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寿司処旬亭 異世界営業譚  作者: ムラサキあがり
第一章;秋(オータム)
2/14

「青コートとイシダイ」

連載は不定期になります。話の構成がまとまり次第アップしていこうかと思っています

秋は冒険者が減り、ギルドの仕事が大いに増える。何故なら魔物(モンスター)が増える時期だからだ。この世界には様々な信仰が当たり前となってはいるのだが無信仰な人間も存在する。特にこの聖都で信仰されているのが<女神信仰>である。

少しばかりこの世界の神話を語ろう。

この世界は3人の女神と6人の悪魔が共同で創り上げたとされている。女神3人が【大地、生物、海】を作り、悪魔が【欲望、技術、感情】などを作ったがやがて女神と悪魔は対立し女神は天界へ、悪魔は冥界へと行き力を蓄えていたという。そして起こったのが、

『天魔戦争』

女神の軍勢と悪魔の軍勢が世界と人間を巻き込みおよそ300年間続いた。

結果世界は荒廃したが女神の1人『ネフューム』と悪魔の1人『ダルタス』が我が身を犠牲とし天魔戦争は終結、荒廃した世界も元に戻った。

以来、世界にはネフューム教とダルタス教の二つが信仰とされるようになったがネフューム教信者の方が断然多いのは否めない。

人の価値観というものだろう、悪魔より女神のほうが聖なるイメージがあるからなのだろうが、ダルタス教も信者が決していないとは言えない。しかし天魔戦争は世界に大きな傷痕を残した。

それが魔物(モンスター)である。寒くなるにつれ、凶暴化するので冒険者の人数が減り、そのぶんギルドへの仕事、おもに魔物(モンスター)の討伐依頼が増加するのだ。



開店して3日、寿司処旬亭に客はあまり入っていない。現在冒険者の客と商人が話をしながら刺身を肴に酒を飲んでいる。込み入った話らしく店主には会話の内容はよくわからなかった、次は何を注文するのか聞き耳をたてていると店の引戸を開ける音でそちらに注目する。


「いらっしゃいませ!」


見るからに不思議な雰囲気の男だった。銀色の髪をオールバックにし、(くるぶし)あたりまでとどきそうな青いコート、黒のレザーパンツにレディースの茶色のブーツ。そして手には日本刀。

おそらくは冒険者なのだろう、店主は直感でそう思う。男はカウンターの右から2番目の席に腰掛け、


「米の酒はあるか?温燗(ぬるかん)でもらいたい」

「はい!少々お待ちください」


かなり珍しい。米の酒、つまり日本酒(ライスリキュール)は基本寒い時には熱燗、暑い時は冷酒で飲む(好きな方は寒い時期でも冷酒、暑い時でも熱燗の人もいるが好みは様々)のだが温燗を頼む客は滅多にいない。

だが、客のニーズには答えるのが当然。店主はそのまま温燗用に弱火で温める。


「何を握りますか?」

「・・・白身からもらおう、何かお勧めはあるか?


ケースには店主が仕入れた選りすぐりのネタがあるが、店主が口にした言葉は


「現在旬の『イシダイ』はいかがですか?」

「・・・ほぅ、なかなかにオツだな。もらおう」

「はい、かしこまりました!」


店主は早速握りに取り掛かる。手際がいい、青コートの男はそう思った。シャリとワサビの適切量、無駄な動きの一切ない本手返し。今まで立ち寄った寿司屋の中ではないものを持っている・・・どの店も基本すらなっていない、ネタの新鮮さも技術も知識すらもない、そんな店ばかりだったからだ。

だがここは明らかに別格だった、旬のネタを旬の時期に提供する。基本中の基本だが当然だ。それが出来ていない店の方がこの聖都には圧倒的に多い。

ここなら安心して美味い寿司が食えるだろう


「おまちどうさま、温燗とイシダイです」


青コートは出された酒を御猪口に注ぎ、ガリに醤油をつけネタに塗りそのまま口にはこぶ。食べた瞬間思ったのが『磯臭さがない、むしろ旨味だけが残っている』ここまで丁寧な仕事をする職人がこの聖都にいるだろうか?

イシダイは普通に食べるとかなり意見が割れるネタ。一番の理由をあげるなら『磯臭さがちょっと・・・』という人が多い。しかし・・・


「磯臭さが随分と無いが・・・」

「あぁ、きちんと血抜きをして“洗い”をすれば旨味だけが残るんですよ」

「なるほどな・・・白身一つでここまでとは。・・・店主、いい腕だ」

「ありがとうございます」


青コートは思った、この店は全く手間を惜しんでいない。どんな客だろうと仕込に手を抜かず、最高の状態のネタを提供している。


「(これは、試してみる価値はあるだろう)」


結局、青コートの客は温燗一本とイシダイ一カンのみ食し帰っていった。店主は思う、何か至らぬ点があったかな?イシダイの仕込を間違えたかな?常に反省とそれを改善する方法を模索する。次に来店してくれた時は満足していただこう、そう店主は心に誓うのであった。

一方、青コートの男は大満足だった。イシダイだけであれだけ感動を覚えたのは久しいこと。聖都で色々と寿司屋を巡り食べたがどの店も満足は出来なかった。どれも上部だけ取り繕い、肝心の仕込をおざなりにしている店も多々あった。本当に久しぶりだったのだ、たった一カンの寿司で満足できたのは・・・。


のちに店主は知るだろう、この青コートが自分の店の初の常連になることを。そして苦悩させられることを。



洗い=刺身の一種、新鮮な白身魚を薄く切り冷水や氷にさらしたもの。

血抜き=魚が生臭くなることを防ぐ方法


イシダイ(石鯛) スズキ目イシダイ科

旬は秋、白身、全長40cm程度までが美味

主な料理法は刺身、洗い、寿司種、塩焼き、煮付け、唐揚げ、ポアレなど。

名前にタイとあるがタイとは違い「あやかりダイ」しかし味はお墨付きです


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