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寿司処旬亭 異世界営業譚  作者: ムラサキあがり
第一章;秋(オータム)
4/14

「新聞記者蝦蛄談議」

もうすぐ春ですね〜春にも美味しい寿司ネタは多くなります。

登場人物や世界観などの設定は後々公開していきます。

 青コートの男が常連となり、その後毎夜訪れてくれるようになった寿司処旬亭。

 青コートはかなりの寿司通で、味の薄いものから段々と濃くしていくという食べ方だった。


 本日は秋晴れだったが夜には風が強くなっていた。旬亭店内には現在青コート一人。いつも通りの温燗一本、席の脇には彼の愛刀。白と黒色の柄に金の鍔、鞘は漆黒に近い色だ。


「お次はどうしますか?」


 愁がそう聞く、青コートは迷いなく


「ガレージはあるか?そろそろ旬だろう」


 ガレージとは蝦蛄(しゃこ)のこと。呼び方はただの駄洒落(だじゃれ)


「はい、かしこまりました!」


 秋のシャコは身が多くなっており美味しい、ただ見た目がグロテスクと思う人がおり食わず嫌いも多い。

 シャコを青コートに提供した直後、店の引き戸がガラッと勢いよく開けられた。


「いらっしゃいませ!」


 ハンチング帽に深緑のコート、着古したジーンズに黒のローファーっぽい靴。

 なぜか胸ポケットがコートについていてメモ帳とボールペンと万年筆が入れてあったのがわかった。

 驚くような口調で帽子の客は、


「ありゃ、こんな店あったんだ?」

「お好きな席へどうぞ。つい最近開店したばかりなので」


 帽子の客はカウンターの一番左端へと掛ける。


「とりあえずビール!・・・ってあるのかなぁ?」

「ありますよ、ただ生ではなく瓶ビールになっちゃいますが?」

「オッケオッケ、あとシャコちょ〜だい」


 キビキビと注文をした帽子の客は店内をキョロキョロと見回す。聖都ではこんな古めかしいような店は見たことがない、名前の知らない飾りがたくさんあるしカウンターが樹木なのも珍しい。帽子の客は堰を切ったように話しはじめる。


「やー、俺っちとしたことがこんな風情のいい店が開店していたことを知らんかったなんてなぁ。結構色んな店回って食って来たんだが、ここは珍しいものが多いというか、今までにない感じの寿司屋よ」


 愁は帽子の客に瓶ビールと栓抜き、コップを渡した


「はいどうぞ、シャコはもう少々お待ちください」

「あぁ栓抜きいいよ。手で充分」


 というと帽子の客は瓶の蓋に親指をかけ、まるでコイントスかの如く王冠を弾き瓶ビールを開けてしまった。

 呆気に取られる愁、青コートは顔色一つ変えずにシャコを頬張った。


「・・・ここはガレージにツメは塗らないのか?」

「はい、うちのツメはシャコとはあわないので。茹でたシャコの淡白な味を殺しちゃうからワサビと醤油で食べてもらってます」


 興味がわいたのか帽子の客がその話に割って入ってきた。


「え、シャコって普通煮詰めが塗ってあるもんなんぢゃないの?」

「塗るところもありますが店々でツメの味が違うんです。シャコに合う用に作っているところもあれば、合わないところもあります」


 煮詰めの味は店の味。(うなぎ)屋のタレが店ごとに違うのと同じで寿司屋の煮詰めにも味に違いがあるのだ。愁は続ける。


「うちのツメは煮アナゴには合いますがシャコには味が強すぎるので」

「ニャルほどねぇ、・・・この話次の記事のネタにしてもいいかなぁ?」


 帽子の客は納得の表情とともにメモ帳とボールペンを取り出しスラスラと書き記していく。記事?この帽子の客は一体何をしている方なのだろうと愁は思った。

 愁はこの世界の人間ではない、故に愁の世界に存在しない仕事もあるだろう。

 その様子に気がついたのか帽子の客は名刺を差し出し、


「俺っちはゼノ、この聖都で新聞記者やってる。読んだことあるかい?【クロノス・タイムス】っての、あれ俺っちが記事書いてんのよ」


 名刺には確かに『クロノス・タイムス編集部所属:取材担当 ゼノ』の名前があった。

 クロノス・タイムスとは聖都で唯一発行されている新聞だが奇抜な記事ばかりが目立つのであまり読者はいない。それでもゼノはこの仕事には普通より面白さがあると語る。


「俺っちの考えなんだけど新聞ってのは政治とか世の中のことばっかり書いてたらつまんないんぢゃないのかなって思ってね。そんで、ちょっと変わったのを特集記事として扱うのもいいんぢゃないんかなぁって

 ・・・まぁおかげで発行はされてるけど読者は雀の涙ですわよ・・・」


 がっくしと頭を下げるゼノに愁はシャコを提供、これで少しは元気になってくれればいいなと願いをこめて。


「・・・美味っ。え、シャコってワサビとショーユだと甘さ解るんだねぇ、感動」

「シャコは秋も美味しいですが、春も美味しいです。その時期にもお出ししますよ」


 愁は帽子の客に笑顔を、青コートは少しはにかんで、


「・・・カツブシいりを期待したい、ツガイ握りもいいがな」

「はい、春に河岸(かし)で確認しておきますね」


 キョトンとした顔のゼノ、カツブシは聞いたことはあったがシャコにカツブシってあったかな?あれってカツオじゃ・・・。

 その様子に気がついた愁はちょっと笑みをこぼしてゼノと話をする。


「カツブシはカツオブシじゃないですよ。シャコの卵のことをカツブシって呼ぶんです。一番カツブシが多いのは梅雨時期で尚且つ当然メス限定。美味しいですよ、時期になったら入荷しますね」

「なる〜。そういやそっちの青コートの旦那、さっきガレージとか言ってたよね、そもそもなんでシャコって名前なんだろ?たしかガザエビとか言わなかったっけか」


 一度に3つの質問がきたのでちょっと焦った。だがゼノが投げ掛けた質問に答えたのはなんと青コートだった。


「・・・ガレージというのはただの洒落(シャレ)。シャコの名前の由来だが、茹でると紫色になる。その色がシャクナゲの花に似ているからだと言われているらしい。ガザエビはただの別名だ」

「・・・・・旦那、詳しいねぇ」


 3つの質問に全て答えられてしまった、しかも店の大将の愁でなく、知らない青コートの男にだ。かなり唖然としてしまった。が、この店は面白い。しばらくここに通ってみてもいいだろう、美味い酒と肴、それに寿司。寿司好きのゼノにはベストな店だったといえる。


「しっかしまぁ、シャコだけでここまで盛り上がれるとは思わんかったぢぇ〜。大将、名前なんてーの?」

「あ、申し遅れました。寿司処旬亭 店主 冴島 愁と申します。今後ともご贔屓に」

「よろ〜」


 二人目の常連の誕生だった。


「そいや旦那。初対面でこんなこというのもなんだが旦那の名前も教えてもらっていいかい?」


 青コートは無言で酒を飲み干し


「・・・バージルだ」

「ほほぅ〜ほいじゃバージルの旦那、シュウちゃん。これからよろしくぅ〜」


 ゼノは満面の笑顔(ただし少々邪悪そうな感じ)でそう言い放った。













シャコ(蝦蛄)甲殻類 口脚目(シャコ目)シャコ科

地方名:ガザエビ、シャッパ

旬は春と秋 秋は身が大きくなる

一匹に2つある『爪』。見た目はグロテスクだがシャコの爪肉は甘味が凝縮した相当の珍味。

シャコの卵は「カツブシ」と呼ばれる

茹でると紫色になるため、その色がシャクナゲの花に似ていることから名前がついたといわれている。

シャコをガレージと呼ぶのは蝦蛄と『車庫」をかけている。車庫は英語でガレージ。

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