3 少女
男に花を手渡した少女は、宣言通り帰途に就いていた。森の中の開けたところを道に沿って辿りながら、昨日もそうしたように辺りを見回す。
なんて美しい場所なんだろう。もう四度もここを通っているというのに、まだまだ足りない。木漏れ日を浴びて光っているように咲いている花も、名前を知らない群青色の鳥も、精一杯に背を伸ばそうとする若草も、見たいものはたくさんある。少女が『勇者様』と呼んでいる男が、なぜここを選んだのかわかるような気がした。
そうして半刻程歩くと、小さな村にたどり着く。少女はこの村も気に入っていた。
「こんにちは、嬢ちゃん。また勇者様のところに行ってきたのか?」
畑を耕していた村人の一人が、少女に声をかけてくる。少し寂しげな頭髪はくすんだ朱色、優しそうな瞳は淡い鳶色だ。
「うん、今日はお花をもらってくれた!」
少女がそう言って笑うと、村人もつられたように曖昧に微笑む。
「でも、あんまり関わりすぎるんじゃないぞ」
心配げな言葉に少女は頷き、その場を離れる。もちろん、『勇者様』にもう関わらないという選択肢は少女の中に無い。
***
少女が今寝泊まりしているのは、村唯一の小さな宿である。一泊2食付きで4モントという少し安めの値段設定が唯一の魅力だ。
その宿の食堂で、少女は夕食を摂っていた。
たっぷりの玉ねぎが入った温かいスープに、手のひらくらいの小さなパンが2つ。メインの料理は、赤や黄色、緑の野菜を炒めて軽く味付けしただけの、シンプルなものだ。
パンを一口大にちぎり、たっぷりとスープを吸わせて口に運ぶ。水分を含んで柔らかくとろけるような食感と、口の中いっぱいに広がる玉ねぎの甘味に少女は目を細めた。
「本当に美味しそうに食べるわねえ」
同じく隣の机で食事を摂っていた宿の女主人が、微笑ましげに笑う。
「だって、なんでも美味しいんだもん」
それに当然のようにそう返すと、女主人は、また笑った。
「そう言ってもらえたら、作った甲斐があるよ」
食事を済ませ、部屋に戻る。窓から、星々と淡い月が見えた。
「……おやすみなさい、明日も勇者様とお話できますように」
6/10 時間の表現を訂正しました。