカウンターは拭き掃除を終えていた為キレイだがツケ場内はまだ荒れたまま。彼女をカウンター席に腰掛けさせお茶を出す。


「・・・・・・・・・」


 座ったまま何も話さない彼女、困り顔の愁、無駄に時間だけが流れていく。

 数分程の沈黙ののち話を切り出したのは愁だった。


「何か召し上がりますか?」


 予想していなかった台詞だったらしく彼女はビクッとし、(うつむ)いていた顔をあげた。そこで見たのは愁の笑顔だった。彼女は無言のまま(うなず)く。思えば朝から何も食べていない・・・。


「では少々お待ちください」


 笑顔のまま厨房へ消えていく愁。中からダシのいい香りが漂ってくる、何か焼いているのかな?そんな事を考えていると彼女の空腹は加速していく。


 一方、厨房内の愁はカツオブシでダシをとりタマゴ液と混ぜ、焼き始めていた。彼女はきっとお腹が空いているんだろうと思い、通常店で出しているシバエビのすり身を混ぜたタマゴとは別にもう一品作っている。つまりはだし巻きタマゴだ。彼女の見た目はだいたい10代後半くらい、活魚はもう使えない、というか魚介系は殆ど残っていなかった。元々小さな店で客数もそんなにいない、そのネタがほぼ常連用に仕入れたもののため、その日使い切る分しか仕入れていないのだ。


 エドマエ寿司屋のタマゴは焼くのに実はかなりの技術を要する。強く焦がした瞬間に使い物にはならなくなってしまうからだ。タマゴはそれぞれの寿司屋で特徴が出やすいとされるネタのため、店の違いは魚よりタマゴでわかるともいえる。

 焼く事数十分、綺麗な黄色のタマゴが焼き上がり、それと旬亭特製シバエビのすり身が入ったタマゴを持ってツケ場へと戻る愁。

 シャリはまだ残っていた、素早く握りの形に整え、焼きたてのだし巻きタマゴを厚く半分に切りシャリの上に乗せる。『鞍掛(くらかけ)』という手法で同様にシバエビタマゴも同じ様に握る。


「どうぞ、だし巻きタマゴ握りとシバエビのすり身が入ったタマゴです。魚介はもう使い切っちゃったのでこれしかお出しできないのが申し訳ないんですが・・・」

「・・・いただきます」


 彼女はそう言い、だし巻きタマゴ握りを食べる。つるっとした食感、出汁の旨味が口いっぱいに広がり一気に幸せな気分になる。あまりの美味しさに暗かった表情の彼女からも笑顔が溢れる。そして愁にこう告げた。


「あたし、ここで働きたいです。給金はいりません、それでもここで働いてみたいんです」


 何故?と愁が問うと彼女は自身の生い立ちについて語り始めた。

 今から5年程前、彼女は気がつくと聖都近郊の森に倒れていたという。前後の記憶がほとんどなく自分の名前が「アカリ」ということ、それ以外は断片的にしか覚えていなかった。森を抜けようとして魔物(モンスター)の群れに襲われたところを現在住まわせてもらっている貴族のパールショート家の騎士に助けてもらったという。

その騎士の名は【ヘイゼル・パールショート】。パールショート家の次男でネフューム教神殿騎士団 伍番隊「ユニコール」の副団長を務めている。彼の推薦もあり、彼女はパールショート家の居候として迎えられることになった。しかし、貴族というのはかなりの偏屈者が多く、見ず知らずの、尚且つ見るからに平民の彼女にかなり辛くあたったという。そんな仕打ちは、ヘイゼル氏が騎士団の仕事で家を空け留守の時にしか行われないというのでタチが悪い。だが彼女自身もこのままではいけないと思っていたらしく、パールショート家を出て自分一人で生活することを考え、様々な場所で仕事を探したがパールショートの名前を聞くとたちまち断わられた。彼女はパールショート家がかなり高位の貴族であることをつい最近まで知らなかった。

 だが転機が訪れ最近その家族の悪事がヘイゼル氏に露見し、彼女への嫌がらせはなくなったという。しかし彼女の仕事がしたいという想いは消えず、ヘイゼル氏の許可をもらってこうして職場を探しているということだった。そんな中、寿司処旬亭を見かけた瞬間、とても懐かしい感触を覚えここで働きたいと切実に思ったという。


 ここまでの話を聞き、愁の中にはある推測が浮かんでいた。

 彼女は俺の住んでいる世界の人間なのではないか?髪飾りの(かんざし)がそれを証明しているような気がしてならない。何故ならその(かんざし)は今ではあまり見かけない『エドつまみ(かんざし)』だったからだ。


「えっと、アカリちゃんでいいのかな?もしここで働きたいっていうならそれなりに厳しいこととか難しいことも覚えなくちゃならないけど、大丈夫?それにお客様が多いってわけでもないから、基本常連さんばかりの相手が多いよ?」


 投げかけた問いにアカリは決意の表情で頷き愁にこう返答した。


「あたしが覚えていることでこんな言葉があるんです。

『悩みあればこそ成長、苦難あればこそ強固、自分で勝ち開くもの也』

 どんな辛いことも平気です!あたしこれでもかなり打たれ強いですから」


 彼女は満面の笑みでそう語った。愁はその笑顔に負け、彼女をここで雇うことを決めたのだった。


「それじゃこれから宜しくお願いします。俺は冴島 愁、名前名乗るの忘れてたよ。それと給金はちゃんと払うから、そのタマゴは・・・今回はサービスね」

「はいっ、ありがとうございます」


 愁とアカリはクスクスと二人して笑いあった。

 時刻は深夜(シャドウタイム)を回り3つの月もでていないというのに愁の握ったタマゴはまさに(ギョク)のように光り輝いて見えた





タマゴ(玉子)

旬:オールシーズン

店によって違うが江戸前寿司の玉子は芝エビのすり身を加えた生地を角鍋で時間をかけ焼き上げた厚焼き玉子。ふんわりとしていながらもややこってりとしたカステラのような風合いで味わいも奥深い。

握り方としては少々厚めに切ったものに海苔を巻く手法をよく見るが、分厚く切って半分に割りシャリに乗せる鞍掛(くらかけ)という握り方もある。

この芝エビ入りの玉子は握りだけでなく太巻きやちらし寿司にも使われることが多い。

子供からご年配の方まで愛されるネタ。(アレルギーもちの人はご注意を)

ちなみに玉子のことをギョクという(玉子の玉の音読み)



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