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寿司処旬亭 異世界営業譚  作者: ムラサキあがり
第一章;秋(オータム)
5/14

「エドマエと従業員の華」

「シュウちゃん、ずっと一人で店切り盛りしてるけど従業員とか雇わないの?」


 いきなりだった。旬亭が開店して、3週間が経過した。ゼノの書いた記事や噂もあり、そこそこ客数は多くなっていた。

 現在店内には常連を含め4名。青コートの男 バージル、新聞記者のゼノ、それと商人風の男が2名。どうやら寿司ネタについて話しているようだ。


「今は一人でも回せてますので従業員はまだ大丈夫かと」

「ふぅ〜ん、そうなの。でもこれから先、団体の予約客とか入った時辛くない?」

「・・・そうなると考えものなんですが、アテがあるわけでもないので」


 聖都には旬亭以外にも寿司屋はある、愁の店は開店してわずか3週間足らず。特に宣伝もしていなかったためもあり常連客で採算があっているらしい。

 不意にゼノが口を開いた。


「そういや、暖簾(のれん)に書いてあるけど『エドマエ寿司』の『エドマエ』って何?」


 愁の顔はあっけらかん、バージルは酒を飲もうとする手が止まった。


「え、俺っち何か変なこと聞いた?」

「・・・知っているものかと思っていたが・・・・」


 バージルは酒を飲み干し呆れ顔を浮かべ、愁はクスッと笑みをこぼした。


「シュウ、こいつにエドマエの基本を握ってやれ」

「はいっ!」


 愁は正統的な本手返しで素早く握りを完成させる。待つこと数分、ゼノの前に綺麗に並べられた6カンが置かれた。


「おぉ〜スゲェ、見た目キレイだし美味そう」

「寿司を知るならこれですね。エドマエの真骨頂といえるのがこの6種のタネです」


 愁が握りゼノに提供した6カン。

『マグロ、白身、コハダ、エビ、アワビ、アナゴ』

 愁はバージルにも同じものを提供し、ゼノに一つ一つ説明していく。


「左から順に、まずはマグロですね。マグロがないと寿司屋は暖簾が上げられないといわれるくらい重要なタネです」

「これは俺っちでも知ってるけど、そんな重要なものだったんだなぁ・・・」

「・・・エドマエの華、だな」


 バージルは白身を醤油につけ口に運ぶ。

 そしてなぜか疑問顔。


「白身はヒラメか?」

「ちょうど旬がはじまったので今日から出してみました」


 ゼノも白身を食べる、絶妙な身の締まり具合と脂の美味さが口に広がるのを感じた。


「うっま〜!!これ美味いよ!」

「それが白身魚、ちなみに今回お出ししたヒラメは2〜3日熟成させて旨味を出しました。白身の仕込で寿司屋の実力がわかるとも言われています」


 ゼノは愁の説明をものすごいスピードでメモ帳に記載しながら寿司を食っている。この辺りまさに新聞記者だ。

 愁は続ける。


「真ん中、3つ目はコハダです。『押しも押されもせぬエドマエの看板ネタ』と言われているので、これを置かないエドマエ寿司屋は失礼ながらモグリですね。俺も好きなネタの一つです」

「んー、酢締めされてるのか、でも美味いわ」


 その会話にバージルが付け加える、彼は本当に寿司をよく知っている。

 異世界の方なのに・・・


「『コハダこそエドマエの神髄』という言葉があるくらいだからな。シュウもそうだろうがどんなに高額だろうと初物のコハダ・・・この場合はシンコだな。それは意地でも握ると言われるほどだ」

「さらにコハダは振り塩ののちしばらく置き、そこから酢締めなど結構な手間がかかる」

「マヂで!?」

「切り方を変えたり細工をしたりなど『エドマエの仕事』が試されるタネだろう」


 まさかここまで知っているとは・・・、愁とゼノは呆気にとられる、愁は当然の知識として知っていたがこの解説にゼノはもとより、テーブル席の商人2人も会話を止め話に聞き入っている。


「・・・えっと、続きましてクルマエビです」


 呆然していた愁だったがエドマエ寿司の説明を続ける。


「エビなら知ってるよ〜、ただ・・・このエビは知らない」


 焦り顔のゼノ、それを見て愁は続けた。


「本来、エドマエで使うのはゆでたクルマエビのみなんです。店々でかわりますがうちでは10cm前後の大きさのものを使ってますね」

「『マキ』というやつだな・・・」


 呟くように言いバージルは酒を注ぐ。

 何でそんな事まで知ってるんだろうと思いつつ愁は次のタネの説明に入っていく。


「5カン目はアワビです、旬はもう過ぎましたがこれもエドマエの仕事を象徴するネタです」

「これって・・・煮てあるの?見た感じ火が通ってるっぽいけど」

「煮てはないですね、蒸してはありますけど」

「蒸しアワビなら、クロではなく・・・マダカか?」

「その通りです、何でわかるんですか?」


 確かに蒸して食べるならクロアワビより、マダカアワビやメガイアワビなどが向くがそこまで知っているともしかしたらバージルは愁の世界に行ったことがあるのだろうか?お客のことをあまり詮索したくはないがここまで詳しいと逆に知りたくなってくる。バージルさんって何者なんだろうという疑問を残しつつ愁は最後のネタの説明に入る、バージルはもうすでに提供した6カンを全て食べ終え、ガリを何枚か食していた。


「最後はアナゴです。このネタもコハダと並んで店の良し悪しを教えるタネですよ」

「これ柔らかそうね、すっごい美味そう」


 そう言いゼノはアナゴを頬張る。ふっくらとした身、煮ツメがそれを絡めて口の中に残る味わいだ。ゼノは食したこの6カンでエドマエの意味を理解したのだった。メモ帳には愁の説明が全て書かれていたが、ゼノは難しい顔をして


「・・・これは是非記事にしたいけど・・・この感動を文章にするのは難しい。と言うか無理だ」


 ゼノはあははと笑い熱燗を飲み干す。


「・・・ただ、宣伝にはなったかもね」


 ゼノは横目で商人2人を見た、商人2人はお会計をお願いする。エドマエというこの聖都では聞いたことのない言葉を伝えるにはゼノの満足な表情だけで充分だったのかもしれない。




 旬亭閉店時間。

 店にはもう愁しかいない、バージルもゼノも閉店ギリギリまでいるがもう帰宅したあとだ。このあとは後片付けと洗い物をして、店内の掃除と・・・その前に暖簾だ。


 暖簾を仕舞おうと外に出た愁の前に知らない女の子が立っていた。貧相でも裕福でもない格好、髪にこの世界では見かけない髪飾りをつけている。だが、愁はその髪飾りに見覚えがあった。なぜならそれは『(かんざし)』だったから。


「すみません、今日はもう終わっちゃったんです」


 閉店したということを告げる愁。しかしその女の子は首を横に振りこう言った。


「あの・・・あたしをここで働かせて下さい」

















マグロ(鮪) サバ科マグロ属

旬は種類により様々

名前の由来は諸説あり目が大きく黒い魚であること(目黒=まぐろ)と常温に出しておくとすぐ黒くなるため(まっくろ→まくろ→まぐろ)

部位「赤身、中トロ、大トロ」他の食用は「目玉、頭肉、カマ(エラの周り)、尾の身、内臓など」

熟成に4日かかるため「シビ」と呼ばれることも。


ヒラメ(鮃、平目) カレイ目カレイ亜目ヒラメ科

旬 晩秋〜冬

「寒ビラメ」というように冬に旨くなる魚。

エンガワ=ヒレを動かす為サヤ状の筋肉が発達し脂がたっぷりのって美味しい部位。

3月〜7月が産卵期

「三月ビラメは犬も食わない」という言葉がある

別名:オオグチ、ソゲ、テックイ、メビキ、ハス


コハダ(小肌) ニシン目ニシン亜目ニシン科

旬:秋〜冬

出世魚:シンコ→コハダ→ナカズミ→コノシロ

別名:ツナシ、ハビロ、ドロクイ、ジャコ

煮物、焼き物、揚げ物などの料理には全く向かない

一尾漬けや片尾漬けなど握りのスタイルは多種多様ある

「寿司はコハダでとどめさす」ということわざがあり、最後に食べると通っぽい。


クルマエビ(車海老) 十脚目クルマエビ科

旬:晩秋〜冬

別名:ホンエビ、マエビ、ハルエビ

大きさで呼びかたが変わる↓

5cm〜6cm=サイマキ(コマキ)

10cm前後=マキ

それ以上=クルマエビ


アワビ(鮑) ミミガイ科の大型の巻貝の総称

旬:夏

ひと昔前は「共ヅメ」というアワビの煮汁から作ったツメを塗っていたが今では煮切り醤油を使うことなども、職人ごとに独自の流儀がある


アナゴ(穴子) ウナギ目アナゴ亜目アナゴ科

旬:梅雨〜夏

別名:メジロ、キンリョウメ、ヨネズ、ペエスケ、ドテタオシ 等)

生食でも主に産地で鮮度のよいものをしっかり血抜きし洗浄すれば食べられるが基本は

火を通す

煮詰めを塗り出す店が多いが塩で出す店もあるらしい

生食に向かないのは血液中に毒がある(熱に極めて弱いのできちんと加熱処理されていれば毒性はなくなる)

胃に寄生虫(アニサキス幼虫)がいるため生で内臓は絶対食べないこと



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