2 男
「断る」
そう告げて、男は扉を閉めた。
少女はまだ諦めていないのか、しばらく扉を叩く音が続く。しかし半刻ほどすると音は止み、人の気配も消えた。どうやら諦めて帰ったようだ。
ため息を吐いて男はリビングに向かう。扉を開ける前に火にかけた鍋がぐつぐつと煮えたぎっていた。
火箸で軽く炭を突いて火力を弱め、床の本を拾って読書を再開する。ぺらり、とページを捲りながら男は少しだけ先の少女のことを考えた。
自分を勇者、と呼んだ。大方村の人間が話したのだろう。だが嫁とはどういう了見だろうか。そもそも…
切れ切れの考えが、徐々に文字に飲み込まれていく。数ページ進んだ時には、もう既に少女のことも村の人間のことも頭になかった。
文字を追うのが難しくなったような気がして、男は顔を上げる。時計を見ると、日暮れまで後少しという時間になっていた。
煮詰まりすぎてどろどろになり、わずかに焦げてさえいるシチューを皿に盛る。
それとパンだけの、いつもと同じ味気ない食事だ。
作業のように食事を済ませ、男は一冊のノートを開く。紙を何枚か重ねて綴じただけのそれは、日記帳がわりのものだ。
書くことは決まっている。『昨日と同じ』その一言。しかし今日は……
男は少し考え、日付の下に『昨日と概ね同じ 訪問者有り』と書き記した。
***
翌日も少女は訪ねてきた。
姦しいことこの上ない、と思いつつも男は少し扉を開ける。
「勇者様、おはようございます!
今日はお花を摘んできました! プレゼントです!」
扉の隙間から差し入れられたのは、花というよりは雑草の束のようなものだった。
「可愛いですよね」
扉の向こうから、嬉しそうな弾んだ声が届く。
「要らん」
「……じゃあ、貰ってくれたら帰ります!」
小賢しい。とはいえ、そう言われては男に受け取らない理由はなかった。
ちょうど近くにあった、貰い物の花器に放り込んでおく。
「それじゃあ、また明日! です!」
足音とともに声が遠ざかっていく。男はため息をついた。
『昨日と概ね同じ 雑草を押しつけられた』
タイトルのネーミングセンスが欲しいです。